第2話 出撃
「どうした? 何かあったか?」
いつもと違うマリアの様子に、ゾイはマリアの瞳を覗き込むように訊ねた。
「それは、こっちのセリフです。……ゾイ隊長、何かあったのですか?」
「なんだ、何かと思ったら……」
ゾイは、フッと安堵の息をもらしながら微笑むと、マリアの頭にポンと手を置いた。
「笑い事ではありません! それと、子供扱いはやめて下さい!」
マリアはそんなゾイの手を振り払い、ゾイを睨み付けた。
「……私にも話せない事ですか?」
「いや……、まだ口外できない事なんだ。でも、昇級試験が終わったら、クロエ様から発表される」
少し悲しげな瞳を見せるゾイを見て、マリアは不安に襲われた。
「まさか、グラディナ様に何か?」
「相変わらずおまえは勘が鋭いな。……でも、悪い事ではないよ」
そう言って微笑むゾイの瞳は悲しげなままだった。
「……じゃぁ、なんでゾイはそんな顔をしてるの?」
「………………」
ゾイは目を閉じ、ゆっくりと大きく呼吸をすると、再び目を開け、周りに誰も居ない事を確認した。
「……即位……するんだ」
マリアに視線を合わせずに小声で言ったゾイの言葉に、マリアは驚愕した。
「え、でも、グラディナ様は……」
「長い間、国王不在の状態で、近隣の国々にも不審に思われ始めているらしい。それに、このまま王の座が空いたままでは、国民も不安に思うだろう。王族の中でもグラディナを支持している者は多く、長老会での意見も一致している。幸い、グラディナの存在は国外には知られていない。グラディナの即位後、すぐにでも近隣の国々や近くに住むミラフェルと手を組んで、ライネルからの襲撃に備える。それが、会議での決定事項だ」
そう、淡々と話すゾイ……。
「グラディナ様は? グラディナ様の気持ちは? ゾイは、それでいいの? グラディナ様と話したの?」
「マリア、落ち着け。グラディナからはもちろん相談された。これは悩んだ末に、グラディナが決断した事だ。グラディナの意志がない話を、いくら長老会といえど、進める事はできないよ」
ゾイは、マリアの両肩に手を置くと、マリアと目線を合わせるように少し屈んでマリアを見た。
「俺は、グラディナの意志を尊重したい。グラディナが王位を継承するのなら、全力でサポートするまでだ。もちろん、今迄通り、おまえの事も護る」
「私はっ……、もうとっくに護られなくても大丈夫です。この国で私に勝てるのは、クロエ様とゾイ隊長だけじゃないですか」
「あぁ、そうだな。……強く育ったな」
微笑んで愛おしそうにマリアを見るゾイに、赤面して目を反らすマリア。
「当たり前です! 誰が師匠だと思ってるんですか!?」
「あはは、確かにそうだな。この俺が剣を教えたんだからな。その俺の師匠は親父とクロエ様だ。それで強くならないはずがない」
ゾイの表情が明るく変わる。
「ゾイ隊長には、感謝してます。強くなったおかげで、この瞳のことを批判する者がいなくなって……。ゾイ隊長に剣を教えてもらわなかったら、私はずっと忌み嫌われていたと思います」
マリアは、幼い頃ずっと、その瞳とライネル特有の魔力のせいで、周りから恐れられていた。そんなマリアに、自分で自分の身を護れるようにと、ゾイが剣を教えたのである。
子供の頃はコントロールが出来なかった魔力も、今では少しも使う事なく、マリアは殆ど人間と同じ生活をしていた。
“マリア”という名前は、ゾイがつけた。異国の聖母と呼ばれる存在の名がマリアというのだと、本で読んで知っていて、その名前がとても気に入っていた為、ライネルが全て悪いものではないと信じ、マリアの未来に希望を託して……。
「マリア隊長、こちらでしたか。試験の前にお手合わせ願いたいのですが……」
マリアが率いる隊の隊員がマリアを探しに来た。
「あぁ、わかった。今戻る。先に戻っていてくれ」
「ありがとうございます」
隊員は頭を下げると、小走りに戻って行った。
「もうおまえの隊と共に城外へ出ることもなくなるんだな」
去って行く隊員の後ろ姿を見送りながら、ゾイがぽつりと呟いた。
「グラディナ様専属の騎士になるのですか?」
「あぁ。アリティア城から離れられなくなる。俺の隊も城付きになる。そうなれば、おまえの隊が第1部隊となるだろうな」
「……そうですか……」
少し考え込み、俯くマリア。
「さぁ、早く行ってやれ。俺も見てやらなきゃならない奴らが山程いるからな」
「……そうですね。では、話はまた後ほど……」
そして、2人は、訓練所へと戻った。
「大変だ!! 第3都市ポツネリアの西国境付近に多数のライネルからの襲撃が!! 相手は貴族も数名混ざっているらしい!!」
突如訓練所に駆け込んで来た兵士が、息を切らしてそう叫び、訓練所内の空気は一気に張り詰めた。
「昇級試験は、ここまで。残りは後日行う。第1部隊は城の警護にあたり、第2部隊から第10部隊は、魔術師達を連れ国境に向ってくれ。総指揮官は……、第2部隊隊長、マリア・ディミトリアとする」
クロエがテキパキと指示を出していく。
「クロエ様、第1部隊なしでは……、私が総指揮官など、荷が重すぎます」
マリアは、不安げな瞳で訴えた。
「では、どこの隊が城を護る? 私の隊の人数では、もしライネルの貴族から襲撃を受けた場合、護りきれるとは思えない」
「……確かにそうですが……」
「マリア隊長、時間がない。被害が広がらないうちに頼む」
「クロエ様……」
真剣なクロエの瞳に、マリアは下唇を噛み締め、礼をした。そして、意を決し振り返ると、隊員たちに指示を出し、少し遠くにいたゾイに視線を移した。するとゾイは無言でゆっくりとうなずいてみせた。
今迄もマリアの隊とゾイの隊が別々の場所で戦っていたことは何度もあった。しかし、今回は、ゾイの隊と別行動ということが、マリアの心に大きな不安を広げていた。
「マリア様、お気をつけて」
駆け寄って来たアイグレが心配そうにマリアを見上げる。
「あぁ。私は大丈夫だよ。アイグレ、気を付けて帰るんだよ」
「はい。ありがとうございます」
戦闘準備を整え、魔術師達を集めると、マリアは先陣を切って第3都市ポツネリアの西国境付近へと向った。
「つまんないなぁ。もうちょっと手ごたえあってもいいんじゃない?」
さんざん痛めつけた人間に向かい、無気味に微笑みながら囁くライネルの貴族。その容姿は、どのライネルもとても美しく、しかし残忍な冷たい瞳をしていた。その場にいたライネルのほとんどが、深紅の瞳に銀の髪……。同じ一族の者のようだった。人間をすぐに殺す事はせず、死のギリギリまで弄ぶ。そして、死ぬとそれを餌にする。
国境に位置する第3都市ポツネリア。ここは自然が豊かな街で、都市の半分は森林だった。そこを警護する兵士のほとんどが、今、このライネル達に襲われていた。ライネルの貴族の数は4人。そして、獣の姿をしたライネルは数十匹。
「確かに。こんな奴らに我が王の命が奪われたなどとは、思えんな」
負傷した兵士達に冷たい視線を落としながら、そう言ったライネルも、まるで遊びに飽きたように周りを見渡し、溜め息をつき、暫くその場を見つめていた。
「人間って、どんなに強いのかと思っていたけど、これじゃ、森ん中の獣を襲うのと、殆ど変わりないじゃん」
「そうかもねぇ……。もう帰ろっか?」
ライネル達がそんな事を話している時、遠くから馬の蹄の音が聞こえて来た。
「援軍か?」
「やっぱ、そのくらいなくちゃね。もうちょっと楽しめるかな?」
ライネル達は逃げるどころか、援軍を楽しそうに待ち構えた。
「お前達、ここで何をしている!!」
そんなライネルの前に、マリア達が到着すると、ニヤニヤしながらこちらを見るライネルの姿と、その周りに見るも無惨な光景が広がっていて、部隊の誰もがゾッとした。
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