第5話 再会(2)

「……そっか。ごめんな。辛い思いさせてたんだな」


 リトスは立ち上がり、マリアの側に来ると、そっとマリアの頭を撫でた。すると、マリアはふわっとリトスに抱きついた。そのマリアの行動に一瞬驚きながらも、リトスは優しくマリアを抱き締めた。


「やっと、信用してくれた?」


「うん……。お帰りなさい、リトス。いつ帰って来たの?」


「5日くらい前かな。見つからないようにこそこそ動いてた」


「え!? なんで……!?」


 マリアは驚愕して、リトスから腕を離し、リトスの顔を見上げた。


「今のこの街のことを把握する為と、マリアを驚かす為に」


 リトスはニコニコと笑顔を見せながら言った。


「……その目立つ顔で、今日迄どこにいたの!?」


「そうなんだよなぁ。この顔はホント苦労するよなぁ……。ゾイの事は、今では街中どころか、近隣の都市の人間も知ってるから、隠れるのに苦労したよ。でも、この街は、俺の故郷でもあるんだぜ。誰にも言わず、匿ってくれる所なんて沢山あるよ。でも、マリアが軍人になったと知った時は、びっくりしたぞ。しかも19歳で隊長を任され、既に階級はアントラクスだなんて……」


 愛おしげにマリアを見るリトスと視線を合わせたままでいる事が、少し気不味く感じてしまったマリアは、リトスから視線を逸らした。


「これからどうするの?」


「う〜ん、暫くは、久し振りの我が家でのんびりしようかなと思ってるけど?」


「……その後は? もしかして、もう異動先の隊とか決まってるの?」


「辞令は出てないよ。俺、辞めて来たんだし」


「え!? ……じゃ、アリティア所属部隊に入隊しない? ……リトスの剣、速かった。この街で私の剣の速さについてこれる人間なんて、クロエ様とゾイしかいないから、きっとすごい戦力になる!」


 マリアは気不味く感じていた事も忘れ、再びリトスの目を見て、そう問いかけた。


「ありがとう。誉めてもらえるのは嬉しいね。でも、俺はサルディオスだよ。今迄はギランガで、街の警護しかしてなかったし」


「今まで、ギランガにいたの? サルディオスって……、まさか……、その腕で!? リトスなら、アントラクス以上は絶対だよ!!」


「俺、まともに訓練受けてねーし、階級なんてどーでもいーからね」


 そのリトスの返事に、マリアは深いため息を吐いた。呆れてもいたが、そのため息には、リトスを懐かしく思う気持ちの方が大きかった。


「相変わらずだね。昔からそういうとこ、いい加減だったもんね……。でも、それでその腕なら、みんな大歓迎だよ」


「それはどうかなぁ……。おまえ、小さかったから覚えてないだろうけど、俺、元々ここの第3部隊に所属してたんだぜ? 隊長は、今でもあのネストル・グリファダだろ? 戻れる訳がない」


「ネストル隊長と、何かあったの?」


 苦笑して話したリトスに、不思議そうに問いかけるマリア。その問いかけに、リトスは少し考える素振りを見せた。


「………おまえももう子供じゃないから、言っても構わないかな。……俺さ、10年前、隊長の女、寝取ったんだよね………」


「………は!?」


 マリアは、思いもしなかったリトスの答えに、信じられないものを見たように目を大きく見開いてリトスを見た。


「あ、……いや、隊長の女だなんて知らなかったんだよ。すっごい美人でさ。優しい大人の女性って感じで……」


 懐かしむようにそう話すリトスに、少し寂しげな瞳を見せるマリア。


「リトス、その人のこと……愛してたの?」


「まさか。俺が愛してるのは、19年前からマリアだけだよ」


「ちょっと、言ってる事、すごく矛盾してるんだけど?」


 軽蔑の視線を向けるマリアの言葉を全く気にせず、リトスは話を続けた。


「それにあれは、その日限りだったしね。でも、向こうから声かけて来たんだぜ? それを恨まれてもなぁ……?」


「……リトスは、声かけられたら、誰にでもついて行くの?」


「あぁ、美人だったらね」


 悪びれもせずに満面の笑みを浮かべて言い切るリトスに苛立ち、頬を叩こうとしたマリアは、逆にその腕を掴まれた。


「……っ!! 離してっ!!」


「危ないなぁ……。あ、もしかして、嫉妬してくれてるの?」


 そんなマリアに優しく微笑みかけるリトス。


「……そうだよね。そうだった。忘れてたよ。リトスはいつもそうだったよね。リトスの周りにはいつも女の人がいて……。誰にでも優しいから、みんなにもてて……」


 怒りをあらわにしてそう捲し立てるマリア。


「単なる若き日の過ちだよ。誰にだって似たような事、1度や2度あるだろ?」


「ゾイは、絶対そんな事しない!!」


「あぁ……、ゾイは固いからなぁ。……でも、絶対なんて言い切れないんじゃないか?」


「言い切れるよ!! ゾイは、他の人とは違う」


「もう32だろ? おまえといて何もないってことは、他でやって……」


 そこまで言いかけると、マリアはリトスの鳩尾に強く膝を蹴り入れた。


「……うっ!!」


 その拍子に掴まれていたマリアの右腕が解放され、リトスは腹部を抱え床に膝をつき、わざと大げさに痛がってみせた。

 

「い……ってぇ……」


 苦痛に目を細め俯くリトスの目の前に、ゆっくりとシアネスの剣先が向けられ、リトスはゾッとして上を見上げた。


「いくらリトスでも、ゾイを侮辱することは許さない」


 怒りに満ちた瞳で、静かに低い声で言うマリア。


「おいおい……冗談だって……。おまえ、ホント、勇ましくなったな……」


 リトスは苦笑してゆっくりと立ち上がる。しかし、向けられた剣先は、リトスの顔の前から離れない。


「こらこら、いつまで兄に剣を向けてる気だ?」


「都合のいい時だけ、自分を兄にしないで」


「この剣、ホントに苦手なの、お前も知ってるだろ?」


「うん、知ってる」


 そう返事しながらもマリアは剣を少しも動かそうとはしなかった。


「……悪かったよ、謝る。だから、しまってくれないか?」


 マリアは、更に強くリトスを睨み付けると、剣を鞘に戻した。それを見て、リトスは大きく溜め息をついた。

 

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桜色の瞳のマリア 希内冴伎 @sara_umitsuji

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