第43話

「違う、お前のことは十分信用している……信用しているからこそ……」

「ならば話してください。でなければ、ここで貴方を捕まえてでも、貴方のしていることを問いたださなければなりません」

「いや、これはまだ仮定の段階……、お前を巻き込むわけにはいかない……」


 煮え切らない剛昌の答え。

 大臣の中でも穏便な翠雲。その彼が眉間にシワを寄せ、威圧的な態度を表した。


「村を一つ潰しておいて仮定の段階とは、随分と大掛かりな問題なのですね」


 冷たく言い放った翠雲の言葉に、剛昌は動じなかった。

 翠雲の目が、一瞬だけ剛昌から逸らされる。


「…………」


 翠雲が身近な人に対して冷徹に接することは、一番不得手なこと……。それを剛昌が知らないはずもない。


「お前は…………」

「……?


 無理強いをさせている罪悪感から、剛昌は少しずつ口を開き始めた。


「……お前は、悪夢、呪いの類を信じるか?」

「すぐには信じがたいですが……、剛昌のしていることに関係が?」


 剛昌の口から出た言葉に翠雲は怪訝な表情を浮かべる。


「まぁ、そういう反応になってしまうだろう……。村一つ消した時点で既に大罪だ……。もし、私の仮定が間違っていれば死罪に値する行為……。この件にお前まで巻き込んでしまえば、国を支える者が居なくなってしまう……」


 春桜の両隣に立っていた二人。剛昌は、その両方が失われることを恐れていた。だからこそ、自分の手で終わらせたいと強く想っていた。


「私はどうなろうとも構わない。だがな翠雲、お前はこの国に必要な存在なのだ。犠牲者も手を汚す者も、極力少ない方がいい……」


 いつもは食ってかかる剛昌が珍しく肩を落とす。

 翠雲は剛昌の姿を、ただそっと微笑んで見ていた。


「貴方はいつも人のことばかりを優先します。不器用なのに悪い癖ですよ、まったく……」

「お前は器用過ぎて大嫌いだ……」


 剛昌はそう言いながら腕を組んで目を閉じた。


「ふふっ、誉め言葉として受け取っておきますね」

「ふん……」


 部屋の中はしんと静まり返る。

 窓の外からは、兵士たちの訓練する声が響いている。


 鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が数回、部屋の中にこだまする。


「剛昌、話していただけますか?」


 翠雲が静かに問いかける。


「どうせ話すまで聞いてくるのだろう」

「もちろん」

「嫌な奴だ………………。ほら、これだ」


 剛昌は向かいに座る翠雲の方へと手記を滑らせた。


「これは?」

「春桜様の手記だ。最後の方は血が付いて読めない箇所もあるが、私はそれを確かめるために動いていた」


 剛昌は事情を全て話した。

 落ち着いていた翠雲も、信じられないといった様子で手記の内容に目を通していく。


「黒百合……つまり、これが呪いの元凶ということですか……。ですがそんな、呪いなんて…………」

「私もその手記を見るまでは信じていなかった。だが、町では悪夢の噂が広がり始めている。どうにも気がかりでな……放っておくわけにはいかなかった」

「何故、早く言ってくれなかったのですか?」

「言ってもどうにか出来ることではあるまい」


 剛昌は声を荒げて翠雲へと言い返した。

 それに対して翠雲は、毅然とした面持ちで剛昌の方を見つめる。


「それでも、知恵を集めればどうにかなったはずです」

「国の大臣が村を潰したと知られればどうなるか、お前なら分かるだろうが!」

「それは……」


 剛昌は苛立ちながら翠雲へと怒鳴った。

 ――――――だから一人で責任を負おうとしたのだ……。

 と、剛昌は心の中で叫ぶ。


「もういい、この件は私に任せろ。お前は春栄様の傍に――――――」

「いやです」

「なに……?」

「これは私たちの問題です。救いきれなかった民の無念を、あなた一人でどうにかできるとでも?」

「さっき私が言った意味が分かっていないのか?」

「分かっていますとも。だからこそ一緒にと――――――」

「お前まで巻き添えになる必要はまだ無いと言っているのだ!」


 剛昌は怒鳴った。

 その声が聞こえたのか、外から響いていた兵士たちの声がぴたりとやんだ。

 剛昌の言葉を聞いた翠雲が深いため息を吐く。


「貴方はいつもそうです……。一人で全てを終わらせようとする。ならば、私が誰かに相談して終わらせるしかないでしょう。一人で出来ることもあれば、出来ないこともありますから」

「ふっ……、こんなふざけたこと、誰に相談するというのだ?」

「まだその時ではありません。黒百合村のことが公になったあと、村の様子を見に行きましょう」

「見てどうするというのだ」


 剛昌は翠雲の案に対して鼻で笑った。

 それでも、翠雲は剛昌の納得できるであろう案を提示する。


「海宝殿に助言して頂くのです。この国で最も死者に対して礼儀を弁えるあの人ならば、なにか解決への糸口を見出してくれるかもしれません」

「…………海宝殿、か……」


 大僧正の海宝は春桜が死んだ今、王である春栄よりも立場は低いものの権力は相当なものである。


 あの春桜に意見できた唯一の存在……。

 その名前を聞いた剛昌は少しだけ納得した表情を浮かべていた。

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