夏休みが終わって
中学三年の夏休みが終わり、今日は九月一日。学校の授業が終わり、ユカリは美術部の部室へと向かう。ドアを開けて部室に入ると、同学年の部員、信子と愛実と由佳子の三人がいた。
三人はユカリを見てびっくりした。
信子「え? 本当にユカリなの?」
愛実「ほんと、一瞬、ユカリって気づかなかったよ」
由佳子「髪も随分、かわいくなったじゃないの! それに今日は、いつもの眼鏡はしていないの?」
部員たちがユカリの変わりようにびっくりして、一斉に声をかけた。夏休みの終わり頃まで、ずっとヒロトと会っていたので、会うときは常にオシャレに気をつかっていて、ほぼそのままのヘアスタイルで学校に行った。
ユカリ「え、そんなに似合うかな? それと今日は、コンタクトなの」
愛実「とってもかわいらしくて、いいんじゃないの。すっかり見違えたわよ」
信子「ひょっとして……好きな人でもできたりしてー」
ユカリ「そ、そんなことないよ」
由佳子「そうよねー、まさかユカリがねー。昔から男子には無関心だったもんね」
愛実「でも、今のユカリなら男子の方から声をかけてくるかもよ」
それからユカリは、夏休みに描いたスケッチを、机の上にいったん置いてからロッカーに行き、カバンや荷物をロッカーに入れようとした。信子は、机に置いたユカリのスケッチが目に入り、それを勝手に取って中身を見ていた。
信子「へえー、よく描けてるじゃない!」
ユカリはびっくりした。
ユカリ「ちょ、ちょっと、勝手に見ちゃだめ!」
信子「別にいいじゃない。ん、ちょっと、この絵にいる人って……。男ではないの?」
「えーー!」
愛実と由佳子もびっくりして、飛びつくようにスケッチに近づいた。
由佳子「えーー、ほんと? どれどれ」
ユカリ「だめー、先生にしか見せないつもりだったんだから!」
ユカリは必至で絵を取り返そうとしたが、三人に拒(こば)まれてしまった。
愛実「いいから見せて! どれどれ……きゃー、本当に男がいる!」
由佳子「ほんとだ、男子だ!」
信子「この男の人、想像で書いたの。それとも本当に実際の男を見ながら描いたのかなあ?」
ユカリはもじもじして、恥ずかしそうに答えた。
ユカリ「ええ、ちょっとモデルを頼んでね……」
愛実「絵のとおりなら、けっこういい男そうじゃないの。高校生かな。ところでこの男って誰なの? 教えてよ! ユカリ」
女子生徒たちはニヤニヤしてユカリに注目した。
「これって彼氏じゃないの?」と聞きたい感じが、ユカリにビンビンに伝わってくる。
ユカリは、恥ずかしそうに答えた。
ユカリ「べ、別に、彼氏じゃないもん」
信子「ユカリ、なにを焦ってるの? 彼氏かどうかなんて一言も聞いていないよ? その焦りぶり……。しかも顔まで赤くして……やっぱり彼氏だ!」
愛実「えーー、ほんとなの!」
ユカリ「違うもん、モデルになってくれただけだよ。永森村の神社の山頂で、夏休みの間、ずっと二人でスケッチしていただけだよ!」
由佳子「えー、そんな田舎の山頂で夏休み中、毎日ずっと二人きりだったってー!」
ユカリ「夏休み中じゃないもん!三週間、週三回だけだよ……」
信子「えー週三回、三週間もずっと会ってたの! それでこんなすてきな絵を描けたんだー」
愛実「ははーん、だからユカリは、夏休みになったら永森村に帰っていたんだね。永森村にずっと前から彼氏がいたんだね」
ユカリ「ずっとじゃなくて、出会ったのは二年前!」
由佳子「えー、二年も付き合っているの? 中学一年から?」
ユカリ「べ、別に付き合ってなんていないよ。ヒロトだって、ただモデルをしていただけだし……」
信子「ちょっとちょっと、相手って年上でしょ。へえー、ヒロトって呼び捨てで呼ぶんだー。やるー、ユカリ!」
ユカリ「違うもん! ヒロトがユカリ、ユカリって呼ぶからあたしもヒロトって呼んでただけで……」
愛実「さっきからねえ、ヒロト、ヒロトって。ユカリ、ひょっとして、もうできているんじゃないの?」
信子「なんだか、聞いているこっちまで、だんだん熱くなってきたわー」
由佳子「まさか、一番奥手だったユカリが、彼氏つくっちゃうなんてねー」
ユカリ「違うもん、ほんとにそんな仲ではないんだってばー」
信子「クスッ、ユカリ。あまりしゃべらない方がいいよ。しゃべるほど、ぼろが出るから。ユカリ、すっかり真っ赤になっているわよ!」
ユカリ「もうー、いい加減にしてー!」
ユカリは、真っ赤になって言い返せなくなった。ユカリは、周りからはもの静かで絵ばかり描いていて、恋愛にはまったく関心がないと思われている。そんなユカリに彼ができたことに、部員のみんなが肯定的に思った。なぜならユカリは、夏休み前までは、オシャレやファッションとは無縁だったからだ。
でもユカリは年頃の女性。口に出さなくても、本当は男子に振り向いてもらいたいし、すてきな恋愛もしたい。でも学校では恥ずかしくなって、イメチェンできない。そこで学校の知り合いと絶対会わない場所で、オシャレな服を着て、眼鏡をコンタクトにして、すてきな彼に出会えればいいなって思っていた。そして永森神社でヒロトと出会えた。
ヒロトはかっこいいし、頭もよさそう。性格も誠実そうで優しい。しかしユカリが、ヒロトに惹(ひ)かれたのはそれだけではない。
(ヒロトはあたしと似たものをもっている。きっと、ヒロトも学校内では……クラスメイトたちとはまったく違う空間を生きている……)
ユカリはヒロトをモデルとして、絵を描いているうちに、ヒロトは自分と同じものをもっていることに、気づきた。
ヒロトも学校や家庭、近所ではけっして本当の自分を見せていない。まったく違う自分を演出している。年は三つ違うけど、ヒロトの悩んでいることがわかる気もする。
学校内にいてもヒロトは、クラスメイトとはまったく風景を見ている。ユカリは絵をただ描きたい。本当は勉強よりも絵を描きたい。
ヒロトも同じだ。学校で授業を受けても、心はけっして学校にいない。ヒロトの心は別の世界にいる。本当の自分の気持ちを出さず、違う自分を演じている。
ユカリは絵を描きながら、ヒロトを見ているうちに、ヒロトの内なる姿を感じ取っていた。
きっとヒロトは、孤独なのではないかと……。
しかしユカリは、ありのままの自分を受け入れてくれたヒロトに感激していた。
ヒロトってなんだか女心にはまるっきり鈍感そう……でも胸が苦しくなるほど、ヒロトに会いたくなる。ヒロトはあたしのこと、どう思ってるのかな?
子ども、妹、年下の友達として会いたいのかな……。
毎日ヒロトが気を惹(ひ)くように、洋服や髪形も少し変えている。でもヒロトってなにも言ってくれないし、気づいてもくれない。ヒロトに少しは大人っぽく見えてたかな? ヒロトから、なにかリアクションあるかなと思ってたけど……。
「今日はかわいい服だね」
「おや、髪形、変えたんだ」
とか言ってほしかったな。ヒロトのこと好きだから会いたいのに、ヒロトと会うとなんだかわがまま言ったり、からかったり怒ったりしてしまう。好きと素直に言えればいいのにな……。
本当は夏休みが終わってほしくなかった。あのとき、時間が止まればどんなによかったかな……。そしてあたしがヒロトの孤独な心を少しでも癒(い)やしてあげられれば……。
ユカリの中学生活は終わりを迎えようとしていた。
眠れない天使のように ちえのいずみ @maruchan777
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