第4話 再会(1)
数日、ライネルの貴族が現れることはなく、久し振りに休暇をもらい、家の掃除や買い物に出かけたりしていたマリアが、充実した1日を過ごし、夕方家に帰ると、かけたはずの鍵が開いていた。
────え?────
マリアは不審に思い、警戒しながらそっとドアを開け、中に入った。ゆっくりと家の中を見回しながら歩いて行くと、背後から抱きしめられ、咄嗟に携えていたシアネスの剣を抜いた。
「ただいま。シアネスはしまってくれないかな、マリア」
「ゾイ!? ……なんだ、びっくりした」
その声がゾイのものだと解ったマリアは、大きく息を吐くと剣を鞘に戻した。
────でも……今、気配がなかった……。なんで?────
「マリア、会いたかったよ。」
後ろから抱きしめられたまま耳もとでそう囁かれ、マリアは一気に顔を赤らめた。
「ど……どうしたの、ゾイ? グラディナ様は大丈夫なの?」
うるさくなる心臓をどうにもできず、マリアは、ぎこちない口調でそう問いかけた。
「……グラディナなら大丈夫だよ。ちょっと休憩しに帰ったんだ。急にマリアに会いたくなってね」
「……何言ってるの? 何かあったの?」
鼓動の速さを気付かれないようにと、今度は平静を装って答えるマリア。
「愛しいマリアに、会いたいと思っては、いけないか?」
そう言うと、ゾイはマリアから離れ、マリアの正面に移動すると、両肩に手を置いて、マリアの唇に自分の唇を重ねた。
────……え……!?……────
マリアは一瞬何が起こったか解らず、頭の中が真っ白になったが、抱きしめられ、舌をからめられて我に返った。
────ゾイじゃないっ!!────
そう思い、剣に手を伸ばそうとするが、強く抱きしめられている腕は、なかなか言う事を聞きそうになかった。
「んっ………」
なんとかキスから逃れ、息を整える。
「あぁ、ごめん、ごめん。息できなかった?」
そう言ってその男がマリアを離した瞬間、再びシアネスの剣が抜かれる。その途端、キーンと高い音が響き、剣が少し押し返された。
────何!?────
「危ないなぁ。その剣で本気で切り掛かるなよ。普通の人間だったら死んでたぞ?」
マリアの剣は、その男の剣に押さえられていた。
「私の剣に……ついて来た、だと? 貴様、何物だ? まさか、ライネルが化けてるのか?」
「おいおい、物騒なこと言うなよ。いくらライネルでもその一族の区別をつける瞳の色までは変えられない。ほら、よく見てよ。この瞳、何色?」
その瞳は、よく見慣れた大好きな優しいブルーグレーの瞳だった。
「わかったら、その剣しまえって。俺がその剣苦手なの知ってるだろ?」
そう言ってもマリアは動かず、男をじっと睨み付けていた。
「ずいぶん逞しく育ったもんだね、見た目はこんなに美しく成長したのに。……ねぇ、俺の可愛いマリア」
怪訝な表情で男を見るマリア。
「う〜ん、悪かったよ。驚かそうと思って嘘ついたのは謝る。でも、自分の家で“何者だ?”なんて言われると思わなかったなぁ」
「自分の家だと? ここはゾイと私の家だ。他には誰もいない!」
「まったく相変わらずだよな、ゾイがいないと、いつも俺をゾイと間違うんだから。まぁ、俺、ゾイの真似、得意だから、仕方ないかもしれないけどね」
そう言っていたずらっ子のように目を細め微笑む男……。
「やだなぁ、ホントに忘れたの? 俺は1日も忘れたことなんてないのに」
────まさか、この男……? でも、そんなわけない。────
そう思いながらも、剣に込めた力を緩める。
「あ、解ってくれた?」
それに気付き、男は自分の剣を鞘に戻す。マリアはそれを見ると、警戒は解かず、自分も剣をしまった。
サラサラの黒髪に優しいブルーグレーの瞳、その顔立ち、そして声迄、それはまさしくゾイと同じものだった。違うところと言ったら、この男の方が少し髪が短いくらいで……。
「そんなに見つめないでよ。あ、惚れ直してくれた?」
“俺の可愛いマリア、愛してるよ”そう言う青年の姿がマリアの頭の中を過った。
「何故、ここにいる?」
静かにそう問いかけるマリアに、男はにっこりと笑顔を見せた。
「自分の家に、帰って来たら、いけない?」
その笑顔は、とても見覚えのあるものだった。ゾイとは違う、その笑顔……。
「何故帰って来たと聞いている!!」
だが、マリアはまだ信用しきれずに強い口調で聞いた。
「そんなに怒鳴らないでよ……。母さんが死んだんだ。だから、もう俺がこの家に帰れない理由がなくなった。ただそれだけだよ」
男は、そう言うと、そばにあった椅子に腰掛けた。
「……お母さんが? ……いつ? なんで?」
男の言った言葉に驚きを隠せず、マリアはまだ信じきれていなかった目の前の男の顔を見つめた。
「2年前に病気でね。でも、俺は街での任務が解けなかったから、すぐには戻れなくて。ようやく任期を終えて戻って来たって訳」
「じゃ、……ホントに、お前、リトスなのか?」
「あ、やっと名前呼んでくれたね。……でも、その言葉遣い、どうにかならない? 可愛いマリアには似合わないよ」
マリアの目の前に居る男は、ゾイの双子の弟のリトスだった。
「今、私はアリティア所属第2部隊隊長だ。部下に甘く見られるような言葉は使わない」
「俺、部下じゃないけど?」
「普段からだ」
マリアは、約10年ぶりに会ったリトスにどう接したらいいのか迷い、気不味いと思いながらも、そんなふうにしかできなかった。
「ふ〜ん。でも、さっき俺がゾイの振りしてた時は、普通だったよね、言葉」
「……それはっ……」
答えられずに顔を赤くするマリア。
「さっきの反応といい、……もしかして、まだゾイと何もないの? 10年近く2人っきりで暮らしてて? ……そっかぁ、じゃぁ、俺にもまだ入る隙はあるんだ?」
嬉しそうにマリアを見るリトス。
「何言って……。私とゾイとはそんな関係じゃない!」
「愛してるよ、マリア。昔からずっとね」
ゾイと同じ顔、同じ声、同じ優しい瞳で言うリトスに、マリアは一瞬ドキッとしたが、すぐに首を振った。
「……違う……」
「え?」
悲しげに、ボソリと呟くように言葉を発したマリアに、リトスは目を丸くした。
「……リトスは、いっつも私の気持ちなんて後回しだったじゃない!! 自分の気持ちを押し付けてくるだけ!! 私の気持ち知ってて……」
「あ、やっといつものマリアに戻ったね」
感情的になったマリアに、微笑むリトス。だが、リトスの目には、泣きそうなマリアの姿が映った。
「え? マリア?」
「……リトス……、良かった。私、リトスに嫌われてないんだね?」
「俺がお前のこと、嫌うわけないだろ?」
安堵の溜め息まじりに苦笑して言うリトス。
「あの日から、ずっと恐かったんだ。リトスとお母さんがいなくなってから、ずっと……」
約10年前、突然マリアのライネルとしての能力が暴走し、周りの人間を傷つけた。その時、一番近くにいた母親が大怪我をし、精神的にも深い傷を受けた。それ以来、母親はマリアを見ると恐れ、半狂乱になった。それを見兼ねたリトスは、母親を連れ、この街を出たのだった。
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