急募:勇者を倒す方法

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負けられない戦いが、多分そこにはある。

「魔王様! 勇者がとうとう【第三の門】を突破したという報告が!」

「……ふむ、そうか」


 玉座に腰掛けている俺は、逼迫した様子で頭を下げる部下を一瞥した。

 無駄に長い廊下を隔てた玉座の間に来るにはいささか重装備がすぎるところを見ると、この後すぐに最後の防壁に赴くのだろう。ご苦労なことだ。


 魔王国が誇る四つの防壁。

 防壁一つ一つに魔王国最強の幹部が構えていて、百の兵士を指揮しているのだが。その三つを突破するとは、流石は勇者だ。


「残る防壁も一つ。万が一を備えて、魔王様もどうかご準備を!」

「ああ……そうだな」


 枯れるような声で進言してくる部下に空返事を返した俺は、手元で弄んでいる板――『ス魔ホ』の画面を親指でスライドさせる。

 今は最近サービス開始したゲームアプリで絶賛レべリング中だ。しょうじき部下の話に耳を傾ける時間も惜しい。


「魔王様!」

「あーうんハイハイ」


 部下の催促を適当にあしらいつつ、俺はボスを倒す。

 今回の周回は金箱が二つも出た。必要な素材はあと三つだから上手いこといけば最速で残すところ一回の周回で済む。

 見飽きた勝利演出に苛立ちが募り、画面をタップしまくる。別に演出を飛ばせたりするわけではないのだが、こうしていると早く進んでいる気がするのだ。

 そしてドロップ画面。金箱が光と共に開かれ、中から出てきたのは素材ではなく単なる強化石だった。


「はーマジクソだわ泥率おかしいだろこのゲーム! 終わっちまえ!」

「ま、魔王様?」

「あ、まだいたの? もういいからわかったから。早く退場してよ鬱陶しい」

「は、はい!」


 鉄の鎧をガシャガシャさせながら玉座の間を後にする部下を見送る。


「うっせーなぁ。あとで出入り口に『重装備立ち入り禁止』って張り紙貼っとくか」


 サービス開始直後からの徹夜三昧のせいだろうか、あらゆる物事に煩わしさを覚える。

 もう部下の顔とか見たくない。城のやつらみんな外で勇者と戦ってればいいのに。


「あースタミナ足りねえ……うわスタミナ石ねーじゃん。課金しよ」


 こういう時『魔王』って立場がすっごい便利。

 魔王国民の税金で好き勝手できるから課金だって実質無限にできる。しかも俺はこうして玉座に座ってればいいだけの簡単なお仕事だし。


「やっぱ魔王って最強だわ」


 立場的にもゲーム的にもね。

 軽く一万ぶちこんで早速周回を再開しようとした時、通知のPOPが画面を遮る。

 こんな大事な時に何だと詳細を開いてみると“いつでもどこでも誰とでも繋がれる”と触れこみの『エニル』でメッセージが届いていた。


『大賢者ウィズベルのスキルカンストしました(笑)』


 大賢者ウィズベルとは俺が今やっているゲームのイベント限定ピックアップキャラだ。

 現時点で最強の『術師』枠として入手必須という太鼓判を押されていて、無限に課金できる俺はもちろん手に入れている。

 しかし大賢者ウィズベルは進化とスキル強化にイベント初出の素材を要求する。その総量は驚異の144。一つ一つの泥率はそこそこ良いものの、現時点でレベルマスキルマを目指すには命を削る覚悟が必要だ。


『嘘だ。さっきおまえが【第三の門】突破したって聞いたぞ。そんな時間なかったろ』

『ああ、これのこと?』


 直後、画像が送られてきた。

 しばらく読み込み画面が映り、やっと見れると思ったらそこにはボコボコに顔が膨れ上がった幹部を吊るして笑顔でピースしている勇者がいた。


『ひっでえ』

『このあとみんなで周回したら一瞬だった』

『ヒトの部下と協力プレイするなよ! せこいぞ!』


 協力プレイはドロップアイテムが共有されるので、泥数は人数に比例する。

 最大四人プレイで、満員で周回したとすれば僅かな時間で素材144個を集めることは可能だろう。

 幹部が一様に勇者絶対打倒と息巻いて外出している現状、俺は協力プレイができない。恐らく勇者はそれを知っていてメッセージを送ってきたのだ。


『しねしねしねしねしねしねしね』

『あーいるよねそうやって同じ言葉送ってくるやつ』

『死ね』


 マジむかつくわ。

 王国の手下の分際で魔王である俺に歯向かうとか常識なさすぎ。

 『エニル』の画面をスライドして消すと、トップ画面に移ってアプリをタッチする。


『悪知恵袋』


 このアプリは日夜悪行を目論んでいる自称『悪い奴』らが使用している知識共有掲示板だ。

 ロードが終了し『質問』『回答』『履歴』等々項目が表示され、俺は迷わず『質問』を選ぶ。

 両手の親指を使ってタイトル・詳細を入力する。


『急募:勇者を倒す方法


 魔王なんですが勇者を倒したくて仕方ありません。

 防壁が三つも突破されて絶体絶命です。

 同じく勇者打倒を掲げる皆さん、どうか悪知恵をください』


 これでいいだろう。

 あとはジャンルを決めて投稿すれば数時間と経たずに回答者が現れるはずだ。

 見てろよ勇者。次に顔面が膨れ上がるのはお前の方だ。


 数時間待った。

 暇つぶし(というかこっちが本命)としてやっていた周回がついに終了し、俺の大賢者ウィズベルもようやくレベルマスキルマに至った。しかも勇者と違ってソロでだ。

 俺はさっそくステータス画面を保存する。勇者に送ってやろうと思ったが、どうせ『いまさら?(笑)』とか返ってくるから別の奴に送る。


「宛先は……でいいか」


 友達登録数がカンストしてるから特定の人物を探すのにも一苦労だ。

 しばらく画面をスライドして、ようやく国王のアカウント(娘とのツーショット)を見つけた俺はさっそく画像を送りつけてやる。すると速攻で返事が返ってきた。


『死ね』


 なんと簡潔な一言だろうか。

 どうやらずっと周回をしていたらしい。そうでなければこんなに早く返信が来るものか。


「ぶるるるるるるへえええっはっはっはひぃ!!!」


 これほど愉快なことがあるか。

 俺は腹を抱えて笑い転げた。玉座から落ち、階段を転がり、赤い絨毯の上でのたうち回る。

 追撃で何か返信してやろうと画面を見ると、悪知恵袋から通知がきていた。どうやら回答者が現れたらしい。


「なになに?」


 俺は絨毯の上に寝転がりながらアプリを開く。


『回答者:重量過多の雑兵X


 魔王ならば自ら赴くべきでは?

 部下の上に胡坐をかいていては体力も落ちますし、勇者が辿りついた時には手遅れになるかもしれませんよ。

 ここは堅実に魔王らしく、暴力と権力で勇者を倒しましょう!』


 出たよでたでた。

 いるよね辺り障りない回答すれば評価されると思ってる自称常識人。

 俺はこういう性質の奴が一番嫌いだ。しかし可能性の一つを提示してくれたことには素直に感謝しなければいけない。なのでしっかりと返信しておく。


『質問者:来世も魔王に産まれたい


 一言:死ね』


 よし。

 さて、じゃあ別のアプリでもやるかな。

 掛け持ちしてるアプリの数が二桁を超えている俺は時間がいくらあっても足りない多忙な毎日なんだ。こんなゴミクズ回答に一言添えてやっただけでも恩寵だと思ってほしいね。


「あー? なんだよもう」


 新しいアプリをタッチしてロード画面に入った時、またもや悪知恵袋から通知がきた。

 まさかさっきのクソ野郎からの追記か。だとしたら滑稽を通り越して磔刑だ。今度顔を見たら明日の朝日は拝ませない。


 仕方なしに悪知恵袋を見る。


『回答者:重量過多の雑兵X


 魔王ならば自ら赴くべきでは?

 部下の上に胡坐をかいていては体力も落ちますし、勇者が辿りついた時には手遅れになるかもしれませんよ。

 ここは堅実に魔王らしく、暴力と権力で勇者を倒しましょう!


 追記:死ぬ』


 あーこれ勇者に処されたな。

 どこまでも憐れな男よ。

 というか勇者の奴、もう【第四の門】に到達したのか。兵士どもは何やってるのかね。

 なんか【第四の門】って一番強そうに聞こえるけど、実際ただの魔王城の入場門なんだよね。だから今も外でドンパチやってるのが割と聞こえたりしてる。


 このままだと本当に勇者きちゃうなーなんて思っていたら、新しい回答者が現れた。


『回答者:匿名希望の聖女


 まずは精神から陥落させるのがいいと思います。

 具体的には、勇者と行動を共にしている聖女を攫ってみてはどうでしょうか。

 勇者は聖女に淡い恋心を抱いているので、力ずくで奪い取ったらきっと絶望しますよ。

 逆に憎しみから猛威を振るう可能性もありますが、目の前で唇を奪ってしまえば……』


 お、おお……!

 柄にもなく感心してしまった。


「こういうのだよこういうの! こういうの待ってたすっごい待ってた!」


 あいつ聖女に恋をしているのか。

 まあ確かにあの艶のある青髪に繊細な白い肌、そして暴力的なオパーイは犯罪級だ。聖女とかのたまってその実皮の下は淫魔だぜ。

 作戦も完璧だ。勇者の心を本気で折ろうとしている“執念”が伝わってくる。


 しかしこの一見完璧に思えた策には、一つ大きな欠点がある。それは――


『質問者:来世も魔王に産まれたい


 一言:まあ俺、女なんですけどね』


 はい、解散!

 魔王として君臨している以上男のように振る舞い一人称も『俺』にしているが、俺はれっきとした女だ。フィーメイルだ。

 それに自分で言うのもなんだが、俺ってそこそこ美少女ですよ。幹部たちが夜な夜な俺の名前を呟きながら『事』をしてるくらいには自信がある。


『回答者:匿名希望の聖女


 まずは精神から陥落させるのがいいと思います。

 具体的には、勇者と行動を共にしている聖女を攫ってみてはどうでしょうか。

 勇者は聖女に淡い恋心を抱いているので、力ずくで奪い取ったらきっと絶望しますよ。

 逆に憎しみから猛威を振るう可能性もありますが、目の前で唇を奪ってしまえば……。


 追記:いま行きます』


 なにが!? どゆこと!?

 コワイコワイコワイ!

 やべーよヤバい回答者だったよ。

 そしていつの間にやら外の騒音が止んでいた。どうやら勇者がうちの兵士を全員ボコボコにしたようだ。

 入場門から玉座まではそうかからない。恐らく数分もすれば勇者は顔を出すだろう。


「……片づけ、するか」


 人生諦めが肝心だと思うの。











「来たぞ魔王!」

「おっチース。おひさじゃーん」

「あ、そんな感じなんだ」


 当たり前だろ。

 出入り口に貼ってあった『重装備立ち入り禁止』の張り紙を見たのか、勇者の装備は一般で売られている布着だけだった。鎧はおろか聖剣すら出入り口の外に置いてきたようだ。


 絨毯の上に用意したテーブルに座った俺は、勇者と付き添いの聖女に手招きする。


「まあ取り敢えずここまでお疲れ、これお茶ね」

「魔王さんお久しぶりです」

「うんうん久しぶり」


 四角いテーブルを三角形で囲む。

 まずは一服。三人同時にお茶を飲み、テーブルに置いた。


「――って、こんなことをやっている場合じゃないだろう!」


 勇者がテーブルをぶっ叩いた。

 危ないな。俺と聖女がコップを保護してなかったら今頃絨毯がビシャビシャになっていた所だ。絨毯の掃除は大変なんだから気を遣ってほしい。


「ここまで来たぞ魔王!」

「あーうん」

「約束は果たしてもらう!」

「あー? あー……」


 約束? なんだっけそれ。

 誰かを攫った覚えはないし、世界に破滅の刻限を宣告したわけでもない。

 そもそも勇者がここに来る理由が謎だったんだけど。


「なっ――まさか忘れたのか!?」

「……ごめん」


 まるで信じられんと言うかのような目で俺を見てくる勇者。

 そんな目をされても俺は覚えてないし、どうせ大したことない約束だろ。


「そんなに大事な約束なら、ちょっと言ってみてよ」

「い、いや……僕の口から?」

「えー? 言いづらいことなの?」

「そ、それは!」


 途端に顔を赤く高揚させる勇者。

 悔しさと恥ずかしさの間で葛藤しているようだ。

 そして、ここで俺は勇者との約束を思い出した。思い出して、俺も少し恥ずかしくなったのは内緒だ。

 心の中で勇者が絶望するであろう返答を用意しつつ、俺は奴が口を開くのを待った。


「ぼ、僕が……」

「ぼくが?」

「僕が……玉座に辿りついた暁には……」

「ほーう」


 やべえニヤニヤが止まらねえ。

 今にも爆発してしまいそうな勇者は俯きながらボソボソと言葉を紡ぐ。


「そ、その、け――」

「隙あり!」

「ぬあ!?」


 突如、聖女が自身のお茶を勇者に向けて撒き散らした!

 唐突な出来事に反応が遅れた勇者はクリティカルヒット、たまらずダウン!

 その隙を突いて聖女は素早く立ち上がり、魔王との距離を詰める!

 予想外の展開に面食らった魔王は聖女の奇襲を唖然と見つめるばかりで、迫りくる脅威を前に抵抗すらままならなかった! そして――!!


「え、ちょ、ま――」


 ズキューン!!


 魔王の唇に甘く蕩けるような感触が迸った!

 それを接吻であると理解するまで数秒、ようやく我に返った魔王は目を丸くする!


「き、きさま――!」


 憤怒の形相で勇者が吠えた!

 その姿を勝ち誇った表情で見下ろす聖女は、魔王との口づけを終えると豊満な胸を張った!


「魔王の初めての相手は勇者ではない……この聖女だ!」

「きさま……初めからこれが目的で……。許さん……ゆるさん――!!」


 空しく絨毯に伏した俺は、目の前で殴り合う二人を見つめることしかできなかったとさ。

 そんなよくある俺の日常。

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