第2話 再会と胸の内

 4月を迎え、クラス分けされた教室に足を踏み入れる。

 自分の席に向かう途中、何人かのクラスメイトの視線を浴びた。

 まだ高校初日。みな互いの顔や名前を覚えるので必至だろう。


 席へと座り、さっそく読みかけのラノベを開き、チャイムが鳴るのを待つことにする。


「うわっ、すげえ美人」

「お前、話しかけてみろよ」


 しばらく目を落とし文字に集中していたところ、教室内が途端にざわざわしだし誰かが近づいてくる。

 存在だけで注目を集め、クラスの中心となる子がたまにいる。

 大概そういう子はスクールカースト上位のグループに属し、陰キャの俺などは話しかけることすら許されない城壁が形成されるんだ。


「……あっ」

「あっ……?」


 なんかすぐ近くで聞きなれた声がしたので、顔を上げる。

 隣の席を引いたのは、入試の時少しだけやり取りをした一条美和だった。

 考えてみれば容姿端麗、確かにすげえ美少女だ。


「……」

「久しぶり。無事に受かったんだ。まさか隣とは驚いた」

「しっー」

「んっ……?」


 彼女は人差し指を立て、意味深なポーズを取る。

 そんな姿を魅せられるだけでこっちはドキッとしてしまう。


 一条さんは席に着く前に、一人一人のクラスメイトの顔を眺めているようにも感じた。

 その表情は笑顔だったが、なぜか手は震えている。


 それ以後、教室内で俺が話しかけても彼女はジャスチャーで返したり、ぶっきらぼうに返事をするだけ。

 そのあまりの態度に入試の時とは別人なんじゃないかと錯覚したほどだ。


 そんな教室での時間が過ぎ、放課後になれば彼女の周りには人が集まる。

 クラスで目立つ子で、聞き上手な面もあり決して嫌な気分にならない。

 だから、まずはお友達になりたいと思うのは当たり前かもしれないな。


 それは女子だけではなく、男子にもいえることで、その容姿に惹かれるように何人かの視線が集まっている。


 そんな空気を感じ取り、俺は追いやられるように鞄を持って教室を出た。

 張り出されていた部活動の掲示板をなんとなく眺めた後で校舎を出る。




 これから毎日のように通る風景を目に焼き付けながら駅へと向かっていた時だった。


「もう酷いなあ、先に行っちゃうなんて……隣通しなんだよ、下条君は運命めいたもの感じないの?」

「……それを感じる前に、一条さんに軽くあしらわれたんだけど……」

「感じようとしてくれたの? ほんとかな……ちょ、ちょっと待ってよ、一緒に帰ろうよ」

「……」


 振り向くと、自然な笑顔を向けられドキッとした。

 きょ、教室とは違って別人のように馴れ馴れしいな。


「色々聞きたいこともあるでしょ?」

「……いや、別にない」

「ひどっ。もしかしてふてくされてる?」

「別に……」

「もうちょっと興味持ってよ。入試で出会って運命的にお隣同士になった仲じゃん」


 そそくさと追い付いて、当然のように隣を歩く。


「一通りクラスの子と話せたんだ。なんか大丈夫そうかも……」

「なにかあるの?」

「気になる?」

「べ、べつに……」

「もう、素直じゃないなあ……クラスメイトの子で私たちと同じ方面の子はいませんでした。ついでに同じクラスに私と同中の子もいません」

「それはいい情報なのか?」

「と、当然いい情報だよ。帰りは毎日話せるでしょ」

「……意味が解らないけど」

「下条君さ、入試の時同じ中学の子と話さない私を変だと思ったでしょ? 何かお昼の時も事情知らないのに助けてくれたしさ。どんだけ優しいのって感じだよ。うっ、話が逸れそう。君には聞いてほしいの……」


 彼女は目を少し潤ませ、俺を見つめてくる。

 そんな目で見られたら誰が拒絶するのだろう。

 そもそも俺、見て見ぬふりはできないし。


「……話してみ」

「うんっ!」


 一条さんはゆっくりと自分の身の上に起きたことを話してくれた。

 中3の時、彼女以外に同じクラスに学校一の美少女がいたそうだ。


「学校一の美少女……それ誰が決めた?」

「い、いいから、聞いてよ」


 その子は同じクラスのイケメンサッカー部の男子が好きで、その彼は一条さんを好きだったらしい。


「あー、要するに三角関係か」

「でもない」


 なぜなら一条さんはその男の子のことを何とも思っていなかったんだそうだ。

 その友達だと思っていた女の子が告白をし、フラれた。

 それだけなら未だしもその子はそのサッカー部の奴が好きな子を聞いてしまう。


 面白くないと思ったその女友達もどきは、一条さんに関するよくない噂を流す。

 そしてそれを真に受けたサッカー部の奴は、一条さんに興味を持たなくなり……。


「えっ、その振った子と付き合いだしたの……」

「すごいよね……で、まだ話が続くんだけど」


 クラスの中で地位の高かった二人のことを信じたのか、逆らえなかったか、その辺は定かではないらしいが、当事者になってしまった一条さんは無視される羽目になったと。


 話をする彼女は時折言葉がつっかえたり、辛そうに持っている鞄を握りしめたりした。


「陰湿カップルすげえな……それ、ちゃんと仕返ししたの? 許しちゃダメだろそんなの」

「さすがにしてないよ。ていうかさ、誰を信じていいかわからないかったし」

「くそう…………なんか話させてごめん」

「なんで下条君が謝るかなあ……信じてくれるんだね」


 彼女は俺が無意識に握りしめていた拳を見つめた。

 そして、心底嬉しそうに微笑む。


「な、なんだよ……?」

「……うんうん。嵌められた当事者だから。まあ、誰が何をどうしたのかは間違ってないと思う。妬みや恨みって怖いんだなって体現したかな。最初はクラスメイトだけだったんだけど、それがいつの間にか学年にまで広がっちゃてさ、ははっ……だから、下条君が話しかけてくれたの、すごく嬉しかったの。お弁当も1人かな……って思ってたから」

「そう思っているなら、何で教室ではあんまり喋らないんだよ?」

「それは……勘違いされたら困るじゃん」


 一条さんは足を止め、鞄をぎゅっと握りしめる。


「何を……?」

「……クラスに下条君のこといいなあと思ってる女子がいるとするでしょ。教室内で私たちが仲よくしてるとこみたらどう思う? あの女許さねえってなるかもでしょ」

「それは思考が突飛しすぎでは……」

「こういっちゃなんだけど、下条君、モテると思うよ」

「はあっ……その言葉、結構を物凄くに変えて返す」

「……まあモテるんだと思う。じゃなきゃ妬みとか説明できないから。ある程度は自覚してるよ。ラブレターとかもらうこともあったしね……」

「ラブレター……」

「あれ、興味あるの?」


 ラブレターその言葉は俺の心に何となく響く。

 彼女があまりにも恥ずかしそうに俯くんで、なんだかこっちが照れ臭い。


「べ、別に……相当トラウマになってるのはわかる。こんなこと言いたくはないんだけど……」

「なに?」

「と、隣に俺がいる。中学みたいなことには絶対にならないよ……」

「うわっ、すっごい顔赤いね」

「う、うるさいな。恥ずかしさを殺して言わなきゃいけないこともあるんだよ」

「……やっぱり呼び止めてよかった。高校生活に期待をめいっぱい膨らませちゃうぞ」

「なあ、こうやって下校してたら、妬みや恨み買うと思わなかったの?」

「……そ、それは大丈夫。こっち方面の子クラスにいないし」

「何人かは学年にいるだろうよ」

「ううっ……この私に1人で帰れと……それこそ、お先真っ暗な高校生活だよ」


 どうやら彼女はトラウマを抱えていて、方向音痴でそのくせ寂しがり屋らしい。


「随分とそこは軽く考えているな」

「ううっ……そういえば下条君、教室ではあんまり喋らないじゃん」

「初日から喋るほどの社交性は俺にはねえよ」

「私には声かけてくれたのに?」

「あ、あれは……困ってそうだったから」

「なんで顔赤くなってるの?」

「なってねーし」

「……声かけてくれたのが下条君でよかった。よしっ、私と登下校一緒にしたいよね?」

「あの、登校までねじ込んでませんか?」

「いいじゃん。1人は寂しいんだよ」



 こうして俺たちは登下校を共にする間柄となった。



 おまけにクラス委員も一緒になってしまったりと、接点も増え隣同士ということもあり、教室でも自然と話す時間は増えていく。


 というのも俺は遠慮していたのに、一条さんの方が話さないのは寂しいと思ったのか、ある時から急に家では何してるの話題になり、帰りによる甘味処の話題まで出す始末。

 その辺は中学のときの話せなかった反動なのかもしれない。


 とにかく明るく、笑顔で話す彼女にこっちもついつい引っ張られてしまう。


「ねえ、下条君家では何してるの?」

「……寝てるか、猫と遊んでるか、アニメ」

「みてみて、ここ美味しいんだって。帰りに行ってみようよ」

「ケーキか……あれ、まてそこクーポン券持ってるぞ」

「あっ、この映画来週から公開だよ。一緒に見に行こう」

「……はいはい。公開初日は混むから予約しておかないと……」


 下校時には寄り道も増え、それは見る人が見ればデートしてるように感じるかもしれなかった。


 だからかな?


「一条さんと下条って仲良すぎじゃね?」

「しょっちゅう二人でいるような気がする」

「付き合ってんのかな?」


 ある時から教室ではそんな声が聞こえだし、彼女はすぐさまその声に反応を示した。

 表情は途端に暗くなり肩を落とす。そんな姿を目にした俺はズキっと胸が痛くなる。

 その声がトラウマを呼び起こしてしまったのは確かなようだった。


 それからは登下校も並んでではなく、その距離が次第に開けだす。

 別々の登校になるまではそんなに時間はかからなかった。


「……」

「……」


 当然、隣同士でもめっきりと会話も減った。

 そのこともあって、クラスメイト達は段々と俺たち2人の話題に触れなくなっていったんだ。

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