Ⅳ 衝撃の真相にはさらなる驚きを
そう……こいつは〝ビッグフット〟なんかじゃあなく、よくできた着ぐるみを纏った
「てめえの面には見憶えあるぜ。ジアゲーロのとこの使用人だろう? ご主人さまに命じられたか? 足跡つけるばかりかこんなもんまで着せられて、なんともご苦労なこったな」
「し、知ってたのか!?」
その貧相な顔をまじまじと見つめ、俺がそう素性を言い当ててやると、怪物の中に入っていたその男は蒼白の面に驚嘆の表情も付け加える。
「ああ、もちのろんよ。その理由も検討がついてるぜ? てめえの主人、ジアゲーロ・ディベロッパはコーヒー栽培に適したこの集落の土地をまるごと買い上げ、奴隷を使って大規模栽培をしようと考えた。ここなら、開拓する手間も時間もいらねえしな……」
そんな哀れな囚われ人に、俺はさらに驚かしてやろうと、こいつらの悪巧みについても語って聞かせてやる。
「だが、ここの住民達だって、はい、そうですか…と素直に出てってくれるわけがねえ。そこで、ジアゲーロは偽のバケモノ騒動を起こすってえと、恐れた住民達が自発的に離れたくなるように仕向けたんだ。おまけに弱味につけ込んで、二足三文で買い叩こうっていう強欲ぶりだ」
ま、つまり、今回の騒動はその悪徳実業家ジアゲーロ・ディベロッパの捏造だったっていうわけだな。
怪物の目撃者や足跡がこの集落内にしか見当たらねえということに疑問を抱いた俺は、何かこの集落に関してのそんな裏事情があるんじゃねえかと、サント・ミゲルに帰ってからその道の事情通に聞いてみたんだ。
すると、ジアゲーロ・ディベロッパっていう業界でもそうとう評判の悪ぃ男が、ここの土地を喉から手が出るほど欲しそうにしてるって話が聞こえきたっていう寸法だ。
ちなみにこのジアゲーロ、なんでも素行が悪くて家を勘当され、この新天地で一旗揚げようと渡って来た貴族の次男坊らしいんだが、まったく、同じ貴族出身でもサネージョ先生とは月とスッポンだぜ。
「よくも俺達を騙しやがったな!」
「この悪党め! このまま馬で引きずり回してやる!」
事前に俺から話を聞かされていたパタルシオとギモーロの二人は、真相の開示に唖然と固まっている怪物…いや、ジアゲーロの使用人を激しく責め立てる。
「ひぃ…! ゆ、許してくれ! 私は旦那様の命令で仕方なくやらされてただけなんだ! 私だって被害者なんだよお!」
血気盛んな
……が、その時。
「…ひゃ、ひゃああああーっ! た、助けてくれえぇぇぇーっ…!」
突然、また別の男の悲鳴が、森の中から聞こえてきたのだった。
「なんだ?」
何事かとそちらを覗えば、紺地に白ストライプのジュストコール(※ジャケット)を着た短髪巻き毛の人相の悪い男が、血相を変えて森から飛び出してくる。
「ウォオオオォォォーッ…!」
いや、男ばかりじゃねえ……その後からは、今しがた捕らえた偽のバケモノと瓜二つの毛むくじゃらも、男を追うようにして駆け出して来るじゃねえか!
……ま、普通なら、大いに驚いて呆然自失と惚ける光景なんだろうが、俺はその男の顔にも見憶えがあった。
誰あろう、今、話に出ていたかのジアゲーロ氏ご本人だ。
「あっ! あいつだ! 土地を売れってしつこく言ってきてた!」
「そうだ! 間違いねえ」
パタルシオとギモーロの二人もどうやら憶えていたらしく、そんな言葉を口々に叫んでいる。
「性懲りもなくまだやってるぜ。まったく、もうバレバレだっつーの!」
セニョール・ジアゲーロは毛むくじゃらの怪物と追いかけっこをしながら、そのまま畑を突っ切ると反対側の密林の中へまた入って行ってしまう。
使用人が捕まったことに気づいていないのか? もう一人の怪物役とまだ茶番劇を演じるつもりらしい。
「おおーい! もう全部バレてるぞ〜っ! 田舎芝居はもうやめろ〜!」
俺はご親切にも、大声を張りあげるとやつらの消えていった密林の方へそう呼びかけてやる。
「……聞こえてねえのか? 仕方ねえな。おい、てめえからも無駄な足掻きはやめるよう言ってやれ」
だが、なんの反応も返ってこねえんで、着ぐるみのまま縛られている使用人にも主人を説得するように促す。
「……ん? どうした?」
だが、使用人はなぜか訝しげな顔色をして、小首を傾げながら主人とバケモノ役の向かった先を不思議そうに見つめている。
「……あ、いやあ、変ですねえ。私以外にビッグフット役はいないはずなんですが……この着ぐるみも一着しかない特注品だし……」
俺の問いかけに、使用人はますます得心がいかぬという表情を浮かべ、そんな台詞を独り言のように呟く。
「はぁ? あいつはおまえの仲間じゃねえのか? だってジアゲーロと一緒に走ってったぜ?」
「いや、確かに旦那様も様子は見に来ていたんですがね……おかしいなあ。誰だろう……?」
「うーむ……こいつは妙じゃのう……そんなことがあるもんなのか?」
なんだか奇妙なことを言い出す使用人に、俺も眉根を寄せて再び聞き返すが、すると今度はサネージョ先生までが気になることを口にし始める。
さっきからやけに静かだと思ったら、今しがたジアゲーロ達が現れるまで、先生は使用人の被っている着ぐるみをずっと丹念に観察していたらしい。
「先生もですかい? いったい何が妙なんです?」
「いや、はじめこれは何枚かの毛皮をツギハギして作られたもんじゃと思ったんじゃがの。どうもこいつは一匹の獣からとった巨大な一枚だけでできてるようなのじゃ。それもクマなどではなく、やはり猿に似た生物じゃの」
俺の質問に、使用人から剥ぎ取った怪物の頭の皮を弄り回しながら、サネージョ先生はそう答える。
「ええ? んじゃあ、こんなバカデケえ猿がほんとにいるってんですかい? んなこと言ったらこの毛皮って……」
「おぬし、この毛皮はどこで手に入れたものかわかるか?」
ますますトンデモねえことを言い出す先生に俺はもっとストレートな表現で訊き返すが、先生はそれを無視すると、いたく真剣な眼差しを向けて使用人に尋ねた。
「……え? あ、はい。旦那様の知り合いの骨董商から買ったものです。まあ、平気で原住民の墓や遺跡を暴いて物をくすねるような、とても褒められたもんじゃない類の人間ですがね、なんでももとは原住民の祈祷師が持っていたものだとかなんとか……」
「ふーむ……いや、わしもあの後、総督府が持っとる古い記録を調べてみたんじゃがの。確かにこの周辺の密林で、原住民が〝サスカッチ〟と呼んでいる精霊を目撃したという事例が報告されておるんじゃよ。それも原住民だけでなく、初期に入植していたアングラント人なんかもの」
使用人の回答を聞くと、サネージョ先生は少し考え込んだ後、ようやく俺の方を振り返ってそんな事実を述べる。
「ひょっとすると、過去には本当にこの毛皮の持ち主のような巨大な猿がこの島に…いや、もしかすると、今でも密かに生き続けているのやもしれんの……」
「生き続けてるって……そんじゃあ本当にビッグフットは……て、んじゃ今のは本物の……い、いや、まさかな……」
やけに真面目な顔をした先生の語り口に、ジアゲーロと謎の怪物役の消えていった密林の奥を遠目に眺め、俺はなんだか胸騒ぎのするような、どこか不安を掻き立てられる居心地の悪ぃ感覚に捉われていた……。
こうして、〝ビッグフット〟の一件はジアゲーロ・ディベロッパの仕組んだ捏造であったということでケリがつき、俺も総督様から幾許かの報酬をもらうことができた……ま、労働に比して不満の残る額じゃああったが……。
にしても、けっきょくあの二人目の怪物役の正体もわからねえじまいだったし、どうにもはっきりしねえ謎が残る、ハーフボイルドな結果に終わっちまったぜ……。
ちなみに当のジアゲーロは、あの時、森に駆け込んだまま、いまだに行方知れずだっていう後日談を一応、付け加えておこう……。
(La Empreintes D'Illusion~幻の足跡~ 了)
La Empreintes D'Illusion ~幻の足跡~ 平中なごん @HiranakaNagon
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