Ⅱ 足跡の鑑定には専門家を

 ブロフクリーという集落は、原生林の中にぽっかり丸い広場が開けているような、そんななんもねえ鄙びた場所だった。


 広場には一面に麦や芋の畑が広がり、どうやら何年もの長い年月をかけて、住民達がこの前人未踏の土地を切り開いたらしい。


 その住民達は農家の次男坊や三男坊、いずれもエルドラニア本国では浮かばれねえ身の上で、この〝新天地(※新大陸)〟に夢を見て渡って来た野郎どもである……ま、エルドラニア人なだけまだマシだが、俺の親父なんかと同類だな。


「――これがその足跡です。残ってるのはこれだけですが、以前のものも石膏で足型をとってあります」


「その足型がこれです」


 その開拓民の中のパタルシオ、ギモーロという牛飼いの青年二人が、集落を訪れた俺達を〝ビックフット〟やらの足跡が残る場所へ案内してくれた。


「デカっ! 確かにこりゃデケえ足跡だな。ビッグフット・・・・・・って名前も頷けるぜ……」


 畑の黒く柔らかい土の上に点々と続く、その足跡を眺めながら俺は思わず呟く。


 その形は普通の人間が裸足で地面を踏んだような感じではあるが、大きさになるとゆうに普通の3倍以上はある。


 そうした巨大な足の模様が左右対象の形で交互に、畑を横切って密林の方へと続いているのだ。


 その一つ一つの間隔もやけに広く、足だけでなく体全体もバカデケえことがそこからでも容易に知れる。


 また、その足型に石膏を流し込んで固めたというものも牛飼い青年達が持ってきて見せたが、最初、なに白壁の破片持ってんだ? と誤解するくらい、やはりそれは無駄にデカイものだった。


「こうやって証拠が残ってるってこたあ、ほんとにんなバケモノがいんだな……」


 ついさっきまでは、どうせクマかなんかの見間違いだろうとまるで信じちゃいなかったんだが、その予想を上回る確かな証拠に、俺は考えを改め始めている。


「フン! なんとも下手クソな偽物・・じゃのう。子供の悪戯にしても雑すぎる……」


 だが、一緒に連れてきた頭の薄い学者先生は、俺の考えを再び覆すような驚きの見立てを、吐き捨てるかの如くその口にした。


「え! 偽物? この足跡が偽物だっていうんですかい?」


「ああ、それも粗悪なの。ほれ、この足跡は真っ平らじゃろう? 本当に獣の残したものならば、この爪先部分が足を蹴り出す際にもっと地面にめり込んどるはずじゃよ」


 その、総督府に紹介してもらった動物学者だかの先生――タシオ・サネージョという爺さんは、唖然と尋ねる俺に対して杖で足跡を指し示しながらそう説明をする。


 なんでもエルドラニアの貴族の家の出で、小っちぇえ頃から生き物が好きだったらしいが、そのまま貴族としての人生も捨てて、学者になっちまったという、まあ、なんというか趣味に生きてる風変わりな爺さんだ。


「おそらくは左右の足型のスタンプを作って、こう、ペタペタと地面に押したんじゃろう。一番稚拙なやり方じゃの」


「そう言われてみりゃあ確かに……ま、サネージョ先生の見立てならその通りなんだろうな……て、ことは、おい、てめーら! 嘘のバケモンでっちあげて総督府を騙そうとしたな!? なんの目的だ? 被害の見舞い金でももらおうって魂胆か?」


 さらに手をパタパタと振って、その捏造方法まで教えてくれる先生の言葉に、俺もいたく納得すると牛飼いの二人を強い口調で問い詰めた。


「なっ……俺達の仕業なわけあるか! この足跡は偽物なんかじゃない! ほんとにヤツがつけてったものだ!」


「そうだよ! 足跡だけじゃない。現にこの目でヤツの姿だってしっかり見てる! それも真っ昼間にな。ほら、絵だってあるぞ。そこを森の方へ歩いてく途中に、こう、こっちを振り返ったんだ……」


 だが、パタルシオ、ギモーロの二人は、逆に怒気を含めて反論すると、丸めて持っていた一枚の羊皮紙を広げて俺達に見せる。


 そこには、確かに二足歩行する猿と人間を掛け合わせたような毛むくじゃらの生物の、こっちを振り返る様子がヘタウマに描かれていた。


 探偵なんかやってるぐれえなんで眼は確かだと思うんだが、二人の態度を見るに、どうも嘘を吐いているようには思えねえ……。


「ふーむ……このような猿の類がこの島にいるという報告は聞いたことないんじゃがのう……」


  対して絵を見たサネージョ先生は、首を傾げてやはり納得がいかねえ様子だ。


  正反対の主張をする目撃者と専門家……いってえどっちを信じりゃあいい……。


「これじゃあ埒があかねえ……とりあえず、もう少し目撃した人間に当たってみやしょう」


「うむ。そうじゃの……」


 まだ判断するには情報が足りねえんで、俺はサネージョ大先生を促すと、もっと多くの住民を当たって、広く聞き込みを続けることにした――。




「――うーむ……これほど住民に目撃者が多いとはの。しかも皆、クマやただの猿ではなかったという……ならば、ほんとにそんな新種の巨大猿がいるのか? ならばたいへん興味深いことじゃが……」


 このブロフクリーという集落周辺で聞き込みをしたところ、予想以上に目撃者は多かった。


 その結果に、サネージョ先生の否定的な意見も揺らぎ始めている。


「目撃したという証言からすると、この新種の猿はやはりこの集落の付近に棲息しているようじゃの。集落の外では目撃例が皆無じゃ。足跡も集落内でしか見つかっておらんしのう……」


「ええ。そうっすね。まるで、この集落の住民だけにしか見えねえ存在のような……」


 また、聞き込みの範囲を拡げ、集落付近に住む人間にまで話を聞いて回った結果から、そんな状況もわかってきたんだったが……。


「……集落の住民にしか見えねえ……集落にしか足跡がねえ……なんか引っかかるな……」


 サネージョ先生がそうして考察をする話を聞く内に、俺はふと、ある疑問に取り憑かれた。


「こいつぁ、なんか裏があるかもしれねえな……先生、俺はちょっくら調べてえことがあるんで先にサント・ミゲルへ戻りやす。先生は存分に調査してから適当に帰ってください。また後日、お家の方へお迎えに伺いますんで。そんじゃそゆことで!」


「……え? あ、おい! なんじゃ急に!?」


 そして、早々にその疑問を確かめるべく、怪訝な顔の先生に断りを入れると、早足に街へと通じる田舎道を急いで戻ることにした――。

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