第5話

今、目から無数に流れ落ちる涙はどういう感情からくるものなのかわからないが、きっとあのときの私は悲しかったのだろうと思う。

その気持ちを無理やりに押し込んで、「大人だから」と物わかりのいいふりをして、蓋をして通り過ぎていたのだ。

だって、彼からは、住所も電話番号も教えられていない。店を開けなくなってからは、メールを送っても返事がない。最初から、彼とは「そういう関係」なだけで、恋人ではなかったのだと。

思えば思うほどみじめになるだけだし、それならせめてすっぱりと割り切って、「私も初めから恋人だとは思っていなかった」と思おうと。


そんな私の精一杯の強がりを、こんな安いラブソングに仕立てて。

あまつさえ、あのバンドの歌詞をリスペクトも何も感じられない引用の仕方をして。

ここまで思って、やっとこの涙が怒りや悔しさからくるものだとわかった。


今はもう指輪もつけていない、ただの指で目元を拭って見上げれば、フロントガラス越しに真冬の澄んだ青空が見えて、なおのこと腹が立った。

こんなときは曇って雪でも降ってくれたらそれっぽかっただろうに。


やけになったような気持ちで、再びスマートフォンを手にする。

音楽アプリを立ち上げ、あの曲をタップした。


エレキギターのフレーズから始まったその曲は、さっきの彼の安っぽい曲よりも、よっぽど今の私らしい。


あれが、たとえ恋と呼べるようなものだったとしても、その気持ちは私と彼との間だけのものにしていたかった。

彼がどんな経緯で、ラジオから曲を流せるくらいに有名になったのかはわからないし、今は調べたくもないが、きっと彼はこんな私の胸の内すらわからずに、また新しい他の誰かとの恋を食い物にして、世に出すんだろう。


それでも。

きっとないだろうけれど、いつか彼にまた会う機会があったなら、「失恋ソングに青い空はないと思うよ」とだけ、精一杯大人のふりをして、そう言いたい。


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彼の新曲 sigh @sigh1117

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