君と入れ替われたら④
燿は兄である楓真と入れ替わった生活を送っているうちに、申し訳ない気持ちが膨らんでいた。 初めは勉強が全く分からず兄の評価を落としてはいけないと思って必死だったが、それも一段落だ。
―――僕の代わりとなって、兄さんに辛い思いはさせたくない。
―――それに知っているんだ。
―――兄さんがこの家から、追い出されそうになっていること。
―――今の兄さんの身体は元々僕のものだ。
―――だから兄さんがこの家から出る必要はない。
―――本当は僕が出なくちゃいけないんだ。
―――・・・でもたとえ身体が元通りになったとしても、また兄さんに心配をされてしまうんだろうな。
―――だったらやるべきことはただ一つ。
―――僕はもう自殺なんかしない。
―――誰にも負けない。
―――今の僕なら、兄さんを想って周りからのいじめに耐えられる気がする。
―――だからッ!
燿は夜こっそりとベッドから起き上がると、家を出て楓真に教わった神社へと向かった。 家から持ってきた小銭を賽銭箱に入れ鈴を鳴らす。
「神様お願い! 僕と兄さんの身体を戻して! もう絶対に負けないし、自分の人生を貫いてみせるから!!」
懇願するよう頼み込むと神様が本当に姿を現した。 初めて見る神様だが、驚きより喜びが勝っていた。
「おぉ、君か」
以前来た時は、今の自分の容姿だったのだからそう言ったのだろう。 神様は小さく笑い問いかけてくる。
「尋ねるが、君の大切なものを代償として払えるか?」
「代、償・・・?」
「願いは簡単に叶えられるものではない。 それなりの代償が必要となる。 だから願いを叶えることを引き換えに、君の大切なものがほしい」
「大切なもの、って・・・」
「もし人だったら、その人と離れ離れになる。 もしモノだったら壊れる。 その程度のものだ。 亡くならないし、失うこともない。 それだけでも十分だろう。 これでも優しくしているんだ」
その言葉を聞いて燿は悟っていた。
―――・・・ということは、まさか、兄さんは大切なもとの引き換えに願いを叶えてもらったの?
―――どうしてそこまで・・・。
―――僕も願いを叶えてもらいたい。
―――兄さんの幸せをこれ以上奪いたくない。
―――でも、でも・・・ッ!
「無理、だよ・・・。 願いを叶えてほしいけど、大切なものは渡したくない。 だって僕の大切な人は、兄さんなんだから!」
そう叫んだ瞬間、楓真の声がかすかに聞こえてきた。 その声の方へ目をやると、神社の入り口に立っている楓真と目が合う。 兄はそのまま駆け付けてきた。
「燿!」
「え、兄さん、どうしてここに・・・」
一週間やってきた入れ替わった名前ではなく、本当の名前。 兄に名前を呼ばれたのは久しぶりだった。
「それはこっちの台詞だ! 急にいなくなったから探しにきたんだぞ!」
「ほっほ。 お主、無事目覚めてよかったな。 久しぶりじゃの」
「え、あ、神様・・・。 本当に先週はどうも・・・って! もしかして燿! 神様に何か願おうとしたのか!?」
強気な兄に対抗するよう燿も声を荒げていった。
「そうだよ! どうしても身体を元に戻してほしくて!」
「何を言ってんだよ! そしたら願いを叶えてもらった意味が!」
「もう僕は一人で平気! どんないじめや悪口にも耐えられる! だから」
「そんなもの俺の方が耐えられる!」
「ッ・・・。 そ、それに僕知っているんだよ! 兄さんは今、家から追い出されそうになっていること!!」
「え、どうしてそれを知って・・・。 まだ燿には伝えていないって」
「元はと言えばそれは僕の身体。 僕が追い出されるべきなんだ! だから身体を戻してもらおうとここへ来た。 兄さんはあの家にいるべきだ!」
「あー・・・。 それは、ごめん。 燿のせいじゃない。 燿のせいで、家から追い出されるわけじゃない」
「え、どういうこと?」
「・・・」
目をそらす楓真を見て悟った。
「もしかして、兄さんが願いと引き換えに渡したものって」
「・・・家族だよ」
「どうしてそこまで!」
「家族である弟の燿が大切だったからだよ。 守りたいと思うのは当然だろ?」
それを聞いて嬉しくて涙が出てきた。 その分兄の負担を減らしたいとも思ってしまう。
「ッ、それでも僕も、僕も願いを叶えてもらって身体を元に戻したい!」
「じゃあ燿の大切なものって何なんだよ?」
「兄さんだよ」
「は・・・」
「だから困ってたの! 兄さんと離れ離れになりたくないから! ・・・でも兄さんの話を聞いて思った。 兄さんが家を出るのは聞き間違いではないし、変更されることもない。
兄さんが家を追い出されるのなら結果は同じだね。 今のままでも兄さんはいなくなるし、元に戻っても代償で兄さんはいなくなる。 だから僕は神様に願う!」
「ッ、おい勝手に話を進めんなよ!」
兄弟喧嘩を始める二人の間に神が割って入った。
「あー、ちなみに楓真よ。 楓真は弟の気持ちを尊重しないのか? 信じてあげないのか?」
「気持ち?」
「今弟が言っていただろう。 『もう僕は一人で平気、どんないじめや悪口にも耐えられる』と」
「それ、は・・・。 燿の言うことは信じますけど」
「だったら無償で弟の願いを叶えてやろう」
「え、無償?」
楓真が聞き返すと神は頷いた。
「弟は元に戻りたいと願った。 つまり願いは何もなかったことになる。 だから二人の代償は何も聞かなかったことにするよ」
「でも! そんなことをしたら、元に戻りたいと願う人は大勢いるんじゃ・・・」
「素晴らしい兄弟愛を見せてくれた、君たちだけ特別じゃ」
その言葉を聞くと胸がドクンと弾んだ。 これが願いが叶う合図らしい。 翌朝には身体が戻っているそうだ。 不思議な感覚に驚いているうちに、神はいつの間にか姿を消していた。
「ねぇ、兄さん。 僕これから頑張るから」
「あぁ。 でも俺も兄なんだ。 一人で溜め込まず、俺を頼ってくれよ」
短い間だったが、人生を入れ替えてみることで燿は成長した。 その後もいじめが簡単になくなることはなかったが、反論することができるようになった。
だが一番の収穫は兄が燿がどんな目に遭っていたのかを具体的に知ることができたことだろう。 その後、燿は更に成長し今度は兄のピンチを救うことになるのだがそれはまた別のお話。
-END-
君と入れ替われたら ゆーり。 @koigokoro
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