絶妙に胃のあたりに残る後味の重たさ

 空飛ぶ車の事故による初めての死者、その遺族である妻によって語られる、事故の思わぬ真相のお話。
 SF的なモチーフの登場する短編です。分量は約3,500文字とコンパクトで、しかしSFショートショートというよりは、もっと堅実な印象の物語。何か秘密を抱えた視点保持者による過去の回想、あるいは告白といった趣の作品で、もちろんジャンルとしてはSFなのですけれど、現代ドラマ(に期待されるもの)的な面白みの方が大きいかもしれません。未来とか技術とか可能性とかよりも、普通に生きている人間の内面の物語。
 お話の性質が性質ですので、この先にはどうしてもネタバレを含みます。未読の方は先に本編を読むことをお勧めします。
 読後に残るズシッとした余韻が好きです。明かされる真実の意外さもあったのですけれど、それ以上にその内容のこう、どうにも割り切れない感じ。誰のどの立場にも思い入れることができないというか、言ってしまうならみんながみんな、それぞれ十分に邪悪なところ。
 主人公である『私』のそれが一番大きいのはまあ当然として、しかし「じゃあ彼は?」「こっちの彼は?」と考えてみてもやっぱり「うーん」となる、このどこにも羽を休める足場がない感じがものすごく好みでした。いや主人公がひどいのは間違いなくて、だからそこを悪役にして終われたら気持ち(読んでる自分の)が楽なのですけれど、でもそんな安易な逃げは許してくれない感じが。
 こちらに語りかける形式の文体、いわゆる「です・ます」調であるところも、内容と一致していてよかったです。文章そのものが必然的に孕むことになる、話者の感情や欺瞞のようなもの。淡々と、丁寧に語られるからこそ、そこに含まれた身勝手さが際立つ、切れ味の鋭い小品でした。