89 これは、虚像じゃない
ダイアナの体は拘束されたまま、身じろぎすらままならない。
ミケールの凶刃はダイアナの首を狙っている。頸動脈を切り裂く気だ。
ダイアナは目をつぶった。
同時に瞼の向こうがかっと光り、ミケールの悲鳴が聞こえた。
思わぬまぶしさと、肩に走る痛みにダイアナも呻く。
目を開ける。
ミケールが顔を押さえて目の前でうずくまっている。
体に巻き付いていたミケールの闘気がやっと消え、ダイアナは素早く部屋を見回した。
壊れた窓の近くに、デイビッドが立っている。
「間に合ったか」
いつものようにヘッドギアをつけたデイビッドの機械の声にダイアナはハァっと大きな息をついてその場に崩れ落ちた。
安心したのだ。
窓の外にヘリコプターから伸びる梯子が見える。あれに掴まって窓の外にやってきて、ミケールに閃光弾を見舞ったのだろう。
「ひょろ
自分でも判るぐらいに声が震えていた。
「リラ子のくせに、ヘタレてるなよ」
「言ってくれる」
「お互い様だ」
二人は顔を見合わせて、ふふっと笑った。
ダイアナの肩に刺さったナイフをデイビッドが抜き取って、服の袖を破り傷口を縛ってくれた。荒々しい手当てだがダイアナは文句は言わなかった。
「くそっ」
視力が回復してきたミケールが部屋の入口に後ずさる。
「逃がすかよ」
ダイアナが立ち上がった時、入り口から男が三人、なだれ込んできた。
警官か? と思ったが期待外れだった。
カールをはじめとするマフィアの男達だ。
いいタイミングで味方を得たミケールの顔がにやりと歪む。
「お互い引き時ですね」
カールが平然と言う。
「何がお互いにだよ。おまえらが不利に決まってんだろ」
「そうでしょうか? あなたは闘気で銃弾など弾いてしまわれるかもしれませんが、そこの男はそうはいきませんよ?」
カールはデイビッドに顎をしゃくった。
彼の言う通りだ。
だがここまで追い詰めた相手を逃がしてやる気はない。
「そちらが動かなければこちらも撃ちません。悪い話ではないでしょう?」
黙って策を練るダイアナを、カールの言葉に同意したと受け取ったのだろう、カールは少し横にずれてミケールを先に逃がそうとしている。
こんな時に、複数攻撃できる技があれば。
ダイアナは歯噛みした。
「俺のことは気にするな」
デイビッドがダイアナにささやく。
「俺の命と奴の逮捕、どっちが大きいのか比べるべくもない」
つまり、デイビッドを犠牲にする危険を冒してでもミケール達を取り押さえろと言っている。
――デイビッドを助けて、マフィアを捕まえる。どっちもやってやる。そのつもりで来たんだ!
ダイアナは大きく息を吸い込んだ。
一気に闘気が体中をめぐる。
今までにない闘気の高まりを感じながら、ダイアナは床を蹴った。
マフィアの銃弾は自分の身で受け止めるつもりだった。
だがダイアナの決死の覚悟は、違う形で具現化した。
ミケール含め五人の男のそばにダイアナが現れる。
「分身か、この場で使っても無駄なことです」
ダイアナ本人はミケールを狙うと読んだのだろう、男達はミケールを守る体勢に入った。
だが技を放った彼女自身は、これがただの分身ではないと気づいていた。
一番近いカールに殴りかかりながら、行け! と念じた。
ダイアナ達がそれぞれの目標に殴りかかる。
完全に虚を突かれた男達はダイアナに無防備な姿をさらしていた。カールが連れてきた男三人はあっけなく床にたたきつけられる。
「ば、ばかなっ」
驚愕にひきつったミケールの横っ面にダイアナの拳が炸裂した。
悪人達が伸びるのを見届けるかのようにダイアナが生みだしたダイアナ達は攻撃の後、二秒ほどその場にとどまった後、すぅっと消えていった。
ダイアナは自らの体の中の闘気がすっかり失せていることを自覚した。
同時に、今までのダメージが襲い掛かってきた。特に刺された肩が痛すぎる。
普段、闘気で痛みを抑えていることをありありと実感した。
うめき声をあげて膝を落とすダイアナにデイビッドが慌てて駆け寄ってきた。
「悪いな、後のこと、任せるぞ」
ダイアナはごろんと床にあおむけになって、目を閉じた。
「おい、ダイアナ! しっかりしろ!」
相棒の心底心配している声を聞いて、ツンデレかよとつぶやこうとしたが口が開かない。
全身を駆け巡る痛みから逃げるようにダイアナは意識を手放した。
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