武力解決班の戦いは終わらない
90 やっぱり悪人はいなくならない
ダイアナは丸一日眠っていたらしい。
しかし目覚めたダイアナには自分がそれほどの状態だったという自覚はない。
目が覚めて、自分が病院のベッドの上だと見て取ってダイアナは感じたことをストレートに口にした。
「腹減ったなー」
「起きて第一声がそれか」
すかさずつっこみが入った。声の方に顔を向けるとデイビッドが病室に入ってきたところだった。
「腹へってんだからしょーがねぇだろ」
悪びれずに答えるとデイビッドは軽く息をついた。
「一日以上眠っていたからな」
「そんなにか。まぁ体ん中の闘気を全部使っちまったからなぁ」
「闘気を全部使うと気絶するのか?」
「必ずそうなるわけじゃないんだが」
ダイアナは闘気の役割と、超技、絶技について簡単に説明した。
闘気は超人的な動きができるようになるという他に体を頑強にするという役割もある。そこには痛みに対する耐性もあげるというものも含まれる。
超技は闘気を使って放つ技で、よくゲームの必殺技という例えが使われる。
「そこまでは前にも聞いたな」
デイビッドの相槌にダイアナもうなずく。
「で、超技を強力にした技に絶技ってのがある」
「超必殺技か」
「そうそう」
絶技は体のうちに溜めている闘気をすべてつぎ込む大技だ。闘気がなくなると底上げしていた痛みに対する忍耐力もなくなるので大けがを負っている場合、痛みが一層強烈に襲ってくる。
「ショック症状みたいになるのか」
「それもある。マフィアの連中が全員伸びてたから安心したのもある」
「それじゃ、あの分身したおまえが攻撃したのが絶技か」
「あぁ。超技の分身が強化されて絶技になった」
「なったってことはあの時に会得したのか」
「そ。危機的状況で強く願ったら、ああなった」
「ふぅむ。極めし者の世界も奥が深いな」
感心したようなデイビッドにダイアナはにししっと笑った。
「で、あれからマフィア連中はどうなったんだ?」
尋ねると、デイビッドはうなずいて、ダイアナが気を失った後のことを話し始めた。
ミケールやカールをはじめとするマフィア幹部達は残らず逮捕された。
警察やFBIと銃撃戦を繰り広げて生き残った構成員や戦闘員らもしょっ引かれた。
マンハッタンのただなかでの大捕り物に、昨日、今日と街中は騒然としているそうだ。
どこからどうかぎつけたのか、すでにこの捕り物の立役者は“キャンディ”だと勘ぐっているメディアもいる。まだ推測の域を越えないがと注釈を付けつつもまことしやかに報じている。真偽を確かめるためにと行方を捜しているそうだ。
「厄介なことになってんな」
「マフィアをやっつけたヒーローだからな。インタビューしたいんだろう」
レポーターに囲まれて取材される自分の姿を想像し、ダイアナは苦笑いだ。
「表に出ない方がいいだろうな。話すとボロが出そうだから」
「ボロってなんだよ?」
「言動から、“キャンディ”がダイアナ・トレイスだと結び付けられるかもしれないってことだ」
言われて、ダイアナは「あー」と納得のため息をついた。
リチャードが人質になった事件で交渉役を引き受けてからしばらく騒がれた時のことを思い出す。
ちょっと注目されただけでとてもやりにくかった。悪人を成敗する極めし者“キャンディ”と同一人物であると、いつ突き止められるかもしれないと思うとひやひやした。
たった数日の間で精神的に消耗させられた。
あれがずっと続くと思うとげんなりする。
「俺らの活動は今までと変わらないが、『詐欺被害者への救済』の時みたいに武力解決班を外に置いてそちらに目を向けるというのも一つの案だとマイケル達は考えているみたいだな」
それはいいアイデアかもしれない。
が。
「オレへの目はそれでいいとして、だったらあんたはすぐばれるんじゃないか?」
ダイアナはデイビッドのヘッドギアを見て言った。
変装をしてもヘッドギアを普段からつけているデイビッドはすぐに身元がばれてしまいそうだ。
「このままだとバレるな。ヘッドギアを小型化するか……、着けなくても話せるようにするしかない」
「できるのか?」
「多分、な」
どちらを、とは聞かなかった。それはデイビッドが決めることだ。
「なんにしろ、オレらの仕事は変わらないってことだな」
ダイアナの言葉にデイビッドはうなずいた。
マフィア三大ファミリーの暴動と報じられたあの事件からひと月が経った。
主だった幹部が逮捕されたことでどのファミリーも活動を控えている。
組織の立て直しを図っているようだが、ここで盛り返しを許しては元の木阿弥と、警察やFBIが目を光らせている。
さてどっちが粘り勝つか、できれば警察に勝ってほしいところだとIMワークス諜報部では両者の動向に注目している。
結局、武力解決班はワークスの内部に設置されたままだ。
だが違っていることもある。
警察に極めし者、当然真の極めし者の部隊を設置する動きが出てきていて、指南役にダイアナが抜擢されたのだ。
元々極めし者だった数名と、闘気を扱える素質のありそうな数名をダイアナが鍛えている。
ワークスの仕事を終えて警察署に向かおうとするダイアナにデイビッドが声をかける。
「警察の連中はどうなんだ? 極めし者部隊として活動できそうなのか?」
「呼吸法覚えたからはい強い極めし者の出来上がり、ってわけにゃいかないさ。半年から一年ぐらいかかるんじゃね?」
「気の長い話だな」
「なぁに、実際に戦えるところまで鍛え上げればいくらでも活躍の場はあるさ。なにせ悪人はこの世からいなくなっちゃくれないからな」
そんな話をしていたからか、マイケルがデイビッドとダイアナを会議室に呼びつけた。
「ここから三ブロック先で闘気を放つ暴漢が三人ほど暴れているそうです。“キャンディ”と“ソルティ”に出動要請が出ました」
「了解」
早速デイビッドは捜査補助グッズを準備しはじめる。
ダイアナは“キャンディ”の変装をして、二人の準備は完了する。
現場に向かうと、明らかに違法ドラッグFOを服用したであろう巨漢が三人、周りの迷惑を顧みずに暴れている。
『あれぐらいならあんたの便利グッズは必要なさそうだ』
『了解。準備完了。プランA』
ヘッドホンから聞こえるデイビッドの短い指示にダイアナはうなずいて、ドロップを口に放り込む。
「あんたら! こんなとこで暴れてんじゃないよ!」
遠巻きにしている人垣を越えてダイアナが男達に近づく。
「おぉ、“キャンディ”だ」
「初めてリアルで見れた。ラッキー!」
「いけ! やっちまえ!」
群衆から歓声が上がる中、ダイアナは悪漢たちを数秒で打ち倒す。
きっと周りで観ていた者の中でダイアナがどう動いたのかを目で追えたのはほぼいないだろう。
それでも“キャンディ”が現れ、悪漢を倒したという事実は見て取れる。群衆はニューヨークの街の平和に貢献する“キャンディ”に賞賛を送る。
その声に手を振って応え、警官達が暴漢どもを拘束しにかかる姿を横目でちらりと確認し、ダイアナはあっという間にその場を離れた。
ビルとビルの間を走り、分身や転移を使って居場所をごまかした後、デイビッドの運転する車の中に転移する。
「こんな退場の仕方を、
「コミックのヒーローみたいじゃないか」
「それは悪くないが。よぉし、あいつらもっと厳しく鍛えてやる」
「使えるようになる前に潰すなよ」
からかうように笑うデイビッドにダイアナもにししっと笑って、ドロップを噛み割った。
二人を乗せた車がマンハッタンを走る。
彼ら武力解決班の戦いは、まだまだ終わらない。
(クレイジー・キャンディ 了)
クレイジー・キャンディ 御剣ひかる @miturugihikaru
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