第2話 バトルロワイアル・オブ・メアリー・スー
視界に写る快晴過ぎる青天が残酷な言葉を水にかき混ぜるように広げていって、少年の渇いた心をアルコールのように揮発させてより乾かしていった。
「そう! デスゲーム!」
「デス、ゲーム」
……死の遊戯。
少年が言われた言葉を砕いて反芻してみても、まるっきり意味を飲み込める気がしなかった。
「戦争。抗争。大戦。人と人が惨めに醜く殺し合うアレ。まぁ、そんなツマラナイものにはしませんよ。ファンシーでファンタジーでナイトメア、見ている人にも面白おかしくしたいですからね!」
嬉々として語るクイーンはシルクハットのつばを弄りながら空をすいすいと泳ぎ始める。それに合わせて少年の視界もその後を追うカメラマンのように自動的について行った。
「さて! 殺し合いをしてもらう皆さんにはすでに、最初から各々違う額のポイントが振り分けられています。《0》ポイントの方もいれば、《9000》ポイントの方もいます! 皆さんにはそのポイントを殺し合いで奪い合ってもらうのです」
彼女が例を示すように指を立てるとその先に《0》という数字が赤く浮かび上がり、同様に《9000》という数字も黒く浮かび上がった。
「では、その明確でアンフェアな差はどこから生まれるのか? 気になっていることでしょう! うふふふ! ご安心ください、人間でもギリギリわかるように教えて差し上げますので!」
「今回このデスゲームに参加することになった皆さんの共通点は小説投稿サイト『小説の国』で活躍するネット小説家。皆さんはその中からランダムに選出された10万人の参加者なんです」
『小説の国』
それは少年も会員登録している3大小説投稿サイトの1つ。
ベータビレッジやイエスタと肩を並べ、その会員数は60万人を超えている小説投稿サイトの巨大派閥。
投稿された小説の数は連載短編合わせてユーザー数よりも多い80万作。少年も当然その名前は聞き馴染みはあったし、同時にその中から選ばれたことに若干の嬉しさと複雑さを感じていた。
クイーンにとっては少年も「皆さん」の中の一人であるからそんな心境はお構いなしに次の意地悪な問いかけをした。
「さぁ、そうなればポイントという言葉に思い当たる節がありますね? ネット小説家さんたちには大事なアレ。アレのあるなしで格差が生まれ、作品の良し悪しが決定的に決められてしまうアレ。評価を見えるように数字化させた見る人にとっては忌々しいアレ」
残酷に小鹿を嬲り殺そうとするハイエナのような目と悪趣味な笑顔で皆さんに問いかける。
誰もが知っている。
この状況に陥った全ての、10万人すべてが共通してある基準を思い浮かべた。
それに対する劣等感を、それに対する欲求を、それに対する優越感を。
それに対する高揚感を、それに対する恐怖を、それに対する愛情を。
それに対する嫌悪を、それに対する向上心を、それに対する自信を。
集められた10万の小説家たちは各々思い思いの感情を巡らせた。
そしてそれらの感情を吹き飛ばすようにクイーンは誇張したサーカスキングのような手ぶりを付けて言い放った。
「そう! 皆さま一人一人に割り振られたポイントは『小説の国』における現時点での皆さんの作品群に対する評価ポイント! 投稿された全ての作品についていた評価ポイントをまとめたものを皆様の『ポイント』とします!」
「最初に言った通り10万ポイントを集めてください! 10万ポイントを得た人たちはこの世界から脱出する権利と自分の作品を1つ世界的人気作にできる権利を差し上げます! 皆さんはより多くのポイントを稼げるように殺し合いをして、殺した人間のポイントを奪うというのがこのゲームなのです!」
彼女がそう告げると、空中に様々な数が夥しい星のように現れた。
それらの数字の群列は現れては砕け散るように消えを繰り返し、忘れ去られたように風となって消えていく。
そうやって1つずつ価値のない数々が消滅し、最後に《100000》という数字だけがクイーンの両手の間に納まった。
が、その数字さえもクイーンは蝋燭を消すように吹いて最後は煙にしてしまった。
「このゲームでは皆さんの大好きな超能力、通称・【スキル】が皆さんにプレゼントされます。そのスキルは皆さんの小説の特性に寄与し、皆さんの持っているポイントに応じてスケールアップしていきます。だから総合ポイント《100》ポイントの異世界チート無双小説家よりも《1000》ポイント持ってる日記小説家の方がスキルは強大ってことですね!」
皮肉ですねぇ、と笑って小ばかにするクイーン。
「それから自分の小説については一言一句自分の頭の中にインプットされてるものだと思ってください。脳に刻んでおきました。自己紹介の時に便利でしょう?」
空を泳ぐ方向をゆっくりと下方向に向けたかと思うと、東京タワーの先端にふわりと降り立つクイーン。
目を閉じて一呼吸置いたかと思うと、先ほどまでの黒い少女のような双眸を止めて開眼する。
瞳の奥を桃源郷のような黄金色に染めて女神のように悪戯に微笑み、機械的な残酷さをドロドロと溢れさせた。
「殺し合い、殺され合い。底辺作者が居なくなればクソラノベが消えてなくなる……厳選された面白い小説を取りそろえるためにはその畑となる無能凡骨どもを根絶やしにすればいい……そう! 私は本が好き! 愛ゆえに小説家の皆さんを殺し合わせるんです!」
深淵だった。
人間らしからぬ、人間の想像から生まれたような怪物。
その出自がここにい10万人のネット小説家の空想の塊だと言われても誰もかれもが理解しただろう。
あぁ――なんて恐ろしく、可愛らしいんだ。
そう思った。
多くの捻じれた小説家たちは高揚と崇拝を一緒くたにして神経を麻痺してしまっていた。
ねじ曲がった愛の小悪魔である彼女に命までは差し出せねども、愛してしまうほどには彼女は尊く魔性な女神だった。
しかしそれこそ甘い甘い小説家たちの絶望的なまでの希望的観測。
彼女こそは
女神たる彼女は掃いて捨てるような塵芥を蔑みながら、その中の一粒一粒に愛を向けていた。
「ルールは一つ。殺し合って10万ポイントゲット! 報酬はこの世界からの脱出と小説のグローバル展開! デスゲームとはいえ私ってば甘々過ぎましたかね? もしかしたらたった10人殺すだけでも、あなたは某芥川とか某シェイクスピアとかと肩を並べる有名作家に成れちゃうんです! さぁ、ボイコットなんてせずに円滑にゲームを進めてくださいね。私もそのように運営しますので」
「この殺し合いで私が真に価値あると思うのは、皆に愛される小説家と成長する見込みのある小説家のみ。それ以外はそう、酷評レビューを受けて立ち直れなくなるように無慈悲に死んでください!」
クイーンはそう言って腕を真横に振って一切の
「さぁ、主催者からは以上で―す! 何か分からないことがあっても暇なときにしか受け付けないので、文句があるなら10万ポイント獲得してからにしてくださーい。それでは皆さんデスゲーム、スタート!」
それを言い終わると、クイーンはウィンクと投げキッスをして視界を手で覆って暗転させた。
その暗転は先ほどのモノとは違い、一言英語でこう表記されていた。
【
ディストピア・オブ・メアリー・スー @edogin
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