88 有利におごっちゃいけない

 ダイアナとミケールはぐんと近づくが、すぐに相手の姿がぶれる。

 転移を使ったのだろう。

 だがそれはダイアナとて同じこと。


 二人はかち合う前に離れていた。

 すぐに次の超技を発動する。

 分身で四体の虚像を作り出す。


 ミケールは目の前のダイアナに拳を振るったがそれは「ハズレ」。

 後ろから蹴りを放つもすぐさま回避された。


 ミケールも分身を使う。本人をあわせて五人の男達が前後左右、天井付近に散った。


 外しても一番安全そうな左手のミケールに突進するが、ダイアナの拳を受けて闘気のミケールは掻き消えた。


「とんだ騙しあいだ」


 ふふっと笑うとミケールも笑う。


 何度かやりあううちにミケールの癖が少し判ってきた。

 そろそろゴーグルの闘気センサーを切り熱源センサーに入れ替えるか、と考える。


 最初からそうしなかったのは機械に頼るだけではゴーグルがダメージを受けて使えなくなった時に一から相手の戦い方を学ばねばならないからだ。


 ミケールが見せた超技は「分身」「転移」「二段ジャンプ」の三つ。

 ダイアナが見せている手と同じ数、同じ種類だ。


 ダイアナはあと三つの超技を有している。

 おそらくミケールも同じか、あと一つぐらいありそうだ。


 分身や転移をしたミケールを正確に攻撃すれば、焦って残りの超技を出してくるだろうか。


 よし、とダイアナはゴーグルのスイッチを押した。

 今まで闘気を表示していたゴーグルが、熱源を追いかけ始める。


 ミケールの動きが手に取るように判る。

 デイビッド様様だなとダイアナは笑って、彼女の後ろに移動したミケールに振り向きざま蹴りを放つ。


 辛くも避けたミケールが三体の分身を作り出すがダイアナは迷わず本人に拳を振るった。

 狙いたがわず肋骨の上を叩く。両者通じて初めての有効打だ。


 ダイアナの動きが今までと違うのに、ミケールもすぐに気づいたようだ。


「なぜゴーグルを外さないのか思っていましたが、そういうことですか。厄介ですね」


 言葉ほどにはミケールは困っても憤慨してもいなさそうだ。


 何か仕掛けてくると身構えたダイアナは、異変を感じる。

 体が重い。

 全身を押さえつけられる感覚だ。身の回りの空気を圧縮して押し付けられているかのよう。


 だが動けないことはない。

 ミケールの渾身の突きを回避した。


 必中と確信していたのだろう。ミケールが目を見張り、動きを止める。


「時間停止は持っていないはず。いや、まだ隠していたのか」


 ダイアナに問いかけるのではなく、疑問が小さく口から洩れたのだろう。


 彼の言葉を聞きとってダイアナは納得した。

 月属性のみが会得できる「時間停止」の超技は、同じ超技を持つ者には通じないと言われている。

 なのでダイアナは技にかからず、動くことができたのだ。


「先に倉庫にオレを行かせてくれてありがとうよ。でなきゃ、さっきの攻撃はまともに食らってるところだった」


 あえて種明かしをしてやる。

 ミケールは握った拳をわなわなと震わせた。

 ダイアナの体力をそぐ目的で倉庫に向かわせたのに、超技を会得して帰ってくるとは誰が想像できようか。


「ま、こっちも使えないんだから、お互いに使える超技が一つ減ったってところかな」


 実際は、熱源センサーのおかげでミケールの転移や分身がほぼ封じられている状態だ。

 ダイアナに有利といえる。


 だがさすがにミケールもダイアナの攻撃パターンをある程度掴んでいるようで、奇襲作戦は通じない。


 二人の戦いは単純な拳や蹴りの応酬へと変わっていく。


 夕陽がさらに傾き、暗くなっていく部屋の外からは銃撃のほかにヘリコプターのプロペラ音まで聞こえてきた。

 ビルの制圧も順調に進んでいるのだ、と思いたい。


 だがここで投降を呼びかけてもミケールは応じないだろうし、マフィア側が不利と悟れば一人で逃げ出す可能性もある。


 表舞台にでないマフィア幹部を、ようやくここまで追い詰めたのだ。できればこの場で取り押さえたい。


 ならば完全に打ち倒すしかない。


 打撃を与え、攻撃を受け、息が上がっていく。

 二人は肩で息をしながら一旦距離を取り、睨みあう。


 そろそろ決着の時が近づいているのは肌で感じ取れる。

 どうにか決定打を浴びせねばならない。


「そろそろ終わりにしましょうか」


 先に動いたのはミケールだ。

 彼の体を包む闘気が急速に膨れ上がる。

 まるで内包するすべての闘気を集めているかのように。


 これは、絶技ぜつぎの前触れか。

 ダイアナは右足を後ろに引き、いつでもどのタイミングでも動けるようにと腰を落とした。


 だが、ミケールが放ったのは、攻撃系の絶技ではなかった。

 彼の体を離れて黒く立ち上る闘気がロープのように伸びてくる。


 回避を試みるが、一本がダイアナの手首に絡みつく。

 手首から腕辺りの動きが取れなくなった。


 ミケールがにやりと笑う。


 拘束系かっ!

 ありったけの闘気を放出して逃れようとするが、ミケールの闘気は離れない。


 あっという間にダイアナの手足、首、腹に黒の闘気が絡みついた。

 まったく身動きが取れない。


 絶技を放ったことでミケールの闘気が失せるが、問題はないとばかりに懐から小ぶりのナイフを抜いた。


 焦るダイアナに刃先を向け、ミケールが突っ込んできた。

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