La Empreintes D'Illusion ~幻の足跡~

平中なごん

Ⅰ 未確認生物には暇な探偵を

 室内には、茹だるような暑さと湿気が籠っていた……窓から吹き込む爽やかな風も一瞬の気休めぐれえにしかなりやしねえ……。


 ここは南洋の新天地(※新大陸)・エルドラーニャ島にあるエルドラニア帝国の植民都市サントラ・ミゲル……ま、いつもと変わらない、馴染みのあるクソのような蒸し暑さだ。


「――ゴクン…ふぅ……で、今回の依頼ってのはなんなんっすか?」


 俺は出された冷や水を一気に飲み干すと、応接のテーブルを挟んで座るサント・ミゲル総督ドン・クルロス・デ・オバンデスと、その部下の行政官モルディオ・スカリーノの顔を交互に眺めながら尋ねた。


 俺の名はカナール。闇本屋のジジイから買った魔導書『シグザンド写本(巻末付録『サアアマアア典儀』付き)』の力を借りて、怪奇現象専門の探偵デテクチヴをやってるハードボイルドな男だ。


 ま、エルドラニアは魔導書の無許可での所持・使用を禁じているので、その禁書を仕事に使ってることはちょっと口に出せねえけどな。


 で、今日は何回かそんな仕事を引き受けたことで、なんとなく知遇を得えている総督府に突然呼びつけられた。


 俺はエルドラニアの敵国フランクル移民の父親と原住民の母親の間に生まれたハーフで、ここでは肩身の狭え非エルドラニア人の貧民街出身だが、そんな訳でこんなエルドラニア貴族のお偉さまとも昵懇の間柄なのだ。


 無論、今日呼び出されたのも仕事の依頼のためだ。毎度いろいろ文句を言うくせして、俺様のハードボイルドな仕事振りを頼りにしてるってことだな。まったく、素直じゃねえツンデレちゃんだぜ……。


「そなた、〝ビッグフット〟というバケモノを知っておるか?」


 そのエルドラニア貴族然りとした、蛇腹状の襞襟を着けた黒い巻き髪の小太りなオヤジは、俺の質問に聞き慣れねえ言葉を口にした。


「ぴっくふっと? ……ああ、豚足・・ですかい? シン国人がよく食ってる……」


「違う! 〝ビッグフット〟じゃ。まあ、アングラント語なのは当っとるがな。アングラント人入植者がそう呼んだのがもとらしく、エルドラニア語で言えば〝大きな足グランデス・ピエルナス〟という意味じゃ。原住民は〝サスカッチ〟と呼んどるようじゃがの」


 勘違いして俺が答えると、クルロス総督はそれを訂正してさらに奇妙なことを言い始める。


「サント・ミゲルの郊外にブロフクリーという開拓民の集落があってな、そこの者達から、その原住民に伝わる怪物が出るんでなんとかしてくれと陳情がきとるんじゃ」


「なんでも毛むくじゃらの大きな猿みたいな格好をした野獣らしいですよ? その巨大な足跡からアングラント人はそう呼ぶようになったんだとか……ま、住民達の見間違いで、ただの猿やクマの可能性もあるんですけどね」


 総督の言葉を受け、キザに茶色の髪をバッチリセットした、となりのモルディオも補足説明を入れる。


「なるほど。それで、俺にそいつの退治をしろと……でも、今の話からするに、それって魔物・・じゃなくて猛獣の類でしょう? ていうか、もっといやあ害獣駆除だ。だったら俺なんかよりも、鉄砲持った衛兵隊でも向かわせた方がいいんじゃねえっすか?」


 だいたい話が飲み込めると、せっかくのお誘いではあったが、俺は丁重にその依頼をお断りすることにした。そいつは怪奇現象を専門に扱う俺の仕事の領分じゃねえ。


「総督府の衛兵も何かと忙しいのじゃ。そんないるかいないかもわからんバケモノのために使うわけにいくか。それに比べて、どうせそなたは暇じゃろう? よい暇潰しではないか」


 だが、総督さまは俺の意見などハナから聞く気はないらしく、なんとも失礼な物言いでその仕事を押し付けようとする。


「なっ! ……お、俺だって別に暇じゃねえんですよ! 最近は探偵の依頼もボチボチ入ってくるようになったし……」


 なんともバカにされたものだ。俺のことを便利屋かなんかだと思ってやがんな……当然、そんな上から目線の依頼主に俺は強く言い返してやる……ま、多少見栄を張ってたりはするんだけお……。


「とてもそうは見えんがのう……ま、別に嫌ならよいぞ? せっかく人が仕事を回してやろうというのに、そんなに忙しいというのならば、もう金輪際、一切そなたに仕事は頼まん。ま、せいぜいその他の依頼とやらの解決に励んでくれ。おおーい、お客のお帰りだー!」


「うっ……ああもう! わかりましたよ! やりゃあいいんでしょうやらあ! こうなりゃ害獣駆除だろうが害虫駆除だろうが、なんだってやってやりますよ!」


 クソっ! 人の足元見やがって……正直なところを言えば、ボチボチ依頼が来るようになったとはいえ、まだまだ食っていくにはギリギリの懐事情だ。ここで大口のお得意様をなくすわけにゃあさすがにいかねえ……。


「おお、そうか? そこまで言うんなら頼もうかの。ま、そなただけでは心許ないからの。専門家を一人紹介してやろう」


「新天地の産物調査のため、本国より派遣されて来ている動物学者です。紹介状を書くんで同行してもらうといいでしょう」


 やむなく俺が圧力に屈すると、クルロス総督は何食わぬ顔で白々しくもそんな言葉を返し、こうなる結果をわかっていたかのように、モルディオも平然とまた総督の話に補足を付け加える。


 こうして、俺はその大きな足の猿だかなんかの退治をすることとなったのだった……。

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