熱き教育実習と登校拒否⑪
「あの、大丈夫ですか? 通報しましたが来るまでに5分、10分かかるそうです」
後ろで待っていたワゴン車から女性が出てきて言った。 それに熱司は深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「後部座席にいる子供たちは・・・」
「俺の生徒です。 この子たちを一人ずつ家に帰したいので、後は任せてもいいですか?」
あとは周りの人に助けてもらうことになった。
―――あ、でも三人か・・・。
―――担いでいくのは厳しそうだな。
運ぶ手段に困っていると女性が言った。
「私の車、6人くらいなら乗れますから送りましょうか?」
「え、でも・・・。 そこまで迷惑をかけるのは」
「構いませんよ。 ただ、この車をどうにかできればですけど」
誘拐犯たちの車は未だにそのままだ。 後続車のためにも移動させる必要があるのは当然だった。
「おい、車を脇に移動させるぞ!」
少々強引だが男を下ろし車を移動させる。 周りには大人の男性も多くいるため、逃げることを心配する必要もない。 車を移動させると、待たせていた二人のもとへ駆け寄る。
「お待たせ。 三人を家まで届けたいんだ。 君たちのことも送りたいんだけど、先にこの三人からでもいいかな?」
二人は黙ったまま頷いた。 まだ恐怖があるのだろうと思う。
―――みんなの家の場所は既に把握済みだ。
―――憶えておいてよかった。
そうして女性に送ってもらい一人目の家に着いた。 誘拐犯たちや警察のことは気がかりだが、これ以上生徒たちを巻き込みたくなかったのだ。
「夜遅くに失礼します。 俺は今、懐小学校の4年1組で教育実習をさせてもらっている者なんですが」
そう言うと家の中から母親らしき女性が出てきた。 眠っている子供たち三人を見て驚いている。 簡単に事情を説明した。
「申し訳ありません。 もっと早くに気付いていれば」
塾帰りともなれば熱司の責任はないに等しい。 それでも謝ったのは教師としての責任感から。 母親もそれを理解しているのか涙目になって首を横に振る。
「いえ、無事に帰ってきてくれただけで十分です。 助けていただいてありがとうございます」
「明日また自分からも注意しますが、もし目覚めたらお母さんからも危ないと教えてあげてください」
「はい、それはもちろん。 本当にありがとうございます」
このような調子で三人を無事に送り終えた。 次は村田の家へと向かう。 その途中で村田が琉生に言った。
「そう言えば、どうして琉生くんと先生が一緒にいるの?」
「え、あ・・・」
視線を向けられ琉生は戸惑う。
「俺と一緒に散歩をしていたんだよ。 な?」
フォローするようにそう言うと琉生は小さく頷いた。
―――久しぶりにクラスメイトと会うのは厳しいか。
―――それも突然だからな。
村田の家へ着き同様に母に事情を話した。
「お子さんは付いていかず、叫んで大人を呼んでくれたのでとても優秀でした。 気付けてよかったです」
「いえいえ、そんな。 無事で本当によかったです」
そうして最後に琉生の家へと向かった。 先生たちはこんな事件が起きていたとも知らずに帰ったらしい。
「遅くなってしまいごめんなさい」
そう言うと心配そうに母は琉生を抱き締める。
「琉生・・・ッ! 遅いから物凄く心配したのよ・・・」
「琉生くん、やりたいことがちゃんとあるようです。 機会がありましたら、しっかり話を聞いてあげてください」
「・・・」
母は複雑そうな表情を見せ何も答えなかった。
「では、俺はそろそろ」
「先生!」
踵を返そうとしたところで琉生に呼び止められた。
「琉生くん? どうかした?」
「・・・先生、ヒーローみたいでカッコ良かった。 学校の先生とか大人が、みんな熱司先生のような人だったら、よかったのに」
「ッ・・・」
上手く返す言葉が見つからず慌てて頭を下げる。
「おやすみなさい」
帰り道、ずっと琉生の言葉が頭に残っていた。 同時に学校のことも頭に浮かぶ。
―――・・・この誘拐事件のこと、学校に連絡をしないと流石に駄目だよなぁ。
―――明日が怖いんだけど・・・。
今日の活躍よりも翌朝のことに懸念を抱くのは、教師として仕方のないことなのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます