Ⅲ 偽物には同じく偽物を
「――ふぅ……やっぱ野良仕事なんざ、ハードボイルドな俺の性に合わねえぜ……」
それから数日後、睨んだ通りの裏事情を掴んだ俺は、再びサネージョ先生を伴ってブロフクリーへ戻ると、そこの住民に化けて畑仕事に従事していた。
無論、探偵稼業から職変えしたわけじゃねえ。
これまでの目撃例からすると、、見たのは全員、畑仕事をしていたこの集落の住民だ……てことで、その目撃するための条件をわざわざ整えてやったっていうわけだな。
それに、やはり過去の例によれば、三日ぐれえの間隔でかの怪物は出没している。直近の目撃例から今日で三日、そろそろ出てきてもいい頃なんだが……。
「こら、ちゃんと手を動かさんかい! それでは農夫に見えんぞ!」
同様にボロを纏い、鍬を手に住民を演じるサネージョ先生が、一息吐いていた俺を厳しく叱りつける。
「ちょ、ちょっと休憩っすよ。先生、貴族出の学者のくせによくんな体力ありますね? 俺よかよっぽど農作業が板に付いてまさあ」
「フン。動物学者を舐めるな。日夜険しい山野に分け入って調査してるからの。足腰の鍛え方は若者にも負けんわ…」
……と、そんな無駄話をしている時のことだった。
「み、見ろっ! ヤツだ! ビッグフットが出たぞーっ!」
「あっ! あそこだ! あそこにいるぞーっ!」
少し離れた場所で、やはり畑を耕していたこっちは
「…! ようやくお出ましになりやがったか!」
「ほう! ほんとに出おったの!」
その声に住民達が見ている方へ視線を向ければ、確かにこの前、絵で見たような茶色の毛に覆われたバカデケえ猿が、森と開墾地の境目の場所にいつの間にやら突っ立っている。
「せっかくのご訪問だ! すぐに帰しゃしねえぜ!」
次の瞬間、俺は鍬を投げ出すと、息吐く暇もなく怪物めがけて走り出す……と、俺に気づいたその野獣も、ビクっと一瞬、驚いたかのような素振りを見せてから慌てて逃げ出した。
これが悪魔や魔物のような霊的存在だったらならば、封じ込めることに特化した魔導書『シグザンド写本』の力で楽に捕らえられるんだが、今回のように
「そうは問屋が卸さねえ! こいつでも食らいやがれ!」
俺は懐から
ぶっ放した。
「あうっ…!」
パーン…! という乾いた音が木霊した瞬間、放たれた鉛弾はけむくじゃらの腕をかすめたらしく、ヤツは獣とは思えねえ頓狂な叫び声をあげる。
「チッ…外したか……だが、想定の内だ。ピィィィーっ!」
やっぱ短銃だとそもそも射程が短えし、走りながらだとなおのこと当てるのは至難の業だ。
だから、この一発はまあ、ヤツの気勢を削ぐくれえのことができりゃあそれでいい……それに、こいつには
俺はさらに指笛も吹くと、かねてから申し合わせていた
「ハァっ! セヤっ!」
「イヤぁっ!」
すると、付近にある牛舎から馬に跨ったパタルシオとギモーロの二人がすぐさま駆けつけて来て、手にした投げ縄を怪物めがけて同時に放った。
さっきの叫び声もだが、思った通りに怪物の足は獣にしてはやけに遅え。その上、普段から暴れ牛を相手にしている二人の投げ縄の腕は、目を瞑っていてでも的を外さねえくれえに百発百中だ。
「うわぁっ…!」
二つの荒縄の輪が怪物をキツく締め上げ、そのまますっ転んだ猿のバケモノは、また妙に
「よし! うまく行ったぜ!」
「捕らえたか!?」
追い駆けていた俺と、その後から来たサネージョ先生もすぐにその場へとたどり着く。
「…うぅぅ……うぅうぅ……」
そこには、奇妙な呻き声を漏らしながら、どう見ても本物の生きてる野獣としか思えねえ巨大な猿が、縄に自由を奪われて地面をのたうち回っていた。
「さあて、焼いて食おうか煮て食おうか。それとも、剥製にでもして金持ちに売りつけるか……」
「ひ、ひぃ! た、助けてくれ! ち、違うんだ! 私は本物のビックフットなんかじゃない!」
だが、俺があえてそんな脅し文句を口にすると、そのバケモノは唐突に
「なんだ。もうゲロっちまうのかよ? せっかく豚の丸焼きみたく火炙りにでもしてやろうと思ってたのによう……」
が、その衝撃の展開にも俺達は微塵も驚きやしねえ。こいつが
「おら、んだったらとっとと素顔をさらせ。ネタはとっくに上がってんだよ……んと、外すのはここか?」
無論、なんら恐怖を感じることもなく怪物に近づくと、俺は首周りをあちこち捏ねくり回し、力任せにその猿の頭を引っ張ってみる……と、茶色の毛で覆われた頭はスポン! と外れ、その下からは蒼褪めた中年男の顔がギラギラと照りつける太陽の下に現れた。
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