隣の席の美少女が「今更だけど……まだ遅くないよね」と言ってくる件
滝藤秀一
第1話 出会い
両親の教育はいたってシンプルだった。
他人を思いやれる子になりなさい。
優しくいつも笑顔で仲がいい、俺はそんな両親の家庭に育てられ……その影響があるんだろう。
あるときは、泣いている子がいたら声を掛け、それが迷子だとわかれば一緒に親御さんを捜してあげる。
あるときは、大きな荷物を抱えたおばあちゃんを目にしたら、荷物を代わりに運んであげる。
そしてまたあるときは、好きな子がいるんだと親友に打ち明けられたら親身になって相談に乗り、上手くいくように策を練る。
そんな当たり前に思うことを当たり前にする毎日。
いつしか誰かが困っていると見て見ぬ振りが出来なくなっている自分に気がついた。
そして、俺はその日彼女に出会ったんだ。
☆☆☆
朝の通勤時間ということもあり、駅の構内は混雑していた。
受験日ということもあり、自分と同じ中学生らしい制服も多い。
「あっ、ううっ……」
そんな中で券売機の前で明らかに慌てている美少女が目に入る。
ブラウンの髪を
同じ中学と思しき制服を着ている生徒が彼女の傍を通るけど、まるで気づかない様子。
そのことが不思議さを奏でてる。
(ああ、くそ……)
少しでも早く学校に着き、苦手なところに目を通したい。
だから一度は進みかけたんだ。
だが、小さいころから叩き込まれた教育とその成果は俺を無意識に動かす。
何度かそれに逆らおうとしたこともあるが、決まってその時は後悔する。
それはもはや、15年生きてきた俺の当たり前なんだ。
「あ、あの……もしかして、切符持ってないの?」
「えっ…………は、はいぃ。まだ買ってなくて、凄い列だし、人混みが苦手で……私、どうすれば……」
「落ち着いて。代わりに買ってくるから、行き先は?」
彼女は話しかけられたことに少しびくっとしたようだった。
それでもほっとしたように白い息を吐く。その様子をみてこっちも声を掛けてよかったと少し安心する。
美少女ということもあって、話しかけるのにちょっと緊張してしまった。
「えっと――です」
どうやら彼女も受験らしい。
切符を買ってあげて、そのまま同じ車両へと乗り込む。
車内では手すりにつかまりながらも、俺たちは英単語を捲っていた。
そして、受験校がある最寄りの駅で降りる。
そこで別れるつもりでいた。
「えっと、えっと……」
だが、彼女は辺りをきょろきょろと見回して再び慌てだし、じっーとこっちを見つめられる。
「あの……もしかして場所、わかんないの?」
「……方向音痴ってよく言われる、かな」
「……じゃあ一緒にいく? ていっても、他の受験生についていけばいいと思うけど」
「ほんとっ! ありがとう」
彼女は少し潤んだ瞳を輝かせると眩しい笑顔を作った。
俺のすぐ隣でポニーテールの後ろ髪が揺れている。
今から受験だというのに、意識を少し持っていかれそうだ。
(んっ……?)
始めは普通に歩いていた彼女だが、近くに同じ中学の子を目にすると、やたらきょどったり速度を緩めたりする。
十分試験には間に合うこともあって、彼女の速度に合わせながら受験校へと足を進めた。
彼女のその態度は気になったが、試験前ということでお互い無駄な話はしないよう気を遣う。
「……あの、ほんとにありがとうございました」
「いや、お互い頑張ろうぜ」
「うん……あの……おひとりみたいだし、もし迷惑でなかったら、お、お弁当一緒に食べませんか?」
「えっ……別にいいけど」
うちの中学からここを受ける男子生徒は少なく、知り合いは皆無と言っていい。
だからその申し出はありがたいにはありがたい。
「私、
「
「それじゃあ下条君、お互い午前の試験頑張ろうね」
元気よく後ろ手を振って校舎へと入って行こうとするが、そそくさと戻ってきた彼女はバツの悪そうな顔をして尋ねてくる。
「……下条君、私の教室ってどこかな……?」
「……教室まで一緒に行こうか」
なんだか放ってはおけない子に見えて。ついついおせっかいを焼いてしまう。
ある程度の手ごたえがあった午前の試験が終わる。
周りが同中の仲間と試験問題について語り合い、弁当を開く中俺は彼女と待ち合わせをした校舎裏のベンチへと向かおうと廊下出た。
そこで一条さんと同じ制服を着た生徒の会話を耳にする。
「うちら美和と同じ高校かもしれないなんて……」
「ついてねえよな」
「あー、落ちねえかな、あいつ……」
わりと大声だったので、周りにも聞こえるしいい気分はしない。
「……」
自分でもびっくりしてしまうくらい怖い目で彼らを睨んでしまった。
そのせいかわからないが、足早にはなれていくのをみて少しだけ気が晴れる。
「……待ち合わせは確か校舎裏だったはずなんだけど、な」
少しバツが悪そうに一条さんがお弁当を持って教室から出てくる。
「……お、おつかれ……いや、迷わないか心配で」
「ひどっ! い、行こう……」
一条さんは朝と同じように何かに怯え、時折袖にしがみつきながら校舎裏のベンチへ。
「あはは、初めてだと場所よくわかんないよね……いただきます」
「いただきます」
それでも彼女は気丈にふるまう。
お弁当箱を上げ、感嘆の声を上げながら唐揚げを頬張る姿。
心底美味しそうに食べるその様子に思わず見とれてしまう。
そのくらい魅力的に思えた。
ていうか、この子改めてみるとやたら可愛いな。
だからこそ今朝の周囲や彼女自身のふるまい、そしてさっきの彼らの態度はどうにも引っかかる。
午後の試験も控えているのに、我慢できずに少し確認の意味を込めて尋ねようとしたときだ。
「……駅で困ってる私に声かけてくれたこと、ありがとう……こうやってお弁当も一緒してくれて……ほんとうにありがとう。その恩にはきちんと答るね」
その見返りがこんな美少女と一緒にお弁当を食べることならば、サービスしすぎな気もする。
「……いや、もうその恩は十分に返してもらった」
「まだ足りないよ。下条君がいなかったら、ここまでたどり着いてなかったかもしれないし。せっかくだし試験終わったら一緒に帰ろうよ。どうせ方向一緒でしょ」
「まあ、そうだな」
断る理由がない。
「試験出来た?」
「……まあまあかな」
結局、試験後も待ち合わせて駅まで一緒に帰る。
試験後の解放感もあり、お互いよく喋りわずか一日で一条さんに対して話すことに緊張もしなくなっていた。
お互い合格して、入学後廊下でばったり会えたらいいね。なんて話をしたのを覚えている。
そして俺たちは再会を果たす。
それは、ばったり廊下ではなかったけどな。
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