空を自由に飛びたいな
「2121年、5月12日午前9時。天気は晴れところにより曇り、気温は20℃湿度は74% 隕石祭にふさわしい気候だ!」
福岡。米の山展望台跡地に1人佇むのは、気象研究者で大学教授の空川大(ソラカワダイ)39歳。
彼は毎朝同じ時間同じ場所で日課の気候観測を続けている。
「思えばあの巨大隕石。あれが来てから日本は変わったなあ。神など信じてないが宗教ができるのも無理はないかあ。」
20年前、東京に落ちた隕石は日本という国の概念を大きく変えた。携帯型の電子機器は全て埋め込み型マイクロチップで済むようになった。標準装備のスマートフォン機能に加え、仕事にあった性能を持つチップを埋め込むことができるようになったのである。この男の場合、温湿度計とボイスレコーダーに様々な博士論文を検索できるチップが埋め込まれている。
彼には夢がある。子供の頃からの夢でもあり、彼を研究者へと導いたものでもある。
「空が飛びたい!」
観測が終わった後はこの言葉を言ってその場を締める。怒鳴るように叫んだり、静かに呟いたり、その声の程度でその日の気分の指標にもなっている。
日課を終えたら福岡の富裕層の居住区である、A番地にある研究所へと帰る。この県では、中流階級の住むB番地と貧困層の住むC番地とは同じような比率である。
「お帰りなさい、大様。」
研究所に入るとどこから声が出ているのか、研究所AIに出迎えられ、留守の間に来た連絡や配達品があればアナウンスされるのだ。
「大学教授の地田勉様からメッセージが届いております、読み上げますか?」
空川は靴を脱ぎながら答えた。
「ああ、なんだろう。頼むよ」
AIの優しい声は地田勉のハスキーな声に切り替わり、話し始めた。
「空川教授!この前ちらっと話した隕石のかけら、、、知人のつてで入手しましたよ!研究所に送付したのでぜひご覧を!」
彼は興奮状態で話していた。空川は先週地田と酒の席で隕石のかけらについて少し盛り上がったのである。
「おお、なんと!地田先生、なんと!ああなんてお礼を言ったらいいのか!」
脱いだばかりの靴を乱暴に履く。玄関を開けてすぐのポストに手を入れると固いものにふれた。かけらだ。白い包み紙に丁寧に包装されたそれは発泡スチロールのように軽く、それでいて硬かった。
「すぐに成分を調べよう!」
空川はお腹が鳴るのもお構いなしにまた乱暴に靴を脱ぎ、まっすぐ行ったところの研究室へ転がり込む。
大きな正方形の形をした成分分析器に、カケラを乗せるとスキャンが始まった。
「ふむ、論文に書いてた説明と同じだな。やはり、酸化物が入っていない。それに有害物質もなし、、栄養素が入っていれば食べ物としても定義できるな、ははは」
その時空川の中に研究者としての仮説が立った。
"もしやこれは、食べることが本来の目的なのでは?"
そう思った彼は迷わずそのカケラを口に入れてしまった。
「味は無味。これから1日ほど様子を見るか。AI君記録を頼むよ」
「わかりました、大様」
空川はカケラ以外のものを何も口に入れず1日待つことにした。しかし、夜になっても何も変化は起こらない。ベッドの上で途中経過を記録する。
「ふう、このままじゃ貴重な研究資料を不意にしてしまったことになるな。いや、身体に無害であることを知るだけでも大きな成果になるか。結果が出たら政府に提出だけしてみるか」
空川には独り言を話す癖があった。頭で考えるより声に出した方が、話がまとまるのである。ベッドの上は彼にとって一番の研究室である。静かな空間でただ自分の意見を考察する、この上ない至福の時である。考えているうちに眠くなり、いつのまにか朝日に起こされる。彼の1日はほとんど変わり映えがない。
朝になった。カケラを飲み込んでもうすぐ1日が経つ。相変わらず変化は感じられず、空川は少し落胆していた。身支度を済ませるとすぐに玄関へ向かう。今日も日課に勤しむ。
展望台跡地へ着くと、また観測を始める。
「2121年、5月13日午前9時。天気は晴れ。気温は22℃湿度は73%」
雲ひとつない青空に心が洗われる。
「空が飛びたい」ぽつりと呟く。
突如空川の周りを強い風が吹いた。あたりに生い茂った草木は揺れ、腐敗した木の床が軋む音がする。涼しい風が体を通り抜ける。空川は目を閉じ、心地よい風に身を任せた。風の不思議な感触で足が地面と離れている気がした。強い風は落ち着きはじめ、やがて安定した強さで吹き続けるようになった。
空川は目を開けた。すると彼は子供のように夢中になって動き回るのである。
MeteoLight The KingO @sukaaazum
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