引退した元最強ダンジョン攻略者の俺のもとに人気アイドルが突然「攻略者になりたい」とやってきた話

すかいふぁーむ

短編

 ピンポーン。


「はーい」


 思えばこの来訪者を迎え入れてしまったときに、俺の日常は崩れ始めたんだった。


「はじめまして。東雲かなみと申しますが……天野冬稀さん、で良かったですか?」

「そうですが……え? あれ?」


 インターフォンの画面に映し出された顔と名乗った名前は、よく見知ったものだった。

 テレビの中で、の話だが……。


 どうしてあの人気アイドルがここに……?


 ◇


「どうだい? 今手を引くと言うのなら見逃してあげても良いのだけれど?」


 久しぶりのダンジョン。

 俺の目の前に立ち塞がったのはモンスターではなく取り巻きを引き連れた偉そうな男だった。

 高そうな装備をキラキラと見せびらかしながらニタニタ笑って取り巻きをけしかける。


「そうだ! お前みたいなどこの馬の骨とも知れないやつに付いて行く女の気になれ!」

「その点二重院さんなら完璧! あの二重院の御曹司! ランクももうB級の攻略者だぞ!」

「そもそもその人はお前ごときが一緒にいていい人じゃないだろ!」


 二重院って確か……ダンジョン攻略者向けに商品展開を広げて急成長した会社やってるところだったか……。シェアは国内ナンバー2、だったと思う。

 もう俺が引退してからの話だしよく知らないけどな……。

 さて……。


「手を引けって言われたけど、どうする?」

「どうする? じゃないでしょ! ちゃんと仕事してよ! 貴方強いんでしょ⁉」


 後ろに控えていた東雲かなみが声をあらげる。

 本名はなんだったか……まあとにかく今をときめくアイドルで、信じられないくらい整った顔をしていて、なぜか俺が攻略者としての手ほどきをしないといけなくなった相手だった。

 そんなかなみの声を聞いて二重院の取り巻きたちが笑い始める。


「ぷっ……聞いたか? 強いんだってよ」

「いやぁ、強い攻略者ってのはさ、二重院さんみたいな装備を整えたエリートのことを言うんだよ」

「まあまあ、そんなの知ってたらこんなやつに頼まないでしょ。よくわかってないんだって、かなみちゃんは」


 その様子に頬を膨らますかなみ。


「ちょっと! 私が笑われちゃってるじゃない! 雇い主命令です! ぎゃふんと言わせて!」

「えー……」


 乗り気ではない。

 そもそもダンジョンは人と戦うものではなく魔物と戦うものなんだけどな……。

 というか正確には雇い主はかなみではないんだが……。

 考え事をしていたら勘違いした様子の二重院が魔力を練りながら声を上げた。


「おや? 痛い目に合わないとわからないか。これだから間抜けな凡人は……この僕の時間を使わせることがどれだけの罪か、身を持って教えてあげよう」

「おおっ⁉ 二重院さんの魔法が見られるぞ!」

「魔法を使った二重院さんは無敵だ! 身体強化魔法に炎魔法! 今日は何が見れるんだっ⁉」


 二重院の周囲には風のようなものが吹きすさぶ。


「え……ちょっとねえ! あれ大丈夫なのっ⁉」

「ん? ああ、ちょっと危ないから下がっててくれ」

「違うわよ! 冬稀が大丈夫かって聞いてるの!」


 魔力波がダンジョンを震わせる。

 二重院がまたニヤッと笑ってこちらを見ていた。


「なに……殺しはしないさ。ただちょっと眠ってもらうだけだ!」

「きゃっ⁉」


 かなみが風圧に耐えきれずしゃがみ込む。

 その次の瞬間、二重院の細身の剣が俺の喉元に差し迫っていた。身体強化魔法は伊達じゃないな……。


「はぁ……かなみ、せっかくだからちゃんと見ててくれ。初めての授業だ」

「え……?」

「まず一つ目、ダンジョン内での私闘はなるべく避けること」


 迫りくる刺突を交わし二重院の懐に入り込む。


「なにっ⁉」

「二つ目、どうしても避けられない場合刃物は使うな。殺さずに戦闘不能にするのが難しいから」

「え……わ、わかった!」


 驚愕に目が見開かれた二重院と視線を合わせる。


「三つ目。喧嘩を売る相手を間違えるな」


 掌底。

 下から思いっきり顎を打ち上げる。

 ご自慢の装備もそこまではカバーしていないからな。


「そもそも盗みでもしない限りダンジョン内で人と戦っても良いことはないからな……なるべく人との戦闘は避けるように」

「わかっ……わかりました。って、全然当たり前のことしか言ってない!」

「当たり前が出来ないやつが上位と呼ばれるBランクにもいるってことだ。無策にダンジョンに潜ると……死ぬ」

「うっ……うん……」


 かなみは普段の明るいオーラを潜め静かにうなずいていた。


「おっ! おい! お前! こんなことしてただで済むと思ってんのか⁉」

「俺は見てたぞ! お前が突然手を出して二重院さんをふっとばしたのを!」

「そうだ! 不意打ちの卑怯者だ!」

「え? ちょっとどうするの⁉ あいつら滅茶苦茶言ってるけど!」


 そういうシナリオか……。

 どうしたものかと考えていると二重院がゆっくり起き上がる。


「二重院さん!」

「なに、心配要らないさ。今のはわざと受けてあげただけだからね」

「流石です! でもあいつ、二重院さんに手を出してただで済むなんて……」

「そうだねえ。この僕の顔に傷をつけた罪は重い……君は自分が何をしたのかわかっているのかい?」


 この期に及んで力差を認識できていないのか……いや自分は特別だという強い自信がそうさせているのか。

 甘やかされて育ったんだろうな……


「僕は攻略者たちに多大な貢献をするあの! ニジュウマルのメーカーの次期社長だ! こんなことをしておいて今後ものうのうと攻略者を名乗れると思うな……?」


 二重院のボンボンの演説が続く。

 得意げにこちらを見下して、もう一度二重院はこう言った。

 言ってしまったのだ。


「最後の慈悲だよ。東雲かなみは僕のもとで幸せになるべきだ。君のような下賤な身分のものがそばに置いて良い人間じゃあない。社会的な地位も、名誉も、金も、何もかもが君にはないのだから」

「黙ってれば好き勝手……」


 かなみが耐えきれずに前に出ようとするがそれを制する。


「いやいい、かなみ。もう終わりだ」

「そうかい。ようやく諦めたか……なに、引き渡したあとはたっぷりお礼をさせてもらうだけさ。君はもう二度と、太陽が拝めないだろうねえ」


 にじり寄る二重院。

 嘲る笑う取り巻きたち。

 そのちょうど中間のスペースに突如……。


 ──ドゴン


 大穴が開き巨大な掘削器具が落ちてくる。


「は……?」


 再び目を見開く二重院。


「なんだこれは……ダンジョンの壁に穴を開けた……? まさか……そんなでたらめなことができるのなんて……」

「なるほど。こいつは俺を呼ぶわけだ」

「悪いな」


 トン、と開いた穴から静かに降り立つ男。

 着地は静かなのに、そのあとにタプンと擬音が聞こえてくるかのように全身の肉が揺れている。

 俺より背は低いがその体重は優に俺の二倍を超えるだろう巨漢。

 自称、動けるデブ。


「さて、うちのお客さんに随分好き勝手やってくれたそうじゃないか。二重院さん」

「乙木正勝⁉ 乙木財閥のナンバー2がどうしてここに!」

「今言っただろう? 彼らはうちのお客さんだ」

「なっ……」


 その言葉に顔を青白くする二重院。

 乙木と二重院では力関係は歴然だった。

 ダンジョンが世界に現れ始めたその黎明期から攻略者たちを支え続けた乙木家と、最近になって新規で参入し勢いに乗る二重院家ではまるで規模が違う。

 二重院家の利益はほとんど、乙木家に分け与えられていると言って良いものだった。


「そんなっ⁉ その二人が乙木家の関係者……⁉ 馬鹿な! アイドルのかなみはともかくそっちの冴えない男は……!」

「冴えないだってよ」


 正勝が笑いながらそう言う。


「うるせー」

「ちょっとサボりすぎたんじゃねえの?」

「サボりじゃねえって。俺はもう攻略者は引退したんだよ」

「引退……?」


 二重院が戸惑う。


「引退ねえ……もったいねえよ。お前は間違いなくまだ国内トップの実力があるってのに……」

「そういうお前も引退組だろ」

「俺は仕事があるんだ仕方ない。それに俺は仕事でこうやってダンジョンに来てるしな」

「お前たちは……一体何を言っているんだ……?」


 事態についていけない二重院とその取り巻きがついに耐えきれずそう言った。

 正勝は淡々と、こう返した。


「俺がただのデブじゃないってのは知ってるだろ?」


 タプン、と二重顎を揺らしながら二重院の方に振り返る正勝。


「ダンジョンが国内にも現れて最初の数年。ずっとトップに君臨し続けた伝説のパーティー、そこで俺は回避タンクとして活躍した」


 正勝は嘘は言っていない。

 この体型でほんとによく動くのだ。

 体型で決めたタンク役だったが回避に重点を置いたことで俺たちは好き勝手暴れまわるパーティーになった。


「そのパーティーのリーダー、消息不明とされてたけどな。生きてるんだよ」

「な……では、まさか……」

「天野冬稀。正真正銘俺たちのパーティーリーダー、目の前に居るのは伝説だぜ? 二重院のおぼっちゃん」

「そんな……」

「さて、伝説と乙木に手を出したんだ。覚悟は出来てんのか?」


 タイミングを図ったように周囲に乙木家の人間であろうスーツ姿の男たちがさっと現れる。


「馬鹿な……」

「お前はちょっと可愛いアイドルにちょっかいかけた程度だったんだろうけどな、相手がわりいよ」

「嫌だ! そんな! 俺はどうなる⁉ 二重院を継ぐのは俺だぞ!」

「それを決めるのは俺じゃない。でもそうだな……このあと冬稀とかなみはお前のとこの親父と面会予定だった。もちろん、お前のほうが商売を頼みに来る形でな」


 顔面蒼白。

 二重院が膝をついた。


「でかい話になるはずだっただろうに……俺や冬稀はともかく、かなみはもうあんたらと組むことはないだろうな」

「そうだなぁ。冬稀がどうしてもって言うなら、くらい?」


 バッと顔を上げて二重院が俺にすがりつく。


「頼む! 何でもする! いくらでも払う! だから……」

「馬鹿だな」


 答えたのは俺ではなく正勝。


「お前程度が持ってるもん、伝説だった冬稀が持ってねえはずがないんだよ」

「そんな……」


 まあ俺も、積極的にこいつを助ける義理はないしな。


「正勝、あとは頼む」

「あいよ。冬稀はどうすんだ?」


 相変わらずタプタプ腹は揺れるくせに機敏な動きで後処理を進めながら聞いてくる。


「金をもらってる以上ちゃんと仕事はするさ」

「それって……!」


 かなみが目を輝かせる。


「やっとダンジョン攻略を教えてくれる気になったのね!」

「これまでだって教えてただろ!」

「ずっと座学だったじゃない! 私に手を出したいから家で二人っきりになってるのかと疑ってたんだから」

「人聞きが悪い! というより教えただろ……ダンジョン内で二人のほうが危ないからな?」

「はいはいー! さ、早くいこーよ! 先生!」

「はぁ……」


 調子の良いかなみに手を引かれながらダンジョンを進む。

 さっきまでいたところはごくごく入り口。ここからが本当のダンジョンだった。


「やっぱ任せてよかったな」


 正勝が背中越しにそんなことを言う。


「いくらもらったと思ってんだ……仕事はするさ」


 そう答えた俺にわざわざ振り返って正勝はこう言った。


「お前が楽しそうに笑ってるからだよ」

「え……?」


 笑ってたのか……?


 もう二度と来ることはないと思っていたダンジョン。

 攻略者なんて関わらなくったって普通に生きていける社会なんだ。

 あの日俺は圧倒的な才能を前に攻略者として生きていく道を諦めた。


「楽しめよ。冬稀」

「ほらほら! 気が変わる前に早く行こー」

「待て引っ張るなかなみ⁉」


 結局考える余裕も与えられずにかなみに引っ張られるようにダンジョンに踏み込んでいく。

 でも確かに今の俺は……久しぶりのダンジョンにわくわくしているのかもしれなかった。

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