第3話 召喚

「おや? これはどういうことかな? 人間の中に私達と同じ臭いのする者がいるぞ」


 そう言ったライネルが見つめる先には、マリアの姿があった。


「お前らの仲間など、この中に1人もいない」


 マリアは、そのライネルを睨み付けるようにして、静かに言った。


「そうかな? じゃ、試させてもらうよ」


 何か小さく呪文のようなものを呟き始めたライネルは、次の瞬間、その右手から、マリアへと閃光を放った。


 マリアがその光を避けようとして目を伏せた瞬間、マリアの目の前でその光が弾き飛ばされた。それは、同行した魔術師が咄嗟に使った防御魔法だった。


「な〜んだ、防御魔法使うやつがいるのかぁ。つまんないの。本気見せてよ?」


「隊長をお護りしろ!!」


 ライネルが行動を起こそうとした瞬間、隊員の1人がそう叫び、マリアの前に出た。


「よせっ! 私の前に出るな!!」


 マリアがそう叫んだのも虚しく、目の前でその隊員は消滅した。


「今……何が……?」


 その出来事に驚きを隠せないマリアは、目を見開いていた。


「あーあ、また邪魔が入っちゃった」


 何事もなかったかのようにマリアを見るライネル。その様子を傍観していたもう1人のライネルが、一瞬でマリアの背後に回り込み、その細い首に腕をかけ、隊員達の方へ振り返った。


「貴様っ……何を……」


「おもしろいな、人間のリーダーがライネルだとは。やっと手ごたえのあるゲームを楽しめそうだと思わないか?」


 マリアの首を絞めるようにしながら、口元だけで薄ら笑いを浮かべるライネル。


「私の忠実な下僕にし、動かすというのもいいかな。でも、その反抗的な瞳も惜しい……」


 マリアの顔を上から覗き込みながら冷たくそう言うライネルに憎悪を感じながらもマリアは必死に堪えていた。自分の中に流れる血の力が表に出ないように。


「マリア隊長!!」


 隊員たちが次々に叫び出す。


「余計な事はしないほうが身の為だ。……もっとも、おまえたちを生かして返すことはしないがな」


 苦しさで、マリアは声も出せなくなり意識が朦朧として来た。


「マリア、しっかりしろ!! おまえは、そんなことくらいでやられるヤツじゃねぇだろ!?」


 少し後ろ……第8部隊にいたイシロスが必死にマリアを見つめる。そしてその後に自分の隊の隊長や周りにいる隊員達に何かを話していた。


「や……めろ……、イシ……ロ……ス、……来る……な」


 その行動に他のライネルの貴族達も気付き、獣を連れて部隊の周りを取り囲んだ。


「さぁ、どうするかな?」


 ニヤニヤとおもしろそうに笑うライネルの1人をマリアはキッと睨み付けた。その桜色の瞳は、かすかに光を帯びているようにも見え、そのライネルは一瞬怯んだ。


「なんだ……こいつ?」


 そのライネルが驚いた次の瞬間、マリアを押さえ付けていたライネルが弾き飛ばされた。


「我が名において命ずる。大地に眠りし偉大なる神魔獣よ、今ここに蘇り、ここに居る全ての人間を守れ!! 我が名は……」


 マリアがそう言い終わらぬ前に大地が大きく揺れ、雷鳴と共に艶やかな漆黒の身体の大きな4本足の一角獣が現れた。その首には、青白い炎のようなたてがみが揺らめいていた。そして、ライネル達を睨み付けているマリアのその瞳は、銀色に輝いていた。


「……マリ……ア?」


「隊長……!?」


 その場にいた誰もが初めて見るマリアの姿に驚愕した。そして、驚いていたのはライネル達も同じだった。


「げっ! こんなヤツ呼び出せるなんて、こいつ、何者だよ!?」


「銀の瞳だと? まさか……」


「知ってるのかよ!?」


「仕方ない、この場は退こう。帰るぞ」


「えっ、帰るって、これからなのに?」


 そう言い合うライネル達を冷たく見つめるマリア……。


「無事に帰れるとでも思っているのか?」


「あぁ。帰らせてもらうよ、私は、ね」


 攻撃的な言葉を発したマリアに不敵な笑みを見せ、そう言った1人のライネル。


となれ!!」


 その笑みを気にすることもなく、マリアは強くそう言い放った。


 すると、周りにいたライネルは一瞬にして灰となり悲鳴もなく崩れ落ちた。


「楽しませてもらった。礼を言う。また会おう」


 1人のライネルが、それを逃れたのか、他のライネルの貴族が消えた後に、そう言葉を残した。


「逃がしたか……」


 悔しげにそう呟くと、マリアはその場に倒れ込んだ。


 

 

 

 



「気がついたか?」


 マリアがぼんやりとした頭で目を覚ますと、そこは見なれない部屋だった。


「ゾイ……、ここは?」


 目の前にいるゾイに問いかける。


「こんな状況でグラディナの側を離れるわけにはいかないからな。ここは、アリティア城のグラディナの部屋の隣の部屋だ」


「こんな……状況……って……? 私、どうしたんだっけ?」


 必死に記憶を辿るマリア。


「今は、何も考えずにもう少し休め。話は後だ。何か飲むか? 食べたいものもあれば、作らせるが……」


 いつもと変わらないゾイを見ていて、少し落ち着いたマリアだったが、気を失う前の事が脳裏に蘇った。


「……ゾイ……」


「なんだ?」


「ごめんなさい。……私は、ゾイとアエリック神父様との約束をやぶってしまった。……人間でいることを……、この血の力を……」


 掛け布団を強く握りしめ、辛そうに瞳を閉じるマリア。


「気にするな。結果、皆、無傷で帰って来られたんだ。お前を除いては、ね」


「……いや、1人……私の目の前で消えた。隊員を1人、死なせてしまった。私は、あの全ての隊の指揮官としても……、人間としても失格だ」


 涙は流さないものの、マリアの悲痛な思いは、ゾイには痛い程伝わって来た。


「マリア、ここで任務の話をするのはよそう。ここは、グラディナがおまえの為に用意してくれた部屋だ。そして、今のおまえは任務に就いていない。俺も緊急事態が起こらない限り、今日はもう仕事はない。だから、ここは、俺達の家と同じだ。誰に気を遣うこともない」


 ゾイの優しい声と、グラディナの気持ちが、とても切なくマリアの心に触れた。


「グラディナ様は、知ってるの? ……私がした事……」


「あぁ。でも、大丈夫だ。グラディナは、昔からおまえのこと全て知っていただろ?」


「うん……」


「こんな事くらいで、あのグラディナがおまえを嫌うと思うか? 逆にとても心配してたぞ。そうだ。おまえが目を覚ました事、知らせて来ないとな」


 そう言って背を向けるゾイの手をマリアは必死で掴んだ。


「もう少しだけ、側に居て……。お願い」


 ゾイは今にも泣きそうなマリアに優しく微笑むと、その手に自分の手を重ねた。


「なんだ、急に子供に戻ったみたいだな」


「……あのね、ゾイ……、聞いて欲しい事があるの。プライベートな時間に任務の話はしないって約束だったけど、今は……、今聞いてもらわないと、私、落ち着かなくて、不安で……。こんな気持ち、あの時以来だから……」


「あの時って、もしかして昔、力が暴走した時のことか?」


 ゾイは、ベッドに腰を下ろすと、マリアの顔を見た。


「うん。あの時も頭が真っ白になって、無意識のうちに力を使ってた。でも、あのあと、魔術師の人達のおかげで、力のコントロールができるようになってたと思ってた。現に今迄、もう10年以上、あの力を使う事はなかったのに……」


「マリア、クロエ様は、どうして貴族レベルのライネルがいると知りながら、お前を行かせたと思う?」


「え?」


「おまえを人間として、この国の優秀な騎士として見て下さっているからだよ。……俺は、本当なら行かせたくなかったけどな」


「ゾイ……」


「でも、あの状況で指揮を任せられるのは、おまえしかいなかった。誰もがそう思ったと思うよ」


 ゾイは、そっとマリアの頭を撫でた。その手から、マリアに優しい感情が伝わる。


「そろそろ、考え方を変える次期なのかもしれないな。もう、昔のようにお前のことを恐れる者はいなくなった。でも、その瞳を見れば、その種族は誰にでもわかってしまう。みんな、それを承知の上で、おまえを認めてるんだ。だったら、おまえ自身、その力も自分の本当の種族のことも受け入れてもいいんじゃないかな? そして、力を押さえ込むのではなく、上手く共存していくことを考えてみたらどうだ?」


「上手く……共存?」


「力を使わないようにするのではなく、上手く使いこなせるようにするんだ」


「そんなの無理だよ。お手本になるような人もいないのに……」


「でも、あの魔獣は、今のところ人間に危害は加えていないぞ?」


「……え? ……あの魔獣って……?」


 マリアはその言葉に驚き、バッと飛び起きる。その視界にある窓の外には、黒い影が……。


「どうしよう……。私、無意識に召還して……。消し方なんて全く解らないし、召還の仕方さえ、今考えてもぜんぜん解らないのに」


 マリアは頭を抱え込んだ。


「マリア、落ち着いて考えてごらん。あの魔獣は、おまえが召還したのは確からしい。だったら、契約者のおまえの言う事だったら、なんでも聞くんじゃないか?」


「……契約……かぁ。恐いなぁ……、私、何を代償に契約したんだろう? 内容によっては、“消えろ”って言っても消えてくれないよね?」


「あれは、お前と全部隊を護るようにしてこの城迄来たらしい。お前は、力が暴走したと思っているだろうが、お前はあれに、“この場に居る全ての人間を護れ”と命令したそうだ。無意識な状態でも、お前は人に危害は加えなかった。部隊を護る為におまえが呼び出したのなら、そのまま、置いてやってもいいんじゃないか? ただ、少々目立つのが心配だけどな」


 マリアはそっと立ち上がり、窓の側へと立った。


「おまえ、小さくなれない?」


 マリアがそう言うと、その魔獣はみるみるうちに小さくなり、窓の外にふわふわと浮いていた。マリアは慌てて窓を開け、手を差しのべた。


「うわ、可愛い……」


 魔獣はマリアの手に乗ると、部屋の中へと引き込まれた。マリアの手のひらに乗ったその魔獣は、マリアの顔を心配そうに見つめた。


「……おまえ、心配してくれてるの? 私なら、大丈夫だよ」


 最初は恐いと思っていたその魔獣が自分の事を心配しているように感じたマリアは、すぐに魔獣への恐怖心がなくなり、そう微笑んだ。


「名前、何て言うんだろう?」


「おまえが、つけてやればいいんじゃないか?」


 ゾイは、そんなマリアに優しい視線を向けた。


「う〜ん……、アクティス(光)なんてどう?」


「どっちかと言えば、こいつ、“闇”じゃないか?」


「でも、みんなを守ってくれたんでしょ? そういう意味では、“光”だよ」


「……そうか。いい名かもな」


「いい? おまえは、これから、“アクティス”だよ。わかった?」


 マリアがそう言うと、アクティスは首を縦に振った。


「おまえ、言葉がわかるの!?」


 その動作にマリアはとても驚いた。


「言葉がわからなくて、どうやって命令を聞くんだ?」


 そんなマリアに苦笑してゾイが言う。


「……あ、そっか……」


 マリアも苦笑して、そう言うとアクティスを見つめた。


 これからずっと行動を共にする事になる、そのパートナーを……。

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