第44話

「ええ、きっと海宝殿なら助けてくれるでしょう」

「翠雲……」


 剛昌が意味を含んだ言い方で翠雲の名前を呼ぶ。


「はい、何でしょうか?」

「今回の件、もし今後なにも起きなかった場合は全て忘れろ。いいな?」


 剛昌は静かに翠雲へと警告した。


「同じ立場の私に命令ですか?」


 翠雲は冷やかすように微笑みながら問いかける。


「……違う、そうじゃない」

「ん……?」


 剛昌は小さく否定した。そして、机に手をついて頭を下げる剛昌。


「これは…………、私からの頼みだ……」

「っ!」


 純粋な剛昌の願いに翠雲は驚いた。

 剛昌が頭を下げたことなど、今まであっただろうかと……。


 翠雲は記憶の中を探すが見つからない。

 普段なら適当にあしらう翠雲だが、あまり見慣れない光景に少し慌てて立ち上がる。


「わ、分かりましたから頭を上げてください。貴方にそのようなことをされると困ります……」

「そうか……」


 剛昌は真剣な面構えでまっすぐ翠雲を見つめる。


「……貴方が頭を下げるなんて今までありましたか?」

「ふん、ただの建て前だ。気にするな」


 少し目線を逸らす剛昌。

 不器用だが仲間を想い、その上で強く優しい剛昌が、自身の決断で民を殺害した。

 その背負った心の重荷、心の傷は計り知れないもの。


 剛昌の覚悟を悟り、

 「さぞかし辛かったでしょう……」

 と翠雲は目を伏せて呟いた。


「こんなもの、死んでいった者たちに比べれば痛くも痒くもない」

「強がりもそこまで行けば大したものですよ……。さて……」


 翠雲は机に置いた手記を手に取り剛昌へと問いかける。


「これはお預かりしても?」

「いや、春栄様から預かったのは私だ。私が管理しておく」

「そうですか、ならお願いします」


 立ち上がった翠雲は剛昌に手渡しで手記を返した。


「では、また」

「ああ……」


 二人の別れ方は変わらなかった。


 周りから見れば険悪にも思えるその言葉数の少なさは、交わさずとも相手に伝わっているからこそ。

 亡き王の国を守るために、二人の強者が息を合わせる――――――





 ――――――この日の晩、一人の兵士が自殺した。


 火詠が彼の部屋を調べると、置き手紙が机の上に置かれていた。

 手紙にはこう書かれていた。


『申し訳ありません。私にはやはり耐えられませんでした。夜になった途端、任務の時の記憶が心を抉り、魂を粉々にしていくのです。夫婦と小さな子どもが暗闇から私を見ているような気がしてなりません。怖い……怖いのです……。何人もの人々がこちらを見ているような気がしてなりません。夜と人が……怖いのです……。三人を殺した罪……死んで詫びようと思います。申し訳ありません――――――――』


 火詠はこの手紙を翠雲へと渡し、翠雲は剛昌へと手紙のことを伝えた。

 剛昌は手紙のことは泯には伝えず、三人だけの秘密とした。

 そして、その二日後には黒百合村の全焼は瞬く間に王城へと広まる。


 国王である春栄が調査を向かわせる際、剛昌は自ら「兵士の育成」という目的で志願した。


 剛昌の案に反対する者は居るはずもなく、剛昌は自分と泯を含めて十名と一緒に黒百合村へと向かって行った。



 焼け落ちた家からは死体が見つかり剛昌は墓を作るように命じる。

 黒百合の咲いていた焼け跡に村人たちを埋葬した後、この一件を「賊によるもの」として黒百合村の調査を終えた。


 当日、泯と共に黒百合村の任務に当たった一人の兵士には、黒百合村とは逆に位置する南西の村へと警備任務に当たらせることに。



 黒百合村の事件で村への兵士の派遣が多くなる中、城下町や周囲の村ではこの事件が多く囁かれるようになった。


 黒百合村には誰も近寄らなくなり「呪われた土地」とされた。

 今、黒百合村には死者の眠る墓のみが、静かに燃え尽きた花畑の上に佇んでいる。

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理葬境〔リソウキョウ〕 忍原富臣 @bardain

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