男の子の夢
病院での手続きを終えて家に帰ってきた。なんだか10年ぶりに帰ってきたみたいだ。外はもう暗いけど、雰囲気が明るい気がする。
「親父、模様替えした?」
ありえないはずなのに俺は聞かずにいられなかった。
「いや、そんなことにお金使ったらママに怒られちゃうよ。晩飯作るけどユウジは腹減ってる?」
「うん、もうぺこぺこだよ。」
いつも通りの、当たり障りのない会話を噛み締める。日常が戻ってきたんだ。
食事を終えて食器を洗っている時、目の前の窓から光が差した、母さんが仕事から帰ってきたようだ。うちは母さんが働いてて親父は家事をしてる、主夫ってやつだ。玄関扉が開き、ボサボサの長髪を揺らしながら母が現れた。
「ただいま、ユウジ退院おめでとう」
「おかえり、ありがとう」
心からの感謝を述べ母の荷物を持ってあげる。
「歩いて大丈夫なのね?不思議よね、靭帯ってそんな軽い怪我じゃないと思ってた。」
「軽い怪我だったんじゃなくてユウジが健康だったからだよ。流石は我が子だ、おかえり。」
リビングから首だけ出して親父が言った。
先生は本当に驚いていた。断裂していたはずの靭帯はすっかり元通りになり、なんと筋肉まで前よりも発達していた。原因はあの隕石だと思う、いやそうに違いない。あれは都市伝説なんかじゃなく、紛れもない事実だったんだ。医者や親にはこのことを伏せておいた。なんだかめんどくさいことになりそうだったからだ。彼は完治することはないと断言した手前決まり悪そうにしていたが、入院中にしていたことや食べたものを事細かく聞いてきて、まるで取り調べを受けているような気分だった。筋肉の説明に関しては差し入れにプロテインバーがあったからだと言うことにしておいた。彼らは腹を下したような表情を浮かべていたが、まぁ大丈夫だろう。
「明日は久しぶりの学校だから早めに寝るよ」
俺はそう言ってベッドに戻った。
実は誰にも言ってないことがある。あれを食べてしまってからと言うもの明らかに足が熱いんだ。しかも利き足だけじゃない、両足ともにずっとタイツを履いてるみたいだ。別に不便があるわけじゃないけど。どうやら足が治ったわけじゃないみたいだ。思い返してみれば、あの時願ったのは足の回復なんかじゃない。最強の足だ。だけど、それと熱くなることになんの関係が?
「あ」
そういえばあの時、、、、よし、なら明日早速試してみよう。そう考えると少しワクワクもしてきた。とりあえず今日はもう寝よう。俺は強引に目を閉じて朝が来るのを待つことにした。
太陽が昇り、顔の位置の朝日が眩しい。ベッドはまるで泥棒に入られたように散らかっていた。暑かったもんなあ。すぐに制服に着替え、朝ごはんも食べないで逃げるように家を飛び出た。色々な感情が混じっていた。早く試してみたいな。皆なんて言うのかな。そういえばタケ、あいつとはどうしよう。でもこれをみんなが知ったらもしかしたら命を狙われるかも。怖い奴らに実験台にされてしまうかも。みんなに言いたいけど、秘密にするべきか。
そんなことを考えてるうちに校門に着いていた。家からここまで走れば5分で着く距離だ。だけどなんだか1分もかからなかった気がするな。うちの学校は10階建ての一般的な中高一貫校だ。久しぶりに見るとでかく見えるなあ。すると、後ろから背中を叩く音がした。
「久しぶり!足はもういいのか?すげえ速さで走ってたけど」
同じサッカー部で一番の俊足を誇るトシヤだ。いつも笑ってて、チームのムードメーカーだ。
「トシヤか!この通りすっかり元通り、またサッカーできるよ」
俺は朝にふさわしい大声で答えた。
「そうか!タケも喜ぶぞ、早く仲直りしろよ!」
心なしかトシヤも負けじと声を出す。
教室に入ると、まるで英雄の凱旋かのように出迎えられた。怪我は大丈夫かとか、病院に可愛い人はいたかとか、文化祭の実行委員はお前になったぞ(認めないぞ!)とか。今までいなかった分の質問がまとめて寄せられた。靭帯を切るのも悪くないかも、と思ってしまう。
「この通り元気だよ。今日も走って来たし、部活もすぐに参加できる。けどお医者さんに実行委員だけはしちゃいけないって言われてるんだ」
みんなが一番聞きたいことに答えつつ、ジョークで返す余裕を見せた。
「お前がいなくなってからタケがめちゃくちゃ静かなんだよ、早く元気付けてこい」
トシヤはそう言うと俺の背中を押して教室から追い出した。タケは俺たちA組とは一番離れたD組だ。
D組に辿り着くと一番に友人と話すタケが目に入った。目くばせでタケが気付くのを待っていると目の前の女の子が気を利かせてタケを呼んでくれた。タケは俺に気付くと笑顔が嘘のように消え、申し訳なさそうにこっちに向かって来た。
「よお、具合はどうだ?って一日じゃそうそう変わるわけないか」
一昨日病室に入ってきた時の反省を生かしてきたようだ。
「それが、治ったみたいなんだよね。完治したらしい」
タケは本当に驚いた表情を浮かべて
「え?いや、でも、、、あ、、そっか!本当に?よかった!」
と今にもパニックになりそうな反応で喜んでくれた。
「お前には八つ当たりばっかりしてたな。不注意だったのは俺なのに。またツートップでやっていけるかな?」
俺は精一杯の謝罪をした。
「もちろん!もちろん!」
タケもそれを理解して泣きそうになりながら頷いてくれた。俺たちはこれからもこんな感じなんだろうな。喧嘩をしてもまるでしてなかったみたいに元の関係に戻る。それがいいことなのか悪いことなのか、今の俺にはわからないけど。
久しぶりに授業を受けた。内容は知ってる範囲から結構飛んでたけど、テスト期間に詰め込むタイプだから意味ない。授業は時間が空いても相変わらずつまらなかった。部活の時間が待ち遠しかった。正確には部活終わりの自主練が楽しみだった。
授業も終わり、サッカーの時間になった。コーチに復帰の歓迎会を手短にしてもらい、久しぶりだからと基礎的な練習だけ参加させてもらった。
「よし、今日はここまでだ。各自家でストレッチを行うように。ボールはちゃんと片付けろよ今日の当番は、、タケとユウジか。しっかり見とけ。あとユウジは病み上がりだから自主練もほどほどにな」
全員が更衣室に戻り、グラウンドにはタケと俺だけが残されていた。いよいよ実験タイムだ。タケは事の発端だし、こいつには事情を話してもいいと思った。ボールを片付け始めたタケに近づいた。
「タケ、お守りのことなんだけどさ、、」
「ん?ああ、あの隕石の?」
タケは思いついたように答えた。
「お前まさか忘れてたの?あれのおかげでここまで元気になったんだぜ」
「あはは、それはよかったよ」
冗談を言ってると思ったのか、タケは笑った。
「いや、実は本当なんだ。俺の足、元気以上になったみたいだ」
真面目な雰囲気を察したのかタケはボールの片付けをやめた。
「お前、そんな冗談言うタイプじゃないよな。本当はまだ怒ってるのか?ごめんよ、俺ができることならなんでもするからさ」
変な勘違いで暴走する彼に、俺は見せた方が早い、とタケが持ってるボールを取り上げ思いっきり蹴り上げた。
突然、足から火が出た。比喩じゃなく現実で。炎は風で音を出しながらボールに燃え移った。ボールは10階建ての学校の屋上の高さまで届き、そのまま灰になってしまった。
「タケ、どうしよう。別の夢が叶っちゃった」
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