母さんと約束の日
ベッドの上に座って、じいっと部屋に掛けている時計を凝視する私。チクタクチクタク。時計の針は無慈悲に進む。運命のその時まで、残り10分。
秒針があと10周周りきったら……私の勝ちだ。
「―――ヒメ。今からでも遅くない。……考え直さないかい?」
私と同様に、同じベッドに座っている……私の愛しい人は最後の抵抗と言わんばかりに、私に諭すように説得を試みる。
「6年……長い月日が流れたね。ど、どうだい?やっぱり……気が変わったりしてないかい?」
「全然。寧ろあの日以上に母さんの事が大好きで大好きでたまらなくなったよ」
「……ヒメは……6年で、更にいい女になったよ。私なんかじゃもったいないくらいに……本当に、綺麗になった」
「そう。ありがとう。それもこれも母さんに好きになって貰えるように女を磨いてきたからね。頑張った甲斐があるよ」
「か、会社内でもよく聞くよ。仕事も良く出来て、まだ新人なのにとっても優秀で頼りになるって……」
「公私ともに母さんを支えられるように努力してきたからそう言って貰えると嬉しいよ」
「会社でも、男女問わずモテているそうじゃないか。お誘いもあるんだろう?わ、私なんかよりも良い人がきっと……」
「そうなんだ。モテてるんだ私。知らなかったよ。まあ、他の人なんかどうでも良いけどね。だって一番大好きな人に―――母さんにモテるために努力してきたんだし」
「うぅう……」
母さんの決死の抵抗も軽く受け流す。はい、無駄話している間にもう残り5分を切った。
「わ、私は……あの時よりも!ヒメが告白してきた時よりも、更に歳を食ったよ!あの時ですらギリギリだったのに、もう取り返しのつかないくらいのおばさんだよ!?化粧とかで誤魔化しちゃいるけど、きっとヒメも幻滅を……」
「母さんはいくつになってもその輝きを失わないよね。あの時と変わらず……ううん。6年前よりももっともっと素敵に見える。綺麗で、可愛くて……よく熟れて、とっても美味しそう。ああ……今すぐにでも食べちゃいたい」
「ひぃ……!?」
思わずじゅるりと舌なめずり。おっと、いかんいかん。折角6年も我慢に我慢を重ねて、約束通り健全な親子関係を守ってきたっていうのに。あと数分とはいえ、約束を破ってしまったらこれまでの苦労が水の泡だ。びーくーる。あと数分は耐えるのよ私。
「わ、私は……ヒメに想って貰えるほどの女じゃないよ……?」
「6年間我慢し続けて色んな人たちと出会ってきたけど。母さん以上に想う人なんて出来なかったよ」
「親子……なんだよ私たち……?」
「うん、そうだね。……でも仕方ないじゃない。好きになったんだもの」
「……」
残り1分を切った。さあ、後がないよ。どうするの母さん?
「遅かれ早かれ……ヒメは、後悔する事になるかもしれない。だって……歳も離れてて、女同士で……何よりも、母と娘で……」
「少なくとも、私は後悔しない。絶対に。……母さんには、今まで通り苦労をかけるかもしれない。娘と付き合うとか後悔する事になるかもしれないけど。でも……約束する。必ず、私は……母さんを。妃香さんを幸せにしてみせるって」
「……ッ!」
さあ、残り10秒。
「さて母さん、最後に何か言い残したことはないかな?」
「……ヒメ」
「なぁに?」
あと3秒、2秒、1秒―――運命のその時を迎える刹那。母さんはふっ……とため息を吐いて。全て諦めた顔でこう告げる。
「…………まいった、降参。私の負け。完敗だ。20歳のお誕生日、おめでとうヒメ」
「ありがとう。そして……私の、勝ちだね。これでもう、母さんは私のモノ」
こうして、20歳の誕生日を迎えた。ハッピーバースデー私。……ちゃんと、二十歳になるまで我慢できたよ母さん。途中ちょっと危うい時もあったけど……それでも約束通り母さんには手を出さず。そして……母さんの事だけを想い続けたよ。
だからさ……もう、いいよね?期待を込めた目で母さんを見つめ、そしてそっと頬に手を添えようとする私。
「……待ってヒメ」
けれどもその手を母さんは払ってしまう。むっ……ここに来て約束を破る気なの?それは無いでしょ母さん……!
「20歳の誕生日を迎えたヒメに、一つ言わせてほしい事がある」
「何さ母さん。……まさかまた無駄な抵抗をしようと企んで……」
「そうじゃない。そうじゃないの。この6年で、言えなかった事を言わせて頂戴」
「……?6年で、言えなかった事……?」
そう言うと逆に母さんは手を私の頬に添え。そして真っすぐな、とても綺麗な目で私を見つめ返して……
「あのね、ヒメ」
「……うん」
「…………私も、ずっと好きだったよ。母親として。そして……麻生妃香として、姫香の事好きだったよ」
「……んっ!?」
そして、心待ちにしていた……ずっと望んでいたキスを。母さんからプレゼントしてくれた。
「あ、あああ……あの、か……かあさん……い、今……!?」
「……6年も待たせて、ごめん。でもね……6年待ってたのは姫香だけじゃないんだよ」
リンゴのように顔を真っ赤にして。ちょっぴり拗ねた表情でそんな事を言い出す母さん。
「どうしてもさ。母親としての立場があるから……言いたくても言えなかったんだよ。でも、でもね。私は……告白された時から……ずっと想ってた。姫香とずっと……愛し合いたかった」
「わ、わた……私、も……」
「気が気じゃなかったよ。……姫香は日に日に綺麗になっていって。私は逆に日に日に老いていく。自分で約束したのに。6年の月日を経て、私以外の人を姫香は好きになるんじゃないかって……不安で、夜も眠れない時もあった。あー……もう。やーっと素直に言えるよ……姫香、好きだよ」
まくし立てるように、愛を囁いてくれる母さん。突然のデレ期に戸惑いおろおろするだけの私をよそに。母さんはまたキスをくれながら私の手を取り何かをギュッと手渡してくれる。
「ああ、あとコレ……その、姫香の誕生日プレゼント。良かったら……貰って頂戴な姫香」
「こ、れ……まさか……」
「……まあ、うん。察しの通り……一応、その。指輪……婚約指輪……かな。金をかければ良いってわけでも無いし、古くさい考え方かもしれんが。ちゃんと……給料三か月分使って買ってきた。……この国じゃ同性婚はともかく、親子で婚約とか……色々ダメだけど。でも……それでも。形だけでもさ……姫香に、贈りたくて」
「…………」
言葉が、出ない。うそ……
「麻生姫香さん。……私と、結婚してください。これから先、私と一緒に人生を歩ませてください」
―――20歳になるまで、約束を守って。そして母さんの事を好きで居続けたなら……恋人になってあげるって約束だった。私も、それを目標にして……母さんに手を出すのを我慢して、この日が来るのを夢見ながら母さんを想い続けていた。
正直言うと……恋人関係になってから、ようやくそこがスタート地点だって思ってた。いろいろなしがらみを考えなくて良くなって……対等な立場になって、ようやく恋人としてのスタートラインに立てるんだって思ってた。……今日これから、母さんに好きになって貰えるようになろうって思ってた。
…………それがまさか、恋人関係をすっ飛ばして……結婚?りょ、両想い……だったって事?6年前から、ずっと……?
「答え、聞かせて貰っても……いいかい?」
瞳を濡らし、私の答えを待つ母さん。私は震える手で母さんに手渡して貰った指輪を……薬指に嵌めて。
「……いい、の……?私で、本当にいいの……」
「姫香じゃなきゃ……ダメなんだよ」
「…………嬉しい」
……あ、やだダメ……私今、泣いちゃいそう……
「……私、も。母さんと―――妃香さんと、一生一緒に歩んでいきたい。……結婚、させてください」
「……喜んで」
そう言って母さんは……妃香さんは。もう一度、私に優しく誓いのキスをしてくれたんだ。
通りすがりの娘ですが、母さんの事が好きすぎて困っています。 御園海音 @myonmyon
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