熱き教育実習と登校拒否⑫




翌朝、熱司は職員室へ行きまずは元気よく挨拶した。 鬱積した気持ちと空気を晴らすためだ。


「おはようございます!」


だが先生たちから返事はない。 その代わりといってはなんだが、ギロリと睨まれてしまう。


―――うわ、気まず・・・。

―――誘拐事件のことは既に知れ渡っているだろうしな。

―――昨夜学年主任に連絡をした時も、呆れられて大きな溜め息をつかれたし・・・。


自分の机へ行くと一枚のメモが置かれていた。


『後程校長室へお呼びします。 職員室にいてください』


―――・・・きっと教頭先生が書いたんだろうな。

―――今日はこれからどうなるのか分からないけど、準備はしておくか。


授業の準備をし始めて数十分後、ドアが開いた。


「熱司先生。 校長室へ」


―――ドアの前でそれを言うのかぁ・・・。

―――公開処刑だな。


教頭が職員室中に聞こえるよう言ったので渋々席を立つ。 意を決して校長室へ向かった。 校長室では校長が怖い顔をして座っている。


「用件は分かっていますよね?」

「はい」

「昨日の誘拐事件のことは既に耳に入っています。 どれだけ生徒に怖い思い、ストレスを与える気ですか? 貴方の責任は重いですよ」

「俺が悪いって言うんですか? ただ担任代理だったというだけで? 放課後の生徒たちの監督を全てやるのは不可能だと思いますが。 

 確かに俺は代理でやりましたが、現実にはまだ斎藤先生が担任のはずです。 なら責任の所在はそちらへ問うべきでは?」


―――・・・斎藤先生、すみません。


心の中で謝ったが、自分も斎藤先生も悪くないと思っている。 学校がある時間ならともかくとして、終わった後に起きたことを面倒見るのは無理だ。


「・・・それに、不登校の生徒の家に無理矢理押し入ったとも聞いています」

「・・・ッ!」


誘拐事件の話からそちらへ矛先を向けるとは思ってもいなかった。 無理矢理押し入ったわけではないが、強引だったことは自覚している。 だがそのおかげで琉生は家の外に出ることができたのだ。


「貴方の起こしたことは最終的には学校、つまり私が責任をとることになるのですよ」

「責任、責任、責任って! そればかりではないですか! この学校は自分の保身のためだけに子供を縛り付けているだけです。 

 もっと子供は自由に伸び伸びと育ててやらなければいけないと俺は思います!」

「・・・学校の方針は貴方の意思とは無関係です」


これでは埒が明かない。 おそらく何を言っても無駄なのだ。 


「貴方は教師に向いていません」

「・・・ッ!」


そんな熱司の心中を分かっているのか、トドメを刺すようにそう言った。 もし学園ドラマならここで誘拐された生徒たちが校長室に入ってきて抗議をする。 そんな展開が頭に浮かぶ。 

だが現実は都合よく上手くはいかない。 そのようなことを考えた、その時だった。


「・・・琉生くん!?」


まさか昨日の今日で学校に来れるとは思ってもみなかった。 しかも、校長室にだ。


「君は・・・」


教頭は当然のこと、校長も琉生の顔を知っていたのか驚いた様子だった。


「ぼ、僕は全部、見ていました。 先生が、正義のヒーローみたいに、みんなを助けるところを。 ぼ、僕のクラスの村田さんも、た、多分、証言してくれると思います」

「・・・」


琉生の不安気ながらハッキリと言うその言葉に校長も何かを感じ取ったようだ。 先程まで部屋中で渦巻いていた怒りの気が雲散霧消しているのだから。


「教育実習は終了とします」

「そんな、俺はあと一日・・・」

「貴方の意志は理解しました。 ただ学校の方針はありますし、他の先生方の目もあります。 もちろん“今日の分まで終わらせた”ことにしますので」

「・・・分かりました」


本当は今日も授業を担当したかった。 だが、あまり無理を押し通してばかりでは本当に無茶苦茶になってしまうのかもしれない。 

熱司としては不完全燃焼ではあるが、正直琉生が学校に来てくれたということだけで嬉しかった。


「この学校では貴方は教師に向いていません。 ですが、貴方のような方を好む他の学校を知っています」

「・・・そうですか」


それは何らかの口利きをしてくれるということだ。 本来喜ばしいことだが、今はあまり嬉しいとは感じなかった。 今も熱司は4年1組の担任のつもりなのだ。 深く礼をし素直に退室する。


「失礼いたしました」


頭を下げ、頭を上げたところで面食らってしまった。 何故なら校長が熱司以上に深く頭を下げていたのだから。


「ウチの生徒たちを守っていただき本当にありがとうございました」

「ッ、こちらこそ! 二週間ありがとうございました!」


嫌な気持ちでこの学校を去ることになるのだと思っていた。 だが、本当は校長も分かっていたのだ。 分かっていてああ言っていたのだということを、熱司は帰りながら理解できていた。


―――案外、捨てたものではないのかもしれないな。


だが職員室では相変わらず腫物を見るような目を向けられる。 特に仲のいい人もいなかったため、黙って荷物をまとめると職員室を出た。

最後に生徒たちの顔も見たかったが、授業がもう始まるという今難しいだろう。 琉生が待ってくれていたことが、今は嬉しかった。


「さっきはありがとう。 怖かったろう? 俺は琉生くんと同い年くらいの時に、校長室へ乗り込むだなんてできなかったぞ」

「・・・ぼ、僕が先生を守らないといけないと思ったから」


琉生の言葉に熱司は心臓を射抜かれたような気持になった。


―――・・・そうか、教師が生徒を守るだけでは足りないんだな。

―――本当の信頼関係は一方からのものでは駄目だということか。


保護者として生徒の面倒を見る責任はある。 だが生徒を信用することも大事なのだ。 熱司は教育実習を通じて、一つ学ぶことができたと思っていた。 

琉生は授業があるが、今は熱司に付いてきてくれている。 この後、一人で教室へ向かうということのため大丈夫だろう。 他愛のない話をしながらグラウンドを歩いていると背後から名前を呼ばれた。


「熱司先生ー!」


振り返ると4年1組の生徒が窓から顔を出し手を振っていた。


「熱司先生! またねー! 凄く楽しかったよー!」

「先生ー! また体育でサッカーしようぜ!」


―――ッ、みんな・・・!


感動して歩む足を止めた。 その時、昨日の村田や誘拐されかけた子たちが、駆け付けるようやってきていた。


「みんな授業は!?」


周りを取り囲まれ、嬉しいながら少々困惑していると四人は言う。


「授業よりも、見送る方が大切だと思ったからきました!」


泣いているのか笑っているのか、もう分からないような顔をしていて、熱司も思わず泣いてしまいそうだった。 それを見てか琉生が恥ずかしそうに言った。


「せ、先生が職員室で準備をしている間に、ぼ、僕がみんなに伝えたんだ。 友達を作ることも、ぼ、僕にとって、やりたいことの一つだったから!」

「ッ・・・!」


熱司の教育実習はこれで終わりだ。 校長の話からもこの学校に教師としてくることはないだろう。


―――みんな、ありがとう。

―――俺も負けてはいられないな。


それでもこの二週間はかけがえのない時間になったと思っている。 生徒たちと知り合えたのも、一つの運命だったのだ。


「みんな、何か困ったことがあったら俺に相談しに来いよ! みんなの担任ではなくなっても、俺は味方だからな!」






                                 -END-



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

熱き教育実習と登校拒否 ゆーり。 @koigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ