エピローグ

エピローグ

 数日後。タクト達はアストガルド王国を離れ、元の旅生活へと戻っていた。タクトが魔族であると知られてしまった以上、アストガルド王国に残るのは問題が大きかったからだ。


「お前の頭もすっかり元通りだな」


 タクトの角は以前のように隠すことが出来ている。デュカリオンの力から解放された事で、元に戻ったようだ。


「元々こっちでいる期間の方が長かったんだし、俺にとってはこの状態が普通って感じだけどな」

「ボクは残念です。タクト様のご立派な角を見ることができなくて」


 アルシェリードはウィリシアと共に魔大陸に帰る事はなく、タクト達について回っている。タクトと同じで人間と敵対するつもりはないらしい。曰く「タクト様の行く所がボクの居場所です」だそうだ。


「それにしても、どうすっかな~。これから」


 アストガルド王国がタクトの情報を他国に流すような事があれば、タクトの居場所は文字通りなくなる。同行しているリンやアルシェリードもお尋ね者として終われる日々となるだろう。


「こら、タクト。あまり悲観し過ぎるのは良くないぞ?」


 タクトが何を考えているのか表情から察したのか、リンが彼の頭をぽかりと小突く。


「でも師匠。お尋ね者になったら仕事が出来なくなる。これまで以上に生活が苦しくなるぞ」

「そうなったら、どこか人のいない辺境の土地に行って、畑でも耕せばいいさ。生き方なんていくらでもある。大丈夫だって」

「師匠は楽観が過ぎると思う。それに、畑耕しても、師匠の大好きな酒は出てこないんだぜ?」

「そん時ゃ自分で作るさ。酒の造り方くらいなら私でも知ってる。美味い酒になるかはわからんが、まぁ贅沢は言うまい」


 どうやら本当にそのつもりのようだ。酒自体を我慢するという方向性にならない所が、いかにもリンらしい。 


「タクト様。今は来るかどうかわからない未来の話ではなく、目先の話をしましょう。どこに向かいますか?」


 対するアルシェリードは現実主義だ。目の前の問題を解決する方が先決だと言いたいようだ。


「そうだな~。出来ればアストガルドと直接国交のない国がいい。どこかいい所はないか、師匠?」

「それならファルムスト共和国なんてどうだ? あそこは温暖で過ごしやすいし、美味いものが多いし、何より領地が広くて隠れるのにはもってこいだ」

「ファルムストか。ちょっと遠いけど、確かにありかも知れないな」


 海を渡る必要はあるが、海に囲まれたファルムスト共和国ならば、追っ手がかかるリスクも減るかも知れない。少し遠回りにはなるが、向かう価値は充分にあるだろう。


「でも手持ちの物資が少ないです。長距離移動をするなら、どこかで水や食べ物を仕入れないと」

「結局、そこに行き着く訳か」


 楽だった旅路などないが、これからはもっと気を使っていかなければならないと思うと頭が痛い。タクトは大きくため息を吐いた。


「ため息ばっかり吐いてると、幸せが逃げるぞ?」

「仕方ないだろ。俺は魔族で、ここは人間の社会だ。アルシェのこともあるし、隠し事が多過ぎる」

「人間誰しも、生きてりゃ隠し事の一つや二つあるもんだ。そう気にするな」


 リンはそう言うが、タクトにとっては自分の隠し事は大き過ぎる。それに実の母親と敵対までしてしまった。またいつ何時、魔族達が争いを起こすかと思うと気が気ではない。


 ウィリシアは決して諦めないだろう。自分のことも、世界の覇権の事も。まだ強力な魔族達も残っているし、時間が経てば新しい世代の魔族達が台頭してくることも考えられる。その時自分はどうすればいいのだろう。人間に追われながら、それでも人間のために魔族と戦うのか。それとも我関せずを決め込んでやり過ごすのか。どの道を選ぶにしても精神的苦痛を伴うのだから、考えるのも嫌になる。


「タクト~、また眉間にしわが寄ってるぞ~」


 リンがタクトの頭を両手でホールドし、締め上げた。背中にリンの胸が押し付けられる感触が伝わるが、それを楽しんでいる場合ではない。このままでは締め落とされてしまう。


「し、師匠。それ以上はまずいって!」

「何がまずいって?」

「落ちる! 落ちるから!」


 段々脳に伝わる血流が滞っていく。リンはこういう時容赦がない。冗談でも本気で技をかけてくるのだ。


「何だ? せっかくサービスしてやってるってのに、もう音を上げるのか?」

「師匠の技は完璧すぎるんだよ!」


 タクトの意識が途切れる寸前で、リンは技を解いた。


「お前は一人で抱え込み過ぎなんだよ。ちょっとは私を頼れ」

「……師匠」

「お前はまだ子どもで、半人前なんだ。だから大人に頼っていいんだよ」


 「でも」と反論しようとして、タクトはやめる。ニカッと笑うリンの顔を見ていたら、反論しても無駄だとわかったからだ。


「ならせめて、子どもの前で酔って醜態晒すのはやめてくれ」


 タクトはあれこれ難しく考えるのをやめた。確かに今の自分はまだ子どもで、出来る事には限界がある。このまま大人になれば何か変わるかと問われれば、はっきりと答えられる事は少ないが、それでも、一つだけはっきりしている事があった。それはリンと共にいれば人間と魔族の共存は可能であると、身をもって示すことが出来るという事だ。


「そこはほら、あれだよ。大人にも息抜きは必要ってことで、な?」

「毎回毎回飲み過ぎなんだ。ちょっとは控えてくれ。身体からだにも良くないだろうし。心配なんだよ」

「うぐっ。お前、そういう事真顔で言うのやめろよな」


 リンが顔を赤く染めてそっぽを向いた。何故かはわからないが照れているようだ。


「師匠、ちゃんとこっちを見て約束してくれ。飲み過ぎは控えるって」

「だ~、もう。わかったよ! わかったから、さっさと行くぞ!」

「あ、師匠!? 話は終わってないぞ!」


 リンはさっさと先に行ってしまう。今更何をそんなに照れているのだろうか。


「タクト様」

「ん? どうした、アルシェ」

「いい加減、告白したらどうですか?」

「はぁっ!?」


 今度はタクトが赤くなる番だった。アルシェリードはそんな事はお構いなしに、言葉を投げかけてくる。


「タクト様はリンさんに好意を抱いているのでしょう? ならばさっさと伝えるべきです。リンさんは魅力的な女性ですから、放っておくと他の男性に取られてしまいますよ?」

「いや、あの、その……。そんないきなり」

「いきなりじゃありません。タクト様の真意は行動に出ています。後はそれを言葉にするだけです」

「……そんなに出てる?」

「それはもう、ばっちり」


 思わず顔を手で覆うタクト。まさかアルシェリードにそんな事を指摘されるとは思ってもいなかった。ずっと秘めていると思っていた想いが、実は丸見えだったなんて。


「師匠はこの事知ってるのかな?」

「どうでしょう? あの方も相当鈍感ですから」


 気付いて欲しいというという思いが半分。気付いて欲しくないという思いが半分。どちらに転んでも恥ずかしいという点に変わりはない。


「師匠には黙っててくれ。伝えるなら自分で伝えたいし」

「そうですね。その方がいいでしょう」


 そう言って、アルシェリードはにっこりと微笑んだ。


「でも、気をつけておいた方がいいですよ? 狙われるのがリンさんだけとは限りませんから」

「ん? それってどういう」

「これ以上は話せません。さぁ、もたもたしてるとリンさんに置いて行かれてしまいますよ!」


 アルシェリードが走ってリンの後を追う。彼女が何を言いたかったのか結局よくわからなかったが、リンに置いて行かれてしまうのはよろしくない。放っておくと、また妙な男に絡まれるに決まっているのだ。


 タクトは小走りでリンとアルシェリードを追う。考えるべき事は山ほどあったが、今は二人に追いつく事が先決である。


 街道を行く旅人が三人。仲良く並んで歩いている。実は人間と魔族の混合集団なのだが、それを知るのは、この場では当人達のみ。今はまだ奇怪な集団であるが、いずれこれが当たり前になるようにというのが彼らの思いである。


 時は聖王暦六九○年。この年、一五年ぶりに魔族の侵攻がありアストガルド王国が多大な被害を受け、人間達の魔族に対する悪評を更に高める結果となった。しかし、人々は知らない。その影で手を取り合う人間と魔族がいたことを。その小さな絆が、今後この世界を大きく変えていくということを。


 世界は革新に向けて少しずつ動いている。革新が起こるのは三年後。再び魔族の大規模侵攻が行われる年だが、それはまた別の話である。

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