第三十話 魔剣デュカリオンを破壊せよ
一瞬何が起こったかわからなかったデュラルドだが、すぐにアルシェリードをにらめつける。
「貴様、何様のつもりだ! 鬼人種の分際でこの俺に手を上げるなど!」
「無礼は承知の上です。ですが、今のあなたは見ていられない」
アルシェリードは毅然とした態度で、デュラルドの前に立ち続けた。足は震え、大量の汗が頬を伝っても、道を譲ろうとはしない。
「今のあなたのあり方は酷く歪んでいる。その剣のせいで、歪められてしまっている。ボクはそんなあなたを見たくない」
「何を言う。これこそが本来あるべき俺の姿だ。魔王の息子として生まれた俺が、新たな魔王として立つことのどこが歪んでいるというのだ!」
「それはあなたの心からの願いなのですか? 違う。あなたの願いは別にあったはずです」
「戯言を!」
デュラルドが再び剣を振り上げる。今度は途中で止めるような真似はしない。自らの意に逆らう者がいるのなら、例え同じ魔族でも容赦なしだ。デュラルドはそのまま剣を振り下ろす。
「いい加減にしろ! タクト!」
その一撃はリンドランテによって防がれていた。デュラルドは顔をしかめる。人間であるリンドランテが、魔族であるアルシェリードを庇ったのだ。先ほどアルシェリードがリンドランテを庇ったことといい、意味がわからない。魔族と人間は争うもの。そう宿命付けられている存在なのだ。敵対しこそすれ、庇い合うなどもっての外である。
「私はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」
「何を言う! 貴様に育てられた事など……」
瞬間。デュラルドの頭に痛みが走った。あまりの激痛によろめくデュラルド。
「何だ、この痛みは!?」
次いで、脳裏に覚えのない記憶が浮かぶ。それはリン=フォーグナーと過ごした日々の記憶。世界中を旅をして、貧しいながらも充実した毎日を送っていた。そんなありもしないはずの記憶が次々に湧いてくる。
「何だ!? 何なんだこれは!?」
デュラルドは両手で頭を押さえながら、その場に膝をついた。それでもデュカリオンを手放そうとはしない。それを手放す事は敗北を意味する。そのように感じたのだ。
二つの記憶がせめぎ合う。一方は魔族としてあるべき自分の記憶。もう一方は人間の中で暮らし人間と笑い合う自分の記憶。
そんな時、その場に駆けつけたウィリシアから声がかかった。
「惑わされてはいけません、デュラルド! あなたは我等魔族を治める王! 不要な記憶に振り回されている場合ではありませんよ!」
「わかっております、母上! このようなまやかしに屈するなど!」
痛みを振り払うように暴れまわるデュラルド。それでもリンドランテ――リンと過ごした日々の記憶は次々を湧いて来る。次第にデュラルドの魔力が暴走し、周囲を破壊し始めた。
「いけない! デュカリオンを手放せ、タクト! 全ての元凶はそいつだ!」
「バカを言え! この魔剣デュカリオンは我等魔族の至宝! 手放すこと等あってたまるものか!」
言っている間にも、溢れた魔力が雷撃に似たエネルギーとなって周囲の地面の地面を砕く。デュラルドの魔力は徐々に圧縮されていき、空間にひずみを生じさせた。
「このままじゃお前もやばい! タクト、いいから言うことを聞け!」
「俺はデュラルドだ! タクト等という名ではない!」
「そうです、デュラルド。あなたは魔族。そして魔王です。人間の言葉に耳を貸す必要はありません!」
「ウィリシア、お前! このままじゃタクトが死ぬぞ!」
「何を世迷言を! デュラルドは死にません! この程度のことで死ぬ訳がないでしょう!?」
魔族達はみな、デュラルドから迸る魔力に圧倒され、魅了され、その場を動けずにいる。圧倒的な力とは、そこにあるだけで周囲を魅了し、盲目的に従わせるのだ。
「デュラルド! 我が愛しき子よ! その力を以って我等が宿敵、リンドランテを討つのです!」
「リンド……ランテ」
「そうです! リンドランテは敵です! さぁ、敵を滅ぼしなさい! デュラルド!」
ウィリシアの声に反応して、リンドランテに向けて魔力を開放しようとした瞬間であった。当のリンドランテが、デュラルドを抱きしめる。
「帰って来い、タクト。私はここにいるぞ」
「――っ!?」
突然の事に
「師匠?」
「何だ。やっと気付いたのか、バカ弟子」
魔剣デュカリオンの呪縛から開放されたデュラルドは、もうデュラルドではない。彼の名はタクト=ノーヴェンス。リン=フォーグナーと名を偽ったリンドランテ=アウル=ブリュンスタットの弟子であり、人間と魔族の共存を望む者だ。
「師匠、俺は」
タクトがリンに言葉を投げかけようとしたその時、空間に生じたひずみが臨界に達し、亀裂が走った。空間に入った亀裂に向かって暴風が生じ、周囲にいた魔族達を次々に飲み込んでいく。
「話は後だ。タクト、あいつを何とかするぞ!」
「それはいいけど、でもどうやって」
「あれは闇の魔力で形成されたものだ。なら、こいつで斬れない道理はない」
リンは聖剣エヴァンスレイを掲げて見せた。そして、そのままエヴァンスレイをタクトに渡す。
「師匠?」
「お前がやるんだよ」
「え?」
「お前が作ったもんなんだから、後始末も自分でやるのが道理だろ?」
「え、いや。でも、これ聖剣だろ? 師匠にしか使えないはずじゃ」
「大丈夫。今のお前なら出来るよ」
本来ならば、魔を断つ聖剣であるエヴァンスレイは魔族には持つ事は出来ないはず。しかし、今のタクトはこうしてエヴァンスレイを手にすることが出来ている。何が基準なのかはわからないが、とりあえず拒絶はされていないようだ。しかし、それと聖剣の力を引き出せるのとは別の話。聖剣が力を貸してくれるかは不明である。何せ、タクトは依然デュカリオンを手にしたままなのだ。
ここでふと、タクトの脳裏に一つの方法が浮かぶ。
「デュカリオンに闇の魔力を吸わせてから、エヴァンスレイでデュカリオンを破壊すれば」
空間の亀裂を何とかする方法など想像もつかない。しかしそれが闇の魔力によって生じているというのなら、この方法で何とかできるのではないだろうか。
タクトは右手に聖剣エヴァンスレイ、左手に魔剣デュカリオンを構え、空間のひび割れに向かって突進した。失敗すれば、自身の死のみならず、自分の大切な人の命も奪うかも知れない。そう思うと、やらないという選択肢はなかった。
空間の亀裂に対し魔剣デュカリオンを突き立てる。すると、デュカリオンは想定通り、闇の魔力を吸収し始めた。次第に亀裂は小さくなり暴風も穏やかになっていく。
「行け~!」
空間の亀裂が完全に直ったのを確認してから、タクトはエヴァンスレイを振るった。破魔の力を持った聖剣は、見事魔剣を両断し、その場に残った闇の魔力を全て吹き飛ばす。後に残ったのは聖剣が放った光の残滓だけだった。
「そんな。我等の至宝が……」
ウィリシアはその場に膝をつき、放心している。タクトは声をかけようとウィリシアに近づく。しかし。
「母さん」
「寄るな!」
ウィリシアはタクトの手を振り払った。無理もないだろう。目の前で自分の息子が、あろうことか聖剣を手に、魔族の至宝である魔剣を破壊したのだ。
「やはり人間に毒されたのがいけなかった。あの時魔王城に残っていれば、こんなことには……」
リンを睨みつけるウィリシア。リンは黙ってその視線を受け入れている。
「リンドランテ。今回はあなたに勝ちを譲ります。しかし
「……そんな日が来ないよう、せいぜい足掻くさ」
ウィリシアは残った魔族を引き連れて、港へと去っていった。とりあえず、今回の魔族によるアストガルド侵攻は、これにて幕を下ろしたのである。
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