第3話

 いつの間に空は雲に覆われていた。

 ベンチで隣に座る赤城は怪人になりたいらしい。

「……ええっと、どうして赤城さんは怪人になりたいの」

「悪いことをするのが普通って、時々うらやましくなる」

「どうしてそんな――」

「人間は不自由でしょ。好き放題悪いことをしてたら生きていけない。でも怪人は違う。内側にあるものを自由に出しても強く生きていける。何かにぶつかることがあれば壊してしまうことができる。私はそうじゃない」

 今朝の赤城を思い出す。

 言い争った後の赤城は結局無視されていた。

「でも……怪人だって好きで悪いことをしてるんじゃないのかもしれない。誰かに命令されてるのかもしれない」

「どういうこと」

 余計なことを言ったかもしれない。

「えっと、そうかもしれないという話だよ」

「……悪事を強制される気分ってどんなだろうね」

「仕方がないと思うしかないんじゃないかな」

 本当のことだ。

「それでもさ、私は強くなりたいよ」

「あんなに堂々と意見が言えるんだから十分強いよ」

 赤城は少しだけ笑った。

「そうしてみても、やっぱり何も変わらないけどね」

 寂しい。自分が同じことを思うのとは違う。他人にも同じことを言われるとそれが真実のように思えてしまうからだろうか。

「同じだね」

「同じ?」

「いや、違うか……よし」

「何言って――」

 立ち上がって赤城の前まで歩く。

 向かい合い、両手を広げる。

「貴様の正義がそんなものとはな!」

「――えっ」

 私は、白い機械の――怪人の姿をさらした。

 怪人らしいセリフを添えて。


 *


 あれから私は学校を破壊した。

 今はボスの部屋へ来ている。

「学校を破壊したそうじゃないか。気分はどうだい」

「思ったより退屈でした」

「だろうな。所詮は人と建物の塊だ」

「もっと大きなものでも――」

「公園で仲間をやらなかったか」

 ボスは私の言葉を遮った。

 何も証拠は残していなかったはずだ。

「……なんのことでしょうか」

「この前のことだ。お前の学校に近い公園に出ていた怪人が一体消えている。そんなに弱い怪人ではないからヒーロー連中や警察でも簡単には倒せないはずだが、それが全くの消息を絶っている。おかしいと思わんかね」

「…………」

「図星か。で、どうしてそんなことをした。なあに、優秀なお前のことだ、理由によっては見逃してやろう」

 理由か。何だろう。

「たとえば今、正義の味方になったとして、ボスはどうしますか?」

「私が質問しているんだ!……っと失礼、冷静にいこうか。いきなりおかしなことを聞くんだな。優秀だからか? そうだな、人助けなんてくだらないことは止めてやっぱり世界征服を始めるだろうな」

「なんか普通ですね」

「あまり調子に乗るなよ……」

 ボスは机の下からスイッチを取り出して見せて言った。

「これが何かわかるか? まあ噂には聞いていたかもな。お前の中にある自爆装置を起動させるためのスイッチだ。さ、わかったろ。質問に答えろ。お前はなんで仲間を消したんだ」

 ボスの口角が少し上がる。微笑している。

 私は動かす表情がない。

 だから腕を上げて手のひらをボスへ向けた。

「前から思ってましたが、そのキメ顔はあんまりイケてないです」

「ふんっ、レーザーか。恐ろしいなあ。だが撃つまでに数秒必要なことは知っているんだぞ。つまり私がこのスイッチを押す方が早い! 残念だ。返答によっては生かしてやると言ったのにまさか私の悪口とは。馬鹿にするな!」

「ではこういうのはどうでしょう」

 私は腕を自分の胸へ当てる。

「馬鹿か――」

 光線は私の胸を貫いた。

「さあ次はボスの番です。さようなら」

 腕をボスへ向ける。

「なるほど。お前は故障していたんだな。ではさよならだ」

 ボスはスイッチを押した。


 *


 あの日の夜、私は壊れた校舎へやってきた。

 誰かしら見張りがいるかと思ったが、ヒーローや警察はよっぽど忙しいのか怪人事件を諦めているのか誰もいない。

 誰もいない教室で自分の席に着く。


 私は自爆しなかった。ボスのスイッチから送信される信号の受信機部分を打ち抜いたからだ。受信機の場所ならあの研究員に聞いていた。かなり大事なことだとは思うけれど、自慢げに時間をかけて教えてくれた。

 そしてあの後、適当にレーザーでボスをビビらせて失神させ拘束し、基地のビルを破壊してからここまでやってきた。

 自分の胸を貫いてもギリギリ動けていたが、そろそろ限界らしい。


「ああ、最後はちょっと面白かったなあ」

「何が」

 よく通る声がした。

 見ると入り口に赤城が立っていた。

「ボスのビビり顔」

「やっぱりあなたね。あそこ潰したの」

「?」

 赤城は傍まで歩いてきた。

「これでも一応ヒーローやってるの……弱いけど。で、今日は友人に化けた怪人が学校を壊したと思えば、次はビルが壊れたって連絡。最悪よ。それで聞いて駆けつければ怪人組織のトップが気を失ってて、叩き起こして全部吐かせた」

「じゃあ私のことも――」

「青木さんを返しなさい」

「ボスから聞いてるでしょ」

「知らない。学校を破壊した罰よ」

 変な冗談を言う。

 私はため息をついて、残りの力で人間の姿に戻った。

「いいよ。どうせ悪党だったことに変わりないんだもん」

「でも、これからもそれが当たり前という理由にはならない」

「じゃあ、たとえば今、悪の味方になったとして、赤城さんはどうする」

「くだらない世界征服はやめて、怪人らしく世界を救う」

 やっぱりよくわからないことを言う。

 私はそんなことを思いながら、視界が暗くなるのを感じた。


 *


 目が覚めると明るい病室のベッドで横になっていた。

 手を見てみると、レンズはあったがなぜか人間のものらしくなってる。

「おお、目が覚めたか。さすが僕!」

 眼鏡に長髪の男がベッド横のイスに座っていた。あの研究員だ。

 研究員は立ち上がって入り口の方へかけていった。

「赤城様ー、青木が目覚めましたよー」

 赤城――様?

 病室に入ってきたのは黒いドレスに冠の赤城だった。

「そうか。ではヒーロー化の研究に戻れ」

「了解!」

 研究員は敬礼して部屋から出て行く。

 赤城は私のベッドの傍まで歩いてきた。

「どうだ、元気か」

 何その口調。

「まあ。それで私はどうして」

「いやあ、学校が壊れた時はスカッとしたなあ」

「はい?」

「その時思ったよ。細かいことにこだわってちゃいかんな、と。だから私は正義の為なら悪党じみたこともする。怪人だって使うのだ!」

「あ、はい」

「怪人は冗談じみた悪意だって実現してしまうんだから。正義だって同じでしょ」

「じゃあさっきの男も」

「そ。あの組織の関係者として捕まえたけど使えそうだったから。あと青木さんの治療と改造もさせた」

「マジか」

「さあこれから未回収の怪人も捕まえてヒーロー化させなきゃいかんし、他の組織も潰さなきゃならん。ヒーロー化済みの青木さんもビシバシ使ってくからな、覚悟するように!」

 多少人間らしくなった私は苦笑いを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たとえば今、正義の味方になったとして 向日葵椎 @hima_see

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説