コーヒーの余韻【オチまで3分】
轟々と唸りをあげる剛風。摂氏零度を下回る極寒の地の、巨大な壁の上。合成毛皮の軍服に身を包んだ背の高い黒髪の男が銃も持たずに通路を歩いていた。後ろから同じ服装の男、それも襟足の長い金髪男が駆け足で追っていく。
「おい、待ってくれよ。ロブスタ」
「なんだ、アラビカ。周回の時間はもう過ぎてるんだぞ」
「ラボズに侵略者なんて来ねーよ。さっさとアツいのを飲もうぜ」
「ま、それもそうか。それじゃ、ちょっくらホットビアでも飲んで休憩するか」
二人は城壁の上の通路を歩き、点々と存在する矢倉の中に入った。中には木製の簡易テーブルと丸い自動調理器が置かれ、仮眠を取るためのベッドのシーツはすっかり汚れている。ロブスタが自動調理器のボタンを押すと、水蒸気が噴出し蓋が開いた。ロブスタとアラビカはひとつずつカップを取った。
二人はテーブルのそばの丸椅子に座り、コーヒーを飲んで一息つく。
「例の事件のこと、聞いたか?」とアラビカは帽子を脱いで切り出した。
「ああ、あの貴族達が起こしたやつか」
「発端は、遺伝子から再生した種子から、コーヒー豆の栽培が成功したことがきっかけだったらしいぜ」アラビカは金色の髭をなぞった。
ロブスタはもう一度コーヒーを啜る。「そのおかげで、俺達は今こうして一息つけてる。一度絶滅した文化が復活するってのは、いいものだな」
「いや、そういう話じゃなくて、例の事件の話だよ」
アラビカは目を輝かせる。
「お前は本当にゴシップが好きだな。話したいなら話してみろ。俺も娯楽には飢えてる」
「本当のコーヒーが世間に広がるにつれ、貴族達は自分の飲んでいたものが本当のコーヒーじゃないと気づいたわけだよ。そして問いただしてみれば、それがコーヒー豆も食ってないただの猫の糞だと気づいた」
「気づかないほうが幸せなこともあるって話か?」ロブスタは長い足を組んだ。
「まあ最後まで聞けって。すると当然、猫の糞からの抽出物なんて飲めるか、ってなるわけだよな」
「ああ。普通はな。俺も飲みたくない」
「もしそれがその抽出物だとしたらどうする?」
アラビカはロブスタのマグカップを指差した。
「うおっ、まさか!?」
「いや、それはただの冗談だ」
「焦らせるなよ」ロブスタはほっと胸を撫で下ろす。
「貴族達は新しく出て来た本物のコーヒーを飲んだわけだ。でも、ところがどっこい何かが違うって元のコーヒーを求める輩も出て来た」
「うぇ、愛好家ってやつか」
「しかし、当然元のコーヒーを飲むのをやめて、本物のコーヒーを飲み始める奴らも出てくるわけだ。問題は、そいつらに起こった。奴ら、みんな病気になって亡くなったんだ」
「はあ?」
ロブスタは右手を口元にやる。
「まさか毒でも入っていたのか?」
「いや、違う。奴ら滅多に運動もしないし外にもでないだろ? 猫の糞に含まれていた雑菌が熱されて発生する毒素を定期的に取り込むことで、免疫がついていたことに気が付かなかったんだ」
「糞コーヒーを飲まなくなることで、免疫が無くなったのか」
「そういうこった!」アラビカは大口を開けて笑った。
「貴族なんて糞食らえって話だな」
ロブスタの言葉に、ふたりはぷっと吹き出し、それはふたつの大きな笑い声へと変わる。
強化プラスチックの窓の外は美しい白銀の世界。二つのコーヒーの湯気は、笑顔の彼らを暖かく見守っていた。
スキマSF 城宮斜塔 @sirenji_suiren
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