熱き教育実習と登校拒否⑩
夕暮れ時で日も落ちかけとなれば、おかしな人が出てもおかしくはない。 もちろん何でもない可能性もある。 今は琉生との大切な時間で本当は優先しないといけないはずだ。
だが熱司は何となく嫌な予感を感じていた。 その叫び声が本当に助けを求めての叫びということくらいは分かるものだ。
「琉生くん、声が聞こえたところへ行ってもいい?」
「うん」
琉生の手を取り走り出した。 琉生は速く走ることはできないが、一人置いていくわけにもいかない。
―――確かこの辺から・・・。
―――・・・いた!
道の真ん中で泣きそうな顔をしている一人の少女を発見した。 偶然なのか運命なのか、彼女には見覚えがある。
「村田さん!?」
「あ! 熱司先生ー!」
彼女は4年1組の生徒だった。 熱司の顔を見るなり泣きながら駆け寄ってくる。 琉生はクラスメイトと分かり、何となく気まずそうに顔を逸らしていた。
「村田さん、どうしたんだい?」
「さっきまで坂本くんたちと一緒にいたの! でもみんな、どこかへ行っちゃったぁ」
「たちって、全員で何人いたの?」
「私を含めて4人」
「ここで何をしていたんだい? ここは住宅街から少し離れていて暗いから、明るいところを通らないと」
「塾の帰りだったの!」
小学生でも、塾に通う生徒がちらほら出てくる。 理想を言えば安全な場所を通ってほしいが、やはりそういうわけにもいかないのだ。
「みんなは一体どこへ?」
「分からない、けど、あっち! あの車!」
少女が指差す方を見る。 丁度遠くで角を曲がった黒い車が一台見えた。
「え、あの車にいるのか!? 運転している人は知っている人?」
「知らない人!」
「どうしてそんな人の車になんか!」
「『スウィッチをあげるからおいで』って言われて、みんな付いていっちゃったの!」
「ッ・・・」
スウィッチとはテレビゲームのことだと熱司も知っている。 少々高価であり、持っていない生徒は多いはずで、それをくれると言われて付いていく気持ちも理解はできる。
だが、当たり前だが何の理由もなく高価なものをくれるはずがないのだ。 少女は怯えた目で熱司を見つめた。
「知らない人には付いていっちゃ駄目って言ったんだけど、みんな聞いてくれなかった」
熱司はいつの間にか二人を抱え走り出していた。
「二人共、ごめん! 痛いかもしれないけど我慢して!」
子供を置いていくわけにもいかず抱えて走る。 日頃から筋トレしていてよかったと思った。 熱司が教師を目指したのは子供たちを守るためでもあるのだから。
―――女子の悲鳴を聞いて、誰も何も思わなかったのか・・・!?
―――悪戯には到底聞こえなかったと思うが。
周囲に人の姿は見えなかったが、熱司と琉生はそこそこ離れた距離にいたのに聞こえたのだ。 他の誰かが手を差し伸べてもいいだろうに、と思う。 小学生二人を抱えながらでは流石に速度も出ない。
それでも諦めずに走っていると黒い車が見えたのだ。
―――あれか!
車は踏切のところで止まっていた。 どうやらその踏切が魔の地獄待ち踏切であると知らなかったらしい。 最長10分待たされるその踏切は熱司なら絶対に通らないようにしている場所だ。
琉生たちを下ろして大きな石を手に取ると窓ガラスを割り車の鍵を引き抜く。
「ッ、何だお前!」
後部座席を確認すると大人二人に挟まれ、生徒三人が静かに眠っている。 状況確認をしていると周りから人が集まってきていた。
「この男たちは誘拐犯です! 今すぐに警察に連絡をしてください!!」
熱司はそう叫んだ。 辺りが了承し静まったのを見て運転手に怒鳴るように聞く。
「子供たちに何をした?」
「・・・」
答えないため後部座席で一番近かった男を殴り付けた。 それを見た運転手は慌てて言った。
「た、ただ睡眠薬を吸わせただけだ!」
「睡眠薬?」
「そ、そう! これだ!」
そう言ってスーツケースに入っている布と液体を見せてきた。
「そういうお前は何者なんだ?」
「俺はこの子供たちの担任だよ。 試しに、お前が吸ってもらってもいいか?」
布と薬を強引に奪い取ると、素早く染み込ませ運転席の男に嗅がせた。 これで逃げようとしても来るまでは逃げられない。 男が眠りについたのを見て熱司は言った。
「どうやら本当のようだな。 お前たちはどうする? 降参するか?」
助手席の男と後部座席のもう一人の男を見る。 観念したように頷いていた。
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