第2章
第1話 昇級試験の直前
マリアが入隊して約1年の月日が流れていた。その間に、第2部隊隊長のエレニが引退し、その後を、アントラクスクラスにまでなったマリアが引き継いだ。
あれからライネルの貴族の襲撃はなく、時折現れるのは、獣の姿をしたライネルばかりだった。
「今日こそ1勝してやる」
城の中の訓練所で、兵士や騎士たちが集まり、昇級試験が行われる。だが、その試験とは別に、剣を交えてる者が2人いた。1人は、明るい茶色の髪にアクアマリンのような澄んだブルーの瞳の青年イシロス、そして、もう1人は、長くゆるやかにウェーブのかかった漆黒の髪をポニーテールにし、赤い紐で結わいている、意志の強い桜色の瞳を持つ少女マリアだった。
「アントラクスの私に勝とうなど、今のお前にはまだまだ到底無理だ」
剣を向けられたマリアは、苦笑するとそう言い放つ。
この国の軍隊での階級は、上からアダマス、スマラグドス、アントラクス、サピロス、キュアノス、カライス、トパソス、サルディオスの8階級である。現在、アダマスの者は、王の代理兼総司令官を勤めるクロエ・カルディツアのみ、そして、スマラグドスの者は、ゾイ・ディミトリアのみだった。
「お前に勝てたら、飛び級もありだろ?」
イシロスはニヤッと笑みを浮かべると真剣な瞳でマリアを見つめた。
「そのセリフ、もう聞き飽きたぞ」
マリアが呆れた様にそう言い捨てるとすぐにイシロスはマリアに向かって来た。が、マリアはそれを軽く躱し、イシロスの喉元に剣先を向け、止める。
「……さ……流石、マリア。畜生、また一瞬かよ」
剣を落とし、両手を上げて無念そうに言うイシロス……。
「おまえが弱すぎるんだ、イシロス」
その様子を見、クスッと笑うと、マリアは剣を鞘に戻した。
「流石、マリア様ですわ。動きに無駄がありませんわね」
その様子を見ていた少女が笑顔で拍手をした。
「アイグレ、来てたのか? おまえにはここは似合わないと何度も言ったはずだろ?」
マリアはその少女アイグレに厳しい瞳を向けた。
「あら、私はマリア様のようになりたいのですもの。似合う似合わないは関係ありませんわ。本日の入隊試験、絶対合格してみせます」
まだあどけなさが残るその瞳は、エメラルドを思わせるグリーンで、髪はみごとなほどに美しく輝くストレートの金髪。“美少女”という言葉がとてもよく似合う容姿だった。
「ゾイ様は、どちらに?」
「ゾイなら、クロエ様のところに居るよ。すぐ戻ってくると思うけど」
「そうですか。ぜひ、ゾイ様の試合も拝見させて頂きたいですから。……マリア様、スマラグドへの昇級試験、お受けになられるのでしょう?」
「あぁ。今度こそ、合格してみせる」
「ご健闘をお祈り致しておりますわ」
自信満々のマリアの瞳に、アイグレは嬉しそうにそう答えた。
「あーあぁ……、せめてキュアノスクラスには合格してーなー……」
イシロスはとても不満げな表情で呟いた。
皆が騒がしく練習をしている中、クロエとゾイが訓練所に現れ、辺りが静まり返る。
「ただ今より、昇級試験を始める」
クロエのその一言で、会場に緊張感が張り詰める。
焦げ茶の少し長い髪を後ろに束ね、威厳のあるエメラルドグリーンの瞳をしたクロエは、そこに居るだけで、とても存在感のある男だった。
「試験後、皆に重要な告知があるので、終了する迄この場に待機するように」
会場が一斉にざわめく。そんな中、マリアはクロエの隣に並ぶゾイがいつもと何処か違うような感じがする事に気付き、少し気になっていた。
そして、少ししてそれぞれの階級の試験監督がそれぞれの場所で試験を始めて行く。
「では、後程」
軽く会釈をすると、アイグレは入隊試験が行われる場所へと向った。
「アイグレもつえーよなぁ……。あれで貴族のお嬢様なんだっていうんだから、
驚きだよなぁ。抜かされないように頑張らないとな。じゃ、俺も行くわ」
イシロスもそう言って手をひらひらと振るとマリアに背を向け歩き出した。
今回の昇級試験でアダマスの称号を受ける者はおらず、スマラグドスへは5名。スマラグドスへの昇級試験は、他の昇級試験が終わり次第行われる。その為、それまで待つ事になるマリアは、ゾイの事が気にかかり、ゾイの元へと歩き出した。
「クロエ様、お久し振りです」
「あぁ、マリア、久し振りだな。今日はスマラグドスだったね。健闘を祈ってるよ」
マリアが丁寧にお辞儀をして挨拶をすると、クロエは優しく微笑んで応えた。
「はい、ありがとうございます」
そう言うとマリアは頭を上げ、真剣な瞳でクロエを見た。
「差し支えないようでしたら、少しの間、ゾイ隊長をお借りできませんでしょうか?」
マリアのその言葉に、クロエはゾイを一瞬見て、マリアへと視線を戻した。
「もちろん構わないよ。スマラグドスの試験が始まるまで、時間はまだまだあるからね」
「ありがとうございます。……ゾイ隊長、ちょっと……」
マリアは深々とクロエにお辞儀をすると、ゾイに近付き、腕を掴んだ。
「あぁ。……それでは、クロエ様、少しだけ席を外します」
訓練所の外迄出て、人が居ない事を確認したマリアは、ようやくゾイの腕から手を離した。
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