オーパーツ

川谷パルテノン

父宛の荷物

 機械が可愛い。そんな感情があると思う。


 父が通販で購入した謎の機械が届いたのは一週間前だった。丁度、父の葬儀を終えてから一週間後だった。注文したまま到着を待たずして父は他界した。突然のことだった。仕事から帰宅した父が自室に着替えに行ったまま出てこないので、私が様子を見に行くと血を吐いて倒れていた。今年の健診でも特に問題なしと診断され自慢していた父。誰もそんなことになるなんて想像もしなかった。

 母も兄も、もちろん私にしてもまだ現実を受け入れるには戸惑いがあった。いつもより静かな家。そう感じただけかもしれない。当たり前に考えていた父の存在が消えた途端「もういない」という事実を叩きつけてくる。私たちはまだ「四人」家族の途上だった。そう思わせるように父宛の荷物が届き私がサインした。

 母と二人でコレは何だろうと首を傾げた。聞いたこともない会社名が伝票に記されている。機械は簡単な包装紙に包まれていて説明書も付いていなかった。形は角に丸みを帯びた立方体で、側面は漆の器みたいに黒光りしていた。特に電源と繋ぐ部分は見当たらないものの、時折内側が赤や緑に、仄かに発光していた。誰かの悪戯だろうと思い、伝票に記載してあった送り主の番号に電話を入れてみるが一向に繋がらず、不気味さは増すばかりだった。母は「気味が悪いから捨ててきて」と言った。コレは粗大ゴミになるんじゃないかと聞き返す。母は「知らないわよ」と不機嫌そうに答えた。そうこうしているうちに兄が会社を早退して帰ってきた。何故早退したのかは知らないけれど、ちょうどいいと思い、兄にも聞いてみる。兄は奇妙な機械を持ち上げたり小突いたりしながら「こりゃオーパーツだな」と結論を出す。私が「オーパーツって何?」と聞くと、兄は「凡人にはゴミだよ」と返した。

 私はスマホでオーパーツを検索した後、それを持ってゴミ捨て場に向かった。そこで杉本さんに出会す。杉本さんは自治会長の奥さんで、近所では小うるさいおばさんとして有名だった。私は面倒に感じた。よくわからない機械を捨てようものならまたブツブツ言われるだろうなと思ったのだ。

「あなた……蔦木さんとこのミキちゃんだったかしら?」

「どうも」

「それ何?」

「これは……」

「捨てにきたの?」

「いや、そういうわけでは」

「燃えなさそうね。明日になさい。明日燃えないゴミの日だから」

 私は拍子抜けした。凄い剣幕でカラスを追い払うことに執念を燃やしてる杉本さんが気色悪いほど寛容的だったから。父のことを気にしてくれたのかもしれない。私はついつい「ホントにそうじゃないんです! コレと散歩してただけなんで」などと咄嗟に取り繕い、照れ笑いを浮かべながら意味のわからないジェスチャーを披露した。杉本さんも笑っていた。

 結局そのまま帰った。母は「なんで持って帰ってきたのよ!」と呆れたように言った。だって仕方ないじゃんと思う。杉本さんが優しかったんだ。

 兄がリサイクルショップで鑑定してもらおうと提案した。「何にしたってほぼ新品なんだしそれなりに値がつくんじゃないか? 」と言いながら皮算用を始めた。兄の運転で私が機械を膝の上に乗っけて助手席に座り、二人でリサイクルショップに向かった。結果は無惨にも買取不可だった。何だかわからないものは引き取れないとのこと。「まあ、そうですよね」と兄は肩を落とした。アテが外れて頭がおかしくなったのか兄は機械を罵倒し始めた。よほど期待していたのだろう。真面目に働いている兄だが、収入は中々増えないとよく愚痴をこぼしていた。どうも結婚したい相手がいるようでさっさと家を出たいみたいなことも言っていた。何せよお金のかかる話だけれど得体の知れない機械に期待するのはちょっと莫迦だ。ゴミ呼ばわりされた機械なりの報復じゃないかと私は思った。

 それから機械はずっと家にいる。未だに発光する。この元気(電気?)はどこからやって来るのか。兄は毎朝起きてくると、リビングに置かれたそれをパシッと叩くのが日課になった。母は当たり前になった機械をたまに見つめている。父を思い出すのだろうか。私たちは結局その機械が何なのかは分からずじまいだったけれど、それとなく父不在の隙間を埋めてくれている気がした。だからたぶんこれからもそれはここにいて一緒に暮らしていくんだろうと思う。

 今日は久しぶりに家族で食事に行くことになっていた。兄が運転席、私が助手席、母は後部座席に座る。

「あんたちょっとおかしいんじゃないの?」と母は笑ったが、私の提案で母の隣に機械を置いた。

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