先輩、わたしと勝負しましょう。ときめいたら負けです!-ここから読める”せわた”-

西塔鼎

【Turn-EX】イヤし系で突拍子のない彼女

 離屋はなやクオンについて何から話すべきか、というのはなかなかに頭を悩ませる命題である。

 プラチナブロンドのふわふわの髪が眩しい、北欧系ハーフの美少女――そんな外見的特徴を語ったものか。

 あるいは日本一、いや世界でも有数の大財閥「離屋グループ」の姫君というその社会的側面から切り口とすべきか。

海外で飛び級を果たして日本に舞い戻ってきた弱冠十一歳の女子高生、というその明晰すぎる頭脳についても彼女を語るうえでは欠かせないだろう。


 おそらく彼女に親しい者でも、この命題を突きつけられれば誰もが首をひねるに違いない。

 彼女の親友である二人組の同級生であれば、


「くーちゃん? 脳みそだけが十八禁」

「卑し系の美少女だね」


 なんて言うかもしれないが。

 ……ともあれ。彼女と多少なりとも一緒の時間を過ごしている俺はいい加減慣れつつあるが、見知らぬ第三者に説明するにあたって、離屋クオンという存在はやはり複雑怪奇が過ぎる。

 だが、それでも。あえて彼女という存在を構成する要素の中からひとつ、特筆したいものを挙げるとするならば――そう。


 彼女はただひたすらに、突拍子もないのだ。


     ■


「『離屋クオン』って名前、ピク○ブとかでえっちな画像検索する時に探しやすそうじゃないですか?」


「急にワケのわからんことを言い出すな」


 放課後の部活棟、その隅にひっそりと割り当てられた文芸部の部室。

 中央に置かれた長机で対面するように座る彼女――離屋クオンの突然の一言に、俺は書き物をする手を止めて思わずツッコミを入れていた。


「いえね、考えていたんですよ。こう星の数ほど美少女キャラが世に蔓延っている昨今、下手な名前にすると他のキャラとの名前被りでえっちな絵を検索しづらくなるなと。そういう点ではラノベにありがちな珍妙な難読ネームにも意味があったんですね……」


「なんでそんなことをこの放課後に考えていたのかについては聞かないが……そもそもそんな心配をせずとも、君のいかがわしいイラストがピ○シブに上がることなど一生ないから安心しろ」


「そうとは限りませんよ。夢というものは口にしなければ始まりません。こうやって口に出すことで、わたしと先輩の燃え上がるようなえちえち絵がどこかで誕生するかもしれないじゃないですか」


「あってたまるか」


「ちなみに口に出すってえっちな意味じゃないですから」


「聞いていない」


 そんな不毛な会話の後で、クオンは俺の手元に気付くと「ところで」と呟いた。


「先輩、読み専かと思っておりましたのに書き物とは、珍しい――一体何ですかそれ」


「これか。……まあ、君に見せても支障はあるまい」


 頷きながら俺は、書き込んでいたプリントを彼女に向かって掲げて見せる。

 書面をその大きな瞳で見つめると、クオンは「ほう」と小さく声を発した。


「部員紹介、ですか。何でまた急にこんなものを? わたしの彼氏にしてひとつ上の先輩であるところの不動ふどう玄鉄くろがね先輩」


「何なんだその説明口調は」


「いえ、これまで一人称ばかりで先輩の名前を出すタイミングがなかったので。……それはそれとして、何なんですかそれ?」


 彼女が妙なことを口走るのはおおむねいつものことなのであまり深くは気にせずに、俺は彼女の疑問に答える。


「生徒会から配布されたのだ。なんでも今年の学校説明会に向けて、部活動紹介のパンフレットを作るらしくてな。そこに各部の部長と副部長の自己紹介を載せたいらしく、原稿を寄越せと」


「副部長なんですか、わたし」


「まあ、この文芸部は俺と君の二人しかいないからな――必然的にそうなる」


 自分でも不思議だったが微妙に説明的な口調でそう返す俺。そんな俺の返答に、クオンは特に疑念を持つふうもなくなるほど、と頷いた。


「で、紹介というのは一体どんなことを書くので?」


「軽い自己紹介と、部活でどのようなことに取り組んでいるか、といった部活紹介の内容を軽いエピソードも交えて書いてほしいとのことだ」


「つまりはこれから出る新作のキャラクター紹介を兼ねた、新規読者向けの掌編のようなものですね」


「…………その比喩が妙に引っかかるが、おおむねはそういうことだ」


 頷く俺に、クオンは何やらその大きな金色の瞳に好奇心の色をにじませながら椅子を持って俺の方へと寄ってくる。


「そういうことであれば是非もありません。ここはひとつ、わたしも筆を執るとしましょう」


「いらん。俺が君の分まで書いておくから、君はそこで本でも読んでいるといい」


「そうおっしゃらずに。こんな面白そうなこと見過ごせません」

 まるっきりオブラートに包む様子もなくそう言うと、彼女は俺の手元にあった二枚のプリントのうち片方を手にとった。


「こちらが先輩のキャラクター紹介ですね。……おや、まだ白紙ではないですか」


「キャラクター紹介とか言うな。自分のことなどどうとでも書けるからな、先に君の分の方を仕上げようと思っていたのだ」


「拝見しても?」


「構わんが」


 そもそもが校外向けのパンフレットに載る原稿なのだ。見せて恥ずかしいようなことは書いていない。

 俺の手渡したプリントを見て、クオンはふむふむと頷いた。


「『離屋クオン、十一歳。海外で飛び級して今年本校に入学。趣味は読書。上級生が卒業されて今年は部員の少ない文芸部ですが、その分ゆったりとした時間を過ごせる場所なのでお気に入りです』……なんですかこれ。風俗のサクラでももう少しましなアピールを書きますよ」


「高校生が風俗がどうとか言うな」


「なんなら実年齢で言えば小学生ですよ!」


「なおさら胸を張って言うことではないが」


 呆れ混じりに返す俺に、「いや、だって」とクオンは言葉を続けた。


「これじゃあわたしの自己紹介というより、ただの文芸部の紹介じゃないですか」


「それでいいんだ、こういうものは。部員を通しての部活動の紹介なのだから」


「文芸部員ともあろうものがこのようなしょーもない凡百な文章を書いていては、それこそ部の紹介として逆効果です! ……仕方ありません、やはりわたしが筆を執りましょう!」


 言いながら彼女はその辺に置かれていた余り紙を一枚取り出すと、ペンを取って何やら鼻息荒く書き始める。


「できました!」


「早いな。……どれどれ」


 クオンから受け取った紙に書き込まれていた文章を、俺は手にとって音読する。


「『離屋クオン、十一歳で処女です(はぁと)先輩と一緒に過ごす時間を作るために文芸部に入りました。放課後はいつも先輩と二人っきりの密室でそりゃあもう人様には言えないような行為に及んでいて……今日も先輩は部室でわたしに壁ドンすると、その一見無愛想かつ鋭い目に熱情をにじませてゆっくりとわたしの制服のボタンをひとつずつ――』」


 そこまで読んだあたりで俺はその紙を脇に放り捨てた。


「なにするんですかぁ!」


 悲鳴を上げるクオンに、俺は全身が脱力するのを感じながら言葉を返す。


「誰が官能小説を書けと言った、誰が」


「ですが部活での普段の活動に触れるようにとおっしゃっていたじゃないですか!」


「こんな活動は断じてない」


「そこは部活のアピールとしてちょっと盛っただけです。あ、『もった』ですからね、『さかった』ではなく」


 ひたすらどうでもいい注釈だった。


「盛るも何も、こんなものを生徒会に送りつけたら廃部にされるが」


「えぇー。でも多少のえっちな要素とかは必要だと思いますよ。ラノベだって皆さん硬派を気取っていてもなんだかんだでえっちなシーンとかえろい挿絵とかあった方が食いつきがいいじゃないですか」


「唐突にライトノベル読者全体にケンカを売ろうとするんじゃない」


「売るなら実本だけにしろってことですね!!」


 妙にドヤ顔な彼女をひとまず置いておいて、俺は額に手を当てながら首を横に振る。


「ともかく、これはボツだ。……つまらなかろうと何だろうと構わん、俺の書いた方を提出させてもらう」


「むう、先輩は遊び心が足りていませんね」


「遊び心で生徒会に目をつけられたくはない」


 ため息交じりに呟く俺に、「じゃあ」と懲りずにクオンが言葉を続けた。


「代わりに先輩の方の紹介を、わたしに書かせてはいただけませんか?」


「今のを見せられた後で俺が首を縦に振ると思うか?」


「先輩は後輩の自主性を重んじることのできる度量の持ち主だと信じています」


「断りづらい言い方をしたものだな」


 だから……と言うわけではないが、俺は肩をすくめて頷く。


「いいだろう。なら今度は俺の他己紹介を書いて見せてくれ」


「合点承知の助ですよ!」


 あまり平成生まれ感のない返事とともに、彼女は紙面に向き直って考え込む。


「そうですね、『不動玄鉄、十七歳』……先輩のその体格と顔で十七歳は、改めて考えると詐欺めいてますね」


「……よく言われるから否定はしないが」


 道を歩けば不良に道を譲られる凶相、入学当初は運動部からの引く手数多であった百八十センチ超えの体格は、我ながら成長の仕方を間違えたような気がしてはいる。

 ……ちなみに運動部からの勧誘が途絶えたのは、いつからか「あいつは校外の不良連中を全員返り討ちにしたやべーやつだ」という謎の噂がまことしやかに囁かれたがゆえだった。


「ええと――『実家が古武術道場で、自身も心得がある。好きな本は時代小説で、そのせいか少し厳しい喋り方』……なんか今書いてて思ったんですけど、美少女化したらめちゃくちゃあざとくないですか先輩の設定。絶対これ異能バトルものとかに出てくる日本刀にセーラー服の女子高生とかですよ」


「勝手に人を女体化しようとするなと」


「ところで『古武術』ってワードってかっこいいですよね。『古』ってついてるだけでなんだかロマンを感じる気がします。英語で言うとアンシャント・ロマン――おっと母国語が出てしまいました」


 注釈すると、別に彼女の母国は英語圏ではない。そもそもその発音だと別物になりそうな気もしたが……それを言っていると深みにハマりそうなので受け流す。


「そんなことよりも、そこから後はどんなことを書くつもりだ? 今のところ、俺のプロフィールの描写に終始しているようだが」


 そんな俺の問いに、よくぞ聞いてくれました、とクオンは頷いて。


「あと付け加えるべきは、先輩とわたしとが恋仲にあるということくらいでしょう」


「却下だ」


「何でですかぁ!?」


 にべもなく棄却した俺に、彼女は素っ頓狂な声を上げる。……いや、何でもへったくれもないのだが。


「学外向けの。パンフレットに。俺と君との間柄について書く必要性がどこにある」


「む、今さり気なくわたしと恋仲であるという点については否定しませんでしたね!?」


「……それは、事実ではあるからな」


 その件について話し始めると長く、ややこしくなるのでここでは省くが。

 渋々そう認めた後、俺はクオンに向き直って続ける。


「だが、君との今の関係を俺はこの部室の外に持ち出すつもりはない。……その、彼氏がいるなんてことが君の家にバレれば、君の周りが黙ってはいないだろう」


 世界を股にかける離屋グループの直系の娘。彼女という存在が持つ意味合いを、俺とて理解できないほどに子供でもない。

 今の俺と彼女との関係性が、薄氷の上にあるということくらいはよく分かっている。

 だが――


「そんなの、わたしは構いませんのに。恋路と焚き火は障害物が多いほど燃え上がると、『すなすな』にも書いてありました」


 無い胸をそらして自信満々にそう告げるクオン。

 ちなみに、「すなすな」というのは彼女の愛読するネット発の恋愛小説である。

 正式名称は「素直になれない僕と素直過ぎる彼女」。海外からこちらに戻った際に日本語の教材として愛読していたらしいこともあって、クオンはこの本のかなりの大ファンなのだ。


「遮蔽物があったら火は消える、火災鎮火の常識だ。……ともあれ、その件ばかりは譲れん。俺とて――今の君とのこの関係を、いたずらに歪めたくはない」


「……それって、わたしのことを大事にしてくれてるってことですか?」


「無論だ」


「そ、そうですか」


 自分で言葉を振っておいて、なぜか妙に顔を赤くしてしどろもどろになるクオン。

 そんな彼女に俺は、至極真面目にこう続ける。


「俺は君のことを、大事に思っている。君は――世間一般的に見ても、俺から見ても可愛らしい女性だし」


「ひゃぅ」


「それに、君と一緒にこうして過ごす時間は心地が良い。君はよく頭が回るから、話しているだけでもその言葉のひとつひとつに」


「ひょぇっ……」


 俺がそう告げると、どういうわけかクオンは顔を真っ赤にしたまま悶絶していた。

 ……普段から思っていることを告げただけで他意はないのだが。首を傾げている俺の前で一人で爆死して一人で立ち直ると、クオンは胸元を押さえながら荒い息で口を開いた。


「いやぁ、先輩はシームレスにデレを見せてくるから心臓に悪いですね……プレ○ステーション5もびっくりのロード時間です。まあいいでしょう、先輩がそこまでおっしゃるならばわたしも今回は聞き分けるとします。先輩のご要望通りの原稿をしたためて見せましょう」


「ああ、そうしてくれ」


「嗚呼、こうして作家の個性というものは殺されて、大衆に迎合した凡百な売れ線に流されてゆくのですね……」


「人聞きの悪いことを言うな君は」


 肩をすくめる俺の前で彼女はさらさらと筆を進めて、ほどなくして書き上げたものを手渡してきた。

 一読すると、なるほど普段は本を読んでいるだけという非生産的な部の実態を程よくオブラートに包みながらも、当たり障りのない体裁で紹介している。流石は飛び級までしてきた天才である、こういったことの呑み込みも早い。


「大したものだな」


「ふふ、『すなすな』既刊を10周したわたしの筆力にかかればこんなもの、お手の物です。……ただ」


「ただ?」


 尋ね返す俺に、クオンは苦笑混じりにこう告げた。


「紹介はしましたけど、わたし的には今のまま、先輩と二人の部室が一番かなって――そんなことをちょっとだけ、思ったりして」


 冗談ですけどね、と付け加えた彼女のその自然な笑顔に俺は「そうか」とそっけなく返しながら、小さくため息をついて視線を紙面へと逃がす。


 ……全く。彼女は本当に、突拍子がない。

 急にこんな可愛げのあることを言われたら、どんな顔をすればいいのか分からないではないか。


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先輩、わたしと勝負しましょう。ときめいたら負けです!-ここから読める”せわた”- 西塔鼎 @Saito_Kanae

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