春になったら、さようなら

白木錘角

雪が降る

 その街には雪が降る。

 秋が過ぎ、春になるまでの数か月。

 その街には雪が降る。



「すぐに帰ってくるよ。母さんもその頃には元気になっているさ」


 僕も一緒に行きたいと駄々をこねる少年の頭を撫で、父はそう言った。

 この国のどこかに、病気にも罹らず死ぬこともない雪の体をくれる精霊がいるらしい。両親はその精霊を探しに行くのだ。


「帰ってきたらまた一緒に遊びましょうね」


 母の枯れ木のような手を握り、少年は約束だよ!と叫ぶ。

 

「えぇ、約束」


 そうして、吹雪の中、両親は旅立っていった。春の来ない、極寒の地での出来事である。




 


「お、旦那、見かけない顔だね。スフィリタ食ってくかい?」


 屋台の親父が、陽気な声で手に持った袋を掲げる。フードを目深に被った男は、軽く頷くと懐から財布を取りだした。


「へっへ、まいどあり! やっぱこの街に来たらスフィリタは食っておかないとね。なんたってこの街の名物なんだからさ!」


 親父の冷たい手に硬貨を落とす。彼はひーふーみと硬貨を数えると、笑顔で袋を渡し――。


「……あ」


 袋が男の手に渡る寸前、親父の腕が肘の部分からぼろりと崩れ落ちた。腕と一緒に落ちた袋からは赤いパウダーが零れ、白かった地面を真っ赤に染める。


「おいおい何やってんだよ父さん! もう仕事はしなくていいって言っただろ⁉」


 親父があちゃーと反対の手で白い頬を掻いていると、屋台の方から青年――おそらく彼の息子だろう――が飛び出してくる。


「いいだろ呼び込みくらい。それに仕事がねぇと暇で暇で……」


「だったら家で母さんの手伝いでもすればいいじゃないか! とにかく屋台は僕だけで大丈夫だから、父さんは家に帰ってなって。後で腕は治してあげるからさ。……あぁお客さんすみません、すぐに新しい物を持ってくるんで」


「いや、いい。まだ食べられる」


 フードの男は袋を拾うと、中から出てきたパウダーまみれのパンにかぶりついた。


「代わりに1つ聞きたい。この街であれは普通の事なのか?」


 男の視線の先では、取れた腕を反対の手に持った親父が、バランスを取りながら帰っていくところだった。


「えぇ。遠くから来た人は驚くかもしれませんけど、ここではあれが普通なんです」


 雪像人フリナレスカ。彼らはそう呼ばれているそうだ。


「ここでは冬の間、毎夜のように雪が降ります。その雪と共に降りてくる雪霊母フリムヴェールが、死んだ人を模った雪像に魂を宿してくれるんです」


 周りを見渡すと、あちこちに白い肌の人間がいるのが分かる。仲間と談笑する若い男、季節にそぐわない薄手の服でファッションショーを楽しむ女。とれた足を見て大泣きしている子供……だが不思議と老人の姿は見えない。


「雪像人は別れの儀式みたいなものですからね。雪像人が融ける春までの僅かな時間に、突然の死で言えなかった事やしてあげられなかった事をする……。だから死が近いと分かっている老人や病人の雪像は作らないし、本人もそれを望みません」


「死んだ人間なら、誰でも必ず雪像人になれるのか?」


「いえ、その冬の間に死んだ人だけです。以前にも、自分の娘を蘇らせたいという人が来ていましたけど、結局雪霊母はその子を雪像人にはしませんでした」


「……そうか。引き留めて悪かったな」


 フードの男が無造作に革袋を放る。それを受け止め中身を見た青年は驚愕の表情を浮かべた。


「これってまさか……⁉ う、受け取れませんよこんな大金」


「気にするな。その金で親父さんに孝行の1つでもしてやれ」


 それだけ言うと、フードの男は背を向けてその場を去る。それを追おうとした青年だったが、屋台の方に気を取られた一瞬の間に、男の姿はどこにも見えなくなっていた。





「墓……か」


 フードの男は呟く。曇天の空の下に広がる墓石群はどことなく不気味で、地面の中で死者たちが蠢いているような気がしてくる。

 何の気なしに墓所を見渡していると、男は奇妙な事に気づいた。雪が積もり白と灰のまだら模様になった墓石の中に、いくつか純白のものがある。近づいてみると、それが雪で覆われていた墓石である事が分かった。自然に出来たものではない、明らかに人の手によって為されたそれに興味を抱き、男は名前が彫られている場所の雪を払ってみる。


「セオ・ヴィーク……?」


「あー! 何やってんのあんた!」


 その声に顔を上げると、墓所の入り口から金髪の女性が走ってくるのが見えた。


「すまない。この墓石が少し気になって――」


「あーあーあー! もう早く直さないと! あんたも手伝うのよ早く!」


「あ、あぁ……」


 幸い雪を払ったのは1部のみだったので、修復は短時間で済んだ。


「はぁ……あんた外から来た人だったんだね。いい? これは『雪霊母の揺りかご』って言って、亡くなった人が雪像人になるまではお墓を雪で覆っておくのが習わしなの。だから勝手に触れちゃだめよ?」


 女性は髪をかきあげながら言う。


「雪像人がいるのに、墓はつくるんだな」


「当たり前でしょ? お墓が無ければ亡くなった人を悼む事も出来ないじゃない」


 それじゃ私は行くから。もうお墓に触ったりしないでね。彼女はそう言い残して、墓所を出ていった。

 1人残された男は空を見上げる。東の空から、少しずつ夜が迫ってきていた。







 街の北側には、この街で唯一の宿屋がある。民家を少し改造しただけの小さなそれは、数年前に妻が無くなって以来、主人である老爺1人によって営まれていた。


「ふぅ……」


 冬の、骨に染み入るような寒さに耐え、時折ストーブで手を温めながら帳簿をつけていた老爺の耳に、古びた扉の軋む音が飛び込んできた。

 長年こういう仕事をしていると、音を聞いただけでどの部屋の扉が開いたのかが何となく分かるようになってくる。今の、少し水気を含んだ鈍重な音は1階の玄関扉が開いた音だ。近所の住人なら裏口の方から入ってくるはずだし、ここに泊っている男が戻ってきたのだろう。

 急いで階下に降りると、彼の予想通り、フードを被った男がホールに入ってきたところだった。


「お帰りなさい。どうでした、この街は。小さいけれど、皆親切で良い街だったでしょ」


 老爺の問いかけに、男はしばしの沈黙の後に答える。


「聞いていた通りの街だった。雪像人という非常識が当たり前に受け入れられている。外の世界だとありえない事だ」


「あ、あー……そ、そうですね。確かに……」


 想像していたのと全く違う答えに曖昧に相槌を打つしかなかった老爺は、別の話題を振る事にする。


「その袋、テノーノさんのパン屋のものですよね? あそこのスフィリタってパンが、美味しいって評判なんですよ。あぁスフィリタってのはパンに唐辛子のパウダーをたっぷりまぶしたやつでしてね。一口食べれば体の芯からあったまるとか。私のような老人には刺激が強すぎますけどね、はっはっは」


「……確かに美味かった」


 男が同意する。わずかに見える口元に赤い粉が付いていることに気づいた老爺は、機械のようなこの男に少しだけ親近感を抱いた。


「あそこの息子さんは孝行息子ですよ……。不慮の事故で親父さんが亡くなった後、俺が父さんの跡を継ぐんだって涙も見せずに、遺されたレシピを使ってパン作りに励んでいるんですから。やはり人間、いつ何が起こるか分からないですし、あそこの親父さんみたいに私も何かを残しておくべきなんですかねぇ……」


 まぁうちの娘はここを継ぐ気なんてさらさら無いみたいですがね、と少し悲しそうに言う老爺。


「……あれはあなたの妻か?」


 黙って話を聞いていた男だったが、不意にカウンターに飾られた写真を指差し、そう聞く。

 その写真には3人の人物が写っていた。若かりし頃の老爺と思われる男と、そのすぐ横で笑う女性。彼女の腕では赤ん坊が不思議そうな顔でこちらを見つめている。


「えぇ、私の妻です。もうこの世にはいませんが……」


 4年前のちょうどこの時期、彼女はたちの悪い風邪に罹り、そのまま帰らぬ人となってしまった。当時の事はあまり覚えていないが、宿屋が妙に広く感じるようになったのはその時からだったはずだ。


「彼女を雪像人にはしなかったのか?」


 今まで幾人もの客に投げかけられた質問に、老爺は黙って頷く。


「この年になると、死というものがひどく身近になりましてね。今日自分が死ぬかもしれない、明日妻が死ぬかもしれない、なんて事をずっと思っていると、悔いの無いよう生きなければと思うのです。だからお互い、したい事や伝えたい事はもう全部済ませてありました。だから雪霊母様に願う必要はなかったんですよ。娘は最初反対してましたが、最後には私の気持ちを汲んでくれました」


 老爺は深い息を吐く。


「お客さんも、いずれ私の気持ちが分かる時がくるはずです。雪の降る間にしか見えぬ幻で別れを先延ばしにするより、胸に抱えた思い出と共に一歩踏み出す方が大事だと」


「そうか」


 男が短く答える。フードが邪魔をして、その奥で彼がどのような表情をしているかは分からない。ただ、その口元が何かを堪えるように小さく歪んだ。


「……すみません。出過ぎた事を申しましたな。さて、これからご予定などはありますか? もし良ければ、街の名所などを案内しようと思うのですが……あぁ、安心してください。お客さんはあなたたち2人だけですし、もう新しい客も来ないと思いますので」


 重くなった場の空気を変えようと、老爺が手を鳴らしながら提案する。


「私のおすすめは大聖堂ですね。雪霊母様を讃えるために造られた物で、建物の1部が雪で造られているんです。中には氷の調度品がいくつもあって、それがまたとても美しい……」


「すまない。今は遠慮させてもらおう。妻を放っておくわけにはいかないからね。彼女が元気になったら、その時にお願いするよ」


 男がフードを少し上げ、老爺に笑いかける。


「えぇ、きっと……奥様もお喜びになると思いますよ」


 階段を上がっていく男を見ながら老爺は呟く。彼の脳裏には、男の見せた寂しげな笑顔がこびりついてしばらく離れなかった。


 



 やがて空が漆黒に塗りつぶされると、灯された街灯と家々の窓から漏れる光によって街は淡く発光する。すると、その光を目印にしたかのように、雪が静かに降りだした。

 街は眠ったように静まり返っている。家の中にいる者は口を閉ざし自分や家族の未来に思いを馳せ、外にいる者は白い息を吐きながら、何かを切望するように空を眺めている。


 シィィィィィィッ…………。


 降り積もった雪が足跡を隠し、大聖堂のレリーフが白く飾られた頃、黒く広がった空のどこかで音がした。

 耳を突く、その鋭い音は、彼女のドレスが擦れることによって生じたものだ。

 細い氷柱のような髪を風になびかせ、白いドレスに身を包んだ雪霊母が空から降りてくる。触れれば砕けてしまいそうなその半透明の肌からは、絶えず雪の結晶が零れ出し、彫像のごとく整った顔からはいかなる感情も見いだせない。

 舞い降りた雪霊母の前に、少年の亡骸を抱えた女性が進み出た。


「雪霊母様……」


 首を垂れ、亡骸を差し出す女性を一瞥すると、雪霊母は目の前の地面に手をかざす。すると、降り積もった雪が蠢きだし、寄り集まって一瞬のうちに少年と瓜二つの雪像を形作った。

 雪霊母は少し屈み、雪像の固く閉ざされた口にその唇を重ねる。数秒の接吻の後、雪霊母が唇を離すと雪像は二三度痙攣し、その目をゆっくりと開いた。


「あぁっ! ありがとうございますありがとうございます!」


 少年の雪像人を見つめる女性の目からは、大粒の涙が零れ落ちる。


「あ……ぼく……は」


「あなたは私の息子のセオよ! さぁ家に帰りましょう? あなたが好きな物をいっぱい用意しているの」


「せ……お……。おかさ……さん……?」


 まだ状況が理解できないといった様子の雪像人を連れて、女性は家に戻っていく。しばらくの後、街のどこかから喜びに満ちた声が聞こえてきた。

 その様子を見ていた雪霊母は、再び空へと舞い上がる。雪の結晶を散らしながら、彼女は自分を待つ者の下へと飛んでいった。






「いいんじゃない? もらっておきなさいよ」


「えっ、で、でも、こんな大金……」


「あんた知らないの? この街に来る人間は皆、超が付くほどの大物なのよ」


 湯気の立つスープをテーブルに並べながら青年の母親が言う。


「政府のお偉方は雪霊母様の存在を外に知られたくないみたいで、この街は存在しない扱いになっているって話よ。だから外から来るのは、この街の存在を知っていて雪霊母様の力に縋りたい要人だけって事」


 この街の存在が外に知られていないというのはあり得ない話ではない。青年は生まれてこのかた1度も街の外に出た事は無いし、外に出ていったという人の話も聞かない。外から人が来るのも年に数回、それも冬の時期に集中している。

 政府が云々は正直嘘くさいが、この街が何かおかしい事くらいは、青年も薄々気づいていた。


「だからあんたにとっては大金でも、あの人たちにとっては鼻をかむティッシュと同じくらいの扱いなの。くれるって言ったなら気にせずもらっておきなさい」


「うーん。母さんがそう言うなら……」


「お、今日はスープか。美味しそうだな!」


 外から戻ってきた父親が、氷を入れ冷え切ったスープに口をつける。

 その様子を見ていると、なぜか自分の体まで冷えていくような気がして、青年は慌ててストーブの傍に寄った。


「もう……まだ大人しくしてなきゃダメでしょ? 腕がまだ治りきってないんだから」


 不思議な事に、雪像人の体は1部が取れたり砕けたりしても、雪を使って修復する事ができる。雪が接着剤のように患部を接合してくれるのだ。

 正直なところ青年はそれが不気味で仕方なかった。その性質だけでなく、体から切り離された部位も雪像人の意思で動かせるというのも青年にとっては理解しがたいものであり、幼い頃に見た首だけの雪像人は未だに悪夢に出てくる。

 

「あなたはいつも好きな物は最後に取って置いたわよね。あとスプーンの持ち方が変で、なんでか薬指と中指でスプーンを持っていて、何度も私が注意したのに全然治らなかったわ」


「あ……そうだったな。よくお前に注意されたよな」


 その言葉に、父親の雪像人がスプーンを持ち変える。薬指と中指を使ってスプーンを支える奇妙な持ち方に。


「ほら、あなたも早く食べちゃいなさい。スープ冷めちゃうわよ?」


 母親が笑顔でそう促す。


 なぁ、母さん。もうこんな事―—。

 

「……あぁ、分かったよ」


 言いかけた言葉を飲みこんで、青年はスプーンを手に取った。






 鋭い音が聖堂の壁に反響し上へと昇っていく。

 聖堂に足を踏み入れた雪霊母は、無機質な目を眼前の2人に向けた。


『なぜ此方こなたを呼んだ。お前は生きている。その女も生きている』


「すぐに死ぬ」


 女を抱きかかえた男が、空いている手でフードを取る。男は強い光をたたえた目で、雪霊母をじっと見据えた。


「転戦病と言ってな。様々な苦痛が次々に襲いかかり、最期の瞬間まで苦しみ続ける残酷な風土病だ。医師が言うには、妻はあと数か月の命らしい」


 男の腕の中で、女は荒い呼吸を繰り返している。やせ細った体から手袋越しにも熱が伝わり、彼女がどれほどの熱さに耐えているのかは容易に想像がついた。


『女をここで殺し、雪像人にすると? 愚かな。今そこで息づく命より、春と共に融けるまやかしを大事にするか』


「それは違う」


 男はそっと女を床に下ろした。


「私の住んでいる場所はここよりさらに北にある」


 懐から拳銃を取り出し、マガジンを挿し込む。


「春など来ない、極寒の地だ」


 安全装置を外す。


「あと数か月ではない」


 狙いを定め、トリガーに指をかける。


「次の年も、その次の年も、ずっと一緒にいよう」


 乾いた音が聖堂に響く。眉間を撃ち抜かれた女は、笑顔を浮かべその目を閉じた。


「さぁ、彼女の雪像人を作ってもらおうか」


 拳銃を下ろした男が雪霊母に言う。


『それがお前の答えか』


 雪霊母は呆れたように呟いた。


『確かに春が来なければ雪も融けぬ。だがその後はどうする。所詮雪像人は人を模しただけの雪塊。それに気づいた時、お前はもう1度その女を手にかけるだろう』


「私は彼女を愛し続ける。永遠にだ」


『……フ……フフ……ハハッ……』


 雪霊母の表情がわずかに動く。小さな嘲笑が聖堂内の彫像品と共鳴し、やがて大合唱となって男に襲い掛かった。


『此方は冬には雪となり、春には川となり、夏には雨となり、秋には海となり、そしてまた雪に戻る。千回、一万回、あるいはそれ以上、此方はそれを繰り返してきた。だがまだ永遠の尾の先すら見えぬ。なのに、たかだか数十度冬を迎えただけのお前が永遠を語るか』


 雪霊母が手をかざすと、外から吹き込んできた雪が女の形となる。


『もう1度言おう。たとえ春から逃れようとも、いつかお前はこの女を殺す。人が真に愛せるのは人だけだ。それが分かったのなら、残された時間で別れをすませるがいい』


「……同じ事を言うんだな」


 カチリ、と硬い音がした。下げられていたはずの銃口が、いつの間にか男のこめかみに押し当てられている。


「かつて私の父も、転戦病に罹った母を救うためこの街を訪れたそうだ。彼女が元気になるなら雪像でも構わない……と。だが、父はお前の言葉を受け入れ、春と共に母は死んだ」


 男の語気が強まる。


「私は違うっ。妻を救うためなら何だってする。そう決めたのだ……!」


 銃を握る手に力がこもる。雪霊母を見て、男はニヤリと笑った。


「人が真に愛せるのは人だけだと言ったな。なら人を捨てればいいだけの話だ」


 放たれた弾丸は、刹那の内に男の命を奪い去った。後に残ったのは2つの死体と、雪霊母のみ。


『愚かな……』


 雪霊母は再びそう呟いた。


『失った命は戻りはしない。お前の父が何を言っていたかは知らぬが、幼子でも分かる道理になぜ気づかなかった』


 聖堂に舞い込んだ雪が、女の雪像の傍に新たな雪像を作り出す。


『もはや慰める悲しみはここにはない。だが、せめてもの情けだ』


 雪霊母はそっと2つの雪像に口づけをする。聖堂を出た彼女の後ろで何かが起き上がる音がしたが、振り返る事無く彼女は空へと帰っていった。






 翌日、聖堂の中で雪像人が2人見つかった。どこから来たのか、どんな人間だったのか、どんな名前だったのかすら分からない2人に、宿屋の老爺がこう告げる。


 ―—あなた達はそれは仲睦まじい夫婦だったのですよ、と。


 2人はその言葉通り夫婦として過ごし、そして春の訪れと同時に融けて消えたという。


 



 



 

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