第3話 まだ遅くない

 登下校は別々、教室内では喋ることもなくなってしまった俺たち。


 その結果として、一条さんはクラスで孤立することはなかった。

 見た目では、和気あいあいと毎日楽しそうにクラスメイトと談笑し笑顔を絶やさない。休み時間になると、いつも彼女の傍には誰かが寄って来る。


 そんな毎日の様子を目の当たりにして、こちらからはどんどん話しかけづらくなっていった。


(彼女が苦しんでいないのなら、そのままでいい)


 中学の時、受けた傷は想像すら出来ないくらい大きいものだし。

 入試の時だけでも傍に居ることが出来てよかったとさえ俺は思ったほどだ。


 なのに――


 俺の方が心にぽっかりと穴が開いたように淋しく、ときどきつらい気持ちになる。

 そう思う日が、時間が、日に日に多くなる。


 朝の登校時には、現れない一条さんを待ってみたり、

 授業中、彼女を薄ぼんやりと眺めたり、

 教えてもらった連絡先に掛けようとも何度も思った。


 そんな時、仲良くなったクラスメイトが話しかけてくる。


「下条よ、最近なんか元気ないな」

「そ、そんなことは……」

「あれだろ、一条さんと喧嘩したんだろ」

「なっ……なんで……」

「図星か。わかりやすいからな、2人とも……」

「……別に喧嘩じゃねえよ」

「無理してもろくなことはねえぞ。十分脈ありだと思うぜ。応援してやろうか?」


 そんな友人の言葉を聞いて、俺はこの展開をよしとは思ってないんだと気がかされた。

 それだけじゃなくて、自分の気持ちにも。


 僅かだったけど、それまでの一条さんとの当たり前の日々が妙に懐かしくて、楽しかったんだと理解する。

 そこを意識しただけで、朝から晩まで一条さんのことを思い浮かべ、こんなにドキドキするのは初めてで恥ずかしいし、苦しかった。


(くそっ……)


 気づいた以上、自分自身の気持ちに見て見ぬふりも出来ない。


 彼女のトラウマも理解出来る。


 だが陰キャの俺が、クラスで暇あるごとにラノベを読んでる俺のことで誰が彼女を恨んだり、妬む。

 どう転んでも俺は一条さんの味方をする。

 クラス全員を手に回しても、俺は、俺は……。


「言っとくべきだったか、そこのところを……今からでは遅くはないか」


 何なんだこの気持ちは?

 いやもうわかっている。

 1人で帰る学校から家までの道はとんでもなく寂しい。


 だが、今日に限っては吹っ切れていて文房具屋によってレターセットを購入した。


『ラブレターももらうこともあったしね……』


 昨夜、溜息をついてベッドに横になっているとき、ふと彼女のその言葉が蘇ったんだ。


 一条さんの気持ちは尊重すべきではあるが、トラウマは解消しなければならないだろう。

 そう思い、自分が思う解消法を便箋に記して行く。

 その他にも書いておかなければならないことが、偽ってはいけないことがある。

 夕食後から始めたその作業は、深夜近くまで続いた。




 翌日、机の上に置かれたそれを鞄の中に押し込む。

 一晩置いてみると、なんだか内容がやたらと恥ずかしい。

 これは本当にトラウマ解決法なのかと思う。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱きながら、家を出て駅へと向かう。


「下条君!」

「……えっ!」


 少しだけ以前待ち合わせていた公園の前で覚悟を決めていた。

 そこに、慌てて駆けてきた一条さんに出会う。


「よ、よかった。会えて……朝じゃ、なかったら、臆病風に吹かれちゃうかもしれないから」

「最近あんまりきかないな、臆病風……いや、そうじゃなくて、なんで?」

「ごめんね……今更だけど、気づいたの」

「……」

「話さなくなって気づいたよ。私には一条君が必要なんだって。一条君が傍に居ないと……弱音みたいだけど……何かあってもきっと君が力になってくれる。だからもう一度仲良く……もう遅いかな? でも、私は……」


 緊張して、少し途切れ途切れではあるけど一生懸命に言葉を紡いでくれた。

 一条さんの声を聴くだけで、今は心臓が鳴る。


「先を越された……」

「……えっ?」

「これ……あとで読んで」

「……も、もしかしてこれ?」


 一条さんはこの場でそれを開封しようとする。


「待て、待て!さすがに恥ずかしすぎるわ」

「……そうなんだ。これってラブレ」

「まだ遅くないから! ていうか、高校生活は始まったばっかりだから……とりあえず一緒に学校に行こう」

「うんっ!」


 その声を聞くだけで、頭の中は真っ白で、話もしなかったこの何週間が決して無駄じゃなかったと思える。


「そのなんだ……俺、好きかもしれないから」


 顔を見て言えるほどの度胸は無かったが、それでも何とか言葉は出てきた。


「……へ、へえ……かもしれないんだ」

「うん……かもしれない」

「……私もかもしれないよ。そこのところ確かめないとだよね……」

「どうやって……?」

「おほん、と、とりあえず私たち付き合ってみよっか?」

「えっ………………お、おう」

「もう、返事遅いよ」


 彼女は吹っ切れた様に、小悪魔みたいな笑みを浮かべて俺に小首を傾げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の席の美少女が「今更だけど……まだ遅くないよね」と言ってくる件 滝藤秀一 @takitou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ