エピローグ

エピローグ ~僕とお姫様達の健やかなる日常~

 その後、輝耶は入院する事となった。僕は警察に連れて行かれて説教と感謝状を貰う事となり、煌耶ちゃんはおじさんとおばさんから酷く怒られたそうだ。それを笑う暇もなく、僕も父さんからひたすら怒られた。何故か母さんは褒めてくれたけどね。


「いてて……」


 あと、僕の右手の骨が折れていた。犯人を殴った衝撃で折れたらしい。痛みを感じてなかったのは脳が興奮状態にあったからとか何とか。よくそれで銃とか持てていたもんだ、と自分で自分を褒めてやりたい。なんちゃって。

とまぁそういう訳で、僕は不便な生活を余儀なくされていた。右手って便利だったんだねぇ……失って初めて気付いた事実だ。

 誘拐犯の名前は藤乃原広重(ふじのはらひろしげ)というらしい。現在、テレビでもっぱら取り上げられている。なんでも会社を懲戒解雇されて自暴自棄になり犯行に及んだそうだ。ついでに不当解雇だったらしく、藤乃原が働いていた会社も色々と大変な事になったらしい。皇国スタービライズとかいう笹山の小さな工場で、僕も何度か見た事がある会社でびっくりした。

 藤乃原は以前からずっと輝耶を尾行監視していたそうだ。もちろん僕達の存在が邪魔になっていたと警察から聞かされた。以前、三田駅で二重尾行した際に感じた視線は藤乃原のものだったんだろう。輝耶とケンカして、彼女が一人になった時を狙われたという訳だ。輝耶も銃には勝てなかったという訳か。

 テレビでやっているという事は、もちろん輝耶や僕の家も写る訳で、観光地という意味ではお客さんが増えて万々歳だそうだ。不幸中の幸いと市長が言っていて少しカチンと来た。銃が本物だったし、死に掛けたんだぞ、こっちは!

 はぁ……と、ため息が出る。

現在の時刻は朝という時間帯。ワイドショーでは今日も今日とて輝耶の写真が写っていた。現在の写真じゃなくて少し前の写真。いったい何処で撮れられた写真なんだか。少し盗撮っぽくない? 実は輝耶ファンでもいたんだろうかねぇ。

ネットではにわかに輝耶ブームが来ているらしい。かわいいと持ち上げるグループと大した事ないと言うアンチとで盛り上がっているのを見て、微妙で複雑な気持ちになった。

 ワイドショーの司会が皇国の警察体制の批判が出たところで僕はチャンネルを変えた。変更したけど大して内容が変わらなかったので、またため息が出た。


「朝から陰気な子ね。そんなに左手で食べ難い?」

「食べ難いよ。というか、スプーンとかフォークとか使わせてくれない?」


 ダメ、と母さんが笑う。勝手に輝耶を探しにいって危険な事をした罰だそうな。これはこれで酷い仕打ちだと思う。


「はいはい、早く食べてね。私、忙しいんだから」

「専業主婦のくせに……」


 ちなみに父さんは朝から道場で張り切っている。なにせ僕のお陰で影守流の評判がうなぎのぼり。影守流の長い歴史で初めての実戦において初白星だった訳で、鼻が高いそうなのだが……天狗にならないで欲しい。拳銃相手に勝てます、というのは少し誇大広告なんじゃないかなぁ、と思う。

 実質、もうあんな事をしたくない。銃相手に立ち向かうなんていうのは馬鹿のする事だ。本来、勝てるはずがないのだから。そういう意味ではナイフを持った相手なんかも戦いたくない。ちょっとした反動なのか、今の僕は超ビビリの超チキン野郎だ。平和が一番ですよ、まったく。


「ごちそうさま」

「はい、いってらっしゃい」


 左手で何とか食べきると、これまた左手で鞄を持って学校へと向かう。靴を履いて玄関を開けると、輝耶が立っていた。


「なんだ居たのか。呼んでくれたら良かったのに」

「う、うん……」


 輝耶は少し伏し目がちで頷いた。輝耶の入院はたったの一日。すぐに腫れも引いたらしく、身体には何の異常もなかったそうな。でも、顔に残った痣はまだ消えていない。そこは化粧で誤魔化しているらしい。右半分の黒く変色してしまった部分は余り目立たなくなっている。化粧って凄いなぁ、というか恐いなぁ。


「どうしたんだ、顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃないのか? なんならまだ学校を休んでもいいんじゃないか?」

「い、いや、大丈夫。うん、大丈夫だから」


 輝耶はぶんぶんと顔を振った。なんというか、恥ずかしがっている感じ? あぁ、まぁ、その、なんというか輝耶の下半身みちゃったもんなぁ。なんて思い出すと、僕も恥ずかしくなってきた。朝っぱらから何を思い出してるんだ、僕は。

 ちなみに、藤乃原が輝耶の下半身を裸にしていた理由は、容易に逃げ出さない様にする為だったらしい。輝耶自身も性的暴行は受けていないと言っているし、本当なんだろう。


「お、お姉様! ズルイぞ、先に行くなんて。私を差し置いて何をしておるかぁ!」


 と、輝耶の後ろからドタバタと煌耶ちゃんが走ってきた。煌耶ちゃん自身は何の心境の変化もないらしい。いつもの通りに仙人みたいなキャラ作りで、いつもの様に明るく綺麗で元気に可愛く生きている。


「あ、ごめんね、煌耶」

「な、何を謝っておる、お姉様。ダメだからな! 本当に!」


 何がダメなんだろうか。しかし、いつもなら輝耶が言い返しているところを、こちらをチラリと見て、輝耶は優しく微笑むだけだった。


「ぐぬぬ」


 何か煌耶ちゃんが唸っているが……分からん。

とりあえず、ここでこうして居ても遅刻するだけだし、僕達は学校へ向かう事にした。いつもの登校風景。でも、周囲の視線は違うし、マスコミだと思われる人からカメラで撮られたりした。ちょっとした有名人になっちゃったもんだ。


「おはよう、両手に花くん」


 後ろからの声。振り返ると雷が笑っていた。今日も変わりなく超美人だった。マスコミの人も見蕩れるくらい。馬鹿め、こいつは男だ。騙されるがいい。


「両手に花ねぇ。じゃぁ雷蔵を加えると僕のハーレムが出来てしまうじゃないか」

「あら、何かひとつ大人になったみたいね。さすが英雄、さすが正義の味方」


 凄いね、と雷が褒めてくれた。素直にありがとうと言葉を返した。同世代の友人から褒めてもらえると、素直に嬉しかった。


「だ、ダメだからな。あずま君でもダメだからな」


 煌耶ちゃんはまたしても威嚇を始めた。今にも、がるるるるる、と言いそうな雰囲気。なんなんだろうね。


「大丈夫よ。私は雅君に興味ないから」

「なんだそれ、酷い言い方だな」


 失礼な奴、と言おうとした瞬間、雷がすっと指を立てた。なんだなんだ、と思っていると雷の指が傾く。その方向を追っていると輝耶の顔があった。


「ん?」


 輝耶と目が合う。で、みるみると輝耶の顔が赤くなっていくのが分かった。


「え?」

「え、な、なにかな? あはは、えっと、その、あはは」


 なんだその可愛い反応。まるで輝耶じゃないみたいだ。


「悪いやつに捕まったお姫様。大ピンチに圧倒的な力で助けてくれた王子様。お姫様と王子様は幸せに暮らしましたっていうのが物語の王道じゃないの」


 そう言って雷はケラケラと笑った。


「……え、マジで? そういう事?」


 輝耶に思わず聞いてしまった。輝耶が赤くなっているのは、僕の事が好きになったから? いやいや、そんなまさか。

だってねぇ……


「だ、ダメじゃダメじゃ! みやび君は私の彼氏なんだからな! 私が先に告白して付きあっているんだから! お姉様は出る幕はないぞ! そうじゃな、みやび君! みやび君、おい、言ってくれ! 大丈夫だと、言ってくださいお願いしますぅ」


 いや、ごめん。本当に、僕は煌耶ちゃんと付き合っているのは事実だ。なので輝耶の気持ちに応える訳にもいかないんだけど。


「うふふ、わかんないもんよ、煌耶ちゃん。男なんて勝手な生き物だから、簡単に浮気しちゃうわよ」


 雷が煽る。ひぃ、と悲鳴をあげながら煌耶ちゃんが僕の腕を掴んできた。落ち着け煌耶ちゃん。


「ほらほら輝耶ちゃんも。妹に遠慮してたらいつまで経っても雅君をゲットできないよ」

「う、うん!」


 輝耶が反対方向の腕を掴んできた。なんだこれ、なんの状況だ? 嘘だろ。僕がこんなにモテる訳ないじゃないかっていうか煌耶ちゃんと付き合っているのは周囲では常識だったんだけど、こんな状況で輝耶と腕組んでたらとんだ浮気者じゃないか。


「うわぁ! 僕は品行方正だ! 品行方正に生きなければならないんだ!」


 じゃないと父さんの道場が潰れてしまう。

 言うならば、僕の将来が危ない!


「あ、待つのじゃみやび君!」

「待って、みやび!」


 待たん! 僕は自分の将来を守る為に逃げる! 後ろで雷のケラケラと笑う声が聞こえた。おぼえてろ雷め! ノンキに煽りやがって!


「ちくしょう!」


 僕とお姫様達の健やかなる日常。

 それを取り戻したんだけど、僕の品行方正なる日常は消えてしまった。

 一難去ってまた一難、とはこの事か。

 まったく。

 どうしてこうなっちゃったんだろう。

 でも、悲しいよりずっと良い。笑っていられるんだから、ずっと良い。

 僕とお姫様達の関係は、きっとたぶん、こんな感じで続いていくんだろうなぁって思う。

 何があっても。

 何かあっても。

 たぶんだけどね。

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僕とお姫様の恒久平和たる日々 久我拓人 @kuga_takuto

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