第42話

「剛昌様、他の村も」

「ああ。他の場所も……念のために調査した方がいいかもしれんな」

「剛昌様、すぐに他の村へ調査しに参ります」

「いや、今日は一日身体を休ませろ。昨日から寝てないのだろう」

「これくらい、どうってことはありません」


 黒百合村は王城から半日はかかる場所にある。

 その為、泯は昨日の朝、太陽が上がると同時に出発した。馬を途中で降りて仮眠をとり、夜中に任務を開始。


 それから王城へと帰ってくるまでの間、泯はきちんとした睡眠をとってはいなかった。


「泯」

「はい」


 剛昌は冷静に泯へと次の任務を告げる。


「途中で体調を崩されては困る。明日、城下町と周囲の村の様子を見てきてくれ。今日はもう休め」

「しかし……」

「黒百合村のこともすでに広まりつつある。私はそちらの準備を進めておく。お前はとにかく休むんだ」

「……承知致しました。少し休んでから――――――」

「「……ッ!」」


 ギィィ……と音を立てて開く扉に、二人は瞬時に視線を向けた。


「……失礼しますね」

「お前……」

「貴方は……」


 剛昌の部屋へと入ってきたのは、大臣の翠雲だった。


「何をコソコソしているのかと思えば……、私に隠しことなんて水臭いですよ」


 微笑みながらゆったりとした翠雲とは対照的に、二人は内心で激しく動揺していた。


「……」

「翠雲様……」

「あまり聞き耳を立てる趣味はないのですが……。今回ばかりは放っておけません」


 翠雲はそう言いながら中へと入り、扉をそっと閉める。


「剛昌、話して頂けますか?」


 いつもは微笑む翠雲が、この時ばかりは「話せ」と言わんばかりの強めの口調で剛昌へと問いかけていた。


 さすがの泯も、翠雲の威圧感にぞくりと背筋が震えるような感覚が走る。


「これは私の問題、口出しは無用だ」


 剛昌も言い返し睨みつけたが、翠雲もまた剛昌のことを冷徹に見返している。


「いえ、私たちの問題です。黒百合村の件を、私が知らないとでもお思いですか?」

「っ……!」


 翠雲の言葉に驚いたのは泯だった。


 今さっき、遠い道のりを帰ってきたばかりなのに、翠雲は今日の黒百合村の出来事を知っているような口振り……。

 広まるにしても、王城に話が来るのが早すぎる……。


「泯、お前は席を外せ……」


 剛昌が翠雲の方を向いたまま、泯へと手で合図を送る。


「……承知致しました。翠雲様、失礼致します……」


 泯は翠雲の横をするりと抜け、その場を逃げるように出ていった。

 扉がそっと閉まるのを確認し、剛昌は軽く深呼吸をした。そして、立っている翠雲へと呟くように声をかけた。


「立ち話もなんだ、座れ……」

「そうですね」


 翠雲は剛昌に向かい合うように椅子へと座る。

 剛昌は手記を手元に寄せ、翠雲に悟られないように、手を手記の上に乗せた。


「それで、いつから聞いていたんだ」

「何をですか?」

「私たちの話を」

「いえ、聞いていませんよ。入る前に少しだけ黒百合村のことが聞こえたくらいです」


 微笑む翠雲に対して、剛昌は苛立ちを見せる。


「聞き耳を立てていたのではないのか?」

「ですから、入るときに少しだけ」


 指と指の幅で「少し」と伝える翠雲。

 剛昌は長いため息を吐いた。


「だからお前は嫌いなんだ……」

「私は好きですけどね」


 にこやかにしている翠雲に主導権を握られまいと、剛昌は翠雲を威圧的な目で睨みつけた。


「それで、いつから気付いていたんだ?」

「貴方が城下町で噂について回っている時ですかね」


 やはりこいつにはお見通しだったのかと、剛昌は頭を抱えた。


「……情報は兵士からか?」

「ええ、貴方は律儀ですから必ず兵士を連れて行く。そこで火詠に頼んで同行してもらったのですよ」


 翠雲は少しだけ微笑み、剛昌は苦笑していた。


「お前の一番弟子だった火詠か……面倒なことをしてくれる……」

「兵隊長の時からの付き合いですからね、貴方も知っているでしょう?」

「だからあの時、あの兵士は尋ねて来たのか……」


 同行する兵士は基本的に話しかけないのが暗黙の了解。しかし、火詠は詮索する為に道中で剛昌へと質問をした。


「情報を聞くためにあんな子芝居を……」

 と、剛昌は怪訝な表情を浮かべて文句を述べる。


「ええ、そして火詠には黒百合村の任務にも同行してもらいました」

「はぁ……、何処までも抜け目のない男だ……」


 翠雲に知られていたことにため息が止まらない剛昌。


「さて……」


 先程まで微笑んでいた翠雲は表情を切り替え、真剣な眼差しで剛昌を見つめた。


「貴方も、いつまでも一人で責任を負うのはよくない。話していただけますか?」

「……」


 剛昌は迷っていた。手記のことを翠雲に伝えれば動きやすくなる。それに、この男ならば解決まで導くことが出来るかもしれない。ただ、それは自分の望む結果ではない。


 全ての責任を持って最後は自らも消える。帳消しにするというのが剛昌の考えだった。

 黙ったままの剛昌に翠雲はもう一度問いかける。


「十年以上、共に戦い続けてきた私がそんなに信用なりませんか?」

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