5 白き城

 ―やはり、氷で囲まれていた。

 

「さぁ、深淵の詩を唱えてくれ」

 もう目の前に城はある。

 入るだけなのだ。

「ブリュンヒル、ゲイルドリヴル、ゴッル、ゴンドゥル、ヘルフィヨトゥル、ヘルヴォル、レギンレイヴ、スヴィプル、ソグン、スカルモルド、シグルドリーヴァ」

 城の氷が粉砕される。

「おぉ!」

 氷の城の門を邪魔していた氷まで完全に壊れた。

「これで中に入れる!」

 どこからともなく空から何かが飛んでくる。

「な…」

 氷柱。

 また凍らされてしまう。

「誰だ!」

 バルドルが氷柱が飛んできた方を見てみる。

 老人、リヴァス・テラーだ。

 それだけじゃない。

 氷柱を飛ばしたのはリヴァスでなく、隣にいるメイド服の女だ。

 その女の前に水属性の魔法陣が展開されている。

 恐らく先程の氷柱は、水属性魔法の応用だろう。

「リヴァス…そいつは誰だ!」

 翡翠が何故かかっとなる。

「立てつくと凍らされるぞ」

 翡翠の目の前に氷柱が突き刺さる。

「く…」

 翡翠は槍を握った手を握りしめる。

「お前が何故ここにいる!」

 リヴァスに対しての疑問は多い。

「ここにいてはならないか?」

 ゼルネが狂気の視線を向けるが何も気が付いていないようだ。

「その城に入るのか?」

 リヴァスの質問に答える者はいなかった。

「殺されても、知らないからな」

 その言葉だけを聞いて、一行来城することになった。

  

 城の内部は冷たい氷で覆われていた。

 長年、地中で眠りについて、永久凍土にまで干渉していたのだろう。

「はぁ、疲れた」

 城の内部が入り組んでいるわけではない。

 ただ、すっと階段なのだ。

 上り続けて足が棒になりそうだ。

「死ぬ要素がどこにもねぇんだけど…」

 ゼルネがへとへとになりながら階段を上る。

 そろそろ天辺のようだ。

「これで最後…」

 一番最初に辿り着いたゼルネが見た光景。

 皆も追いついてその光景に目を丸くした。

「ここ…踊場じゃん」

 単なる休憩地点のようなものだ。

 階段はさらに上へと続いている。

 永遠に最上階が見当たらない。

 城に入って2時間が経過しても、一番上までたどり着くことは出来ないようだ。

「今日はこの辺で休もう」

 一段目から数えていた翡翠が言うに、1万3000段目の踊り場で寝ることにした。

 用意周到なバルドルにより、毛布一式が与えられた。

「なんかこれ以上進む気が起きない」

 それが本音だった。

 寒すぎて寝られない。

 凍えるような寒さとはこのことだ。

 寝られないので考えることにした。

 まず、いきなり現れたリヴァスのこと。

 そしてその隣にいたメイドのこと。

 あのメイドはこれまで登場していない。

 アングルボザの崇拝者の一人なのか。

 それともリヴァスのメイドなのか。

 本当にあいつが何を目標としているのかが分からない。

 分かろうとする気もないが。

「あの女の正体…」

 いいずれアイツとは決着を付けたくてはならない。

 しかし、あのメイドも異様な雰囲気を放っていた。

 色が抜け落ちたような白い長く、綺麗な髪。

 虚空を見つめるような水色の目。

 誓うように着こなしたメイド服。

 心の底から純悪なリヴァスと並ぶその美貌の持ち主がいるのは実に『歪』のそものだ。

「リヴァスに心を乗っ取られたって感じ」

 まさか。

 エルダの脳内で本当にそうであったら恐ろしいような、妄想が出来上がる。

 リヴァスは娘である、メルダを失っている。

 奴が人の精神体を移動させることが出来るのなら―。

 あのメイドに、メルダの精神を憑依させた。

 本当に、これは妄想に過ぎないのだが。

 この能力が本当にあるのなら―。

 

 という話を翌日皆に告げた。

「案の定ですぜ…」

 翡翠が悔しそうな顔をしている。

「奴は『精神移動の術式』を使うことが出来る」

 バルドルの言葉により、悪夢は確立した。

「しかし、精神移動の術式にも、制約がある」

 制約、すなわち、使用上の注意。

「精神を移動するには、その者の死に同伴しなければいけない」

 たしか、メルダの死にリヴァスは同伴していない。

 そして、メルダを殺したのはアングルボザだ。

 その事実をリヴァスは知らない。

「つまり、あのメイドにメルダの精神は憑りついていない」

 精神移動の術式は恐ろしいが、そうでなくてよかった。

「あと7万台だ」

 何故知っているのか。

 バルドルはここに来たことがあるのか。

「俺が夜の間に頂まで行った」

 完全に気が付かなかった。

「大丈夫だ。『瞬間移動地点印テレポートポインター』は設置してきた」

 この人なんかウザい。

「さぁ、ワープだ」

 

 遂に辿り着いた。

 あったのは白いベールのかかるベット。

 そこに寝ている人物こそ、スカディである。

「死んでる」

 バルドルが城内のように冷たく言った。

 そりゃぁ、長年地中で眠っていれば亡くなるだろう。

「しかし、おかしいなです」

 翡翠は眠るような顔をするスカディを見て言う。

「長年で死ぬなら、遺体はこんな綺麗ではないのでは?」

 たしかに。

 死んだにもかかわらず、遺体はとてもきれいだ。

 まるで、今死んだかのように。

「ご名答」

 忌々しい男の声がする。

「リヴァス!」

 バルドルが剣を構える。

 階段を上ってきたのか、階段の前に先程のメイドとリヴァスがいる。

「スカディは今、『衰弱の術式』が発動して死亡した」

 翡翠がいきなり、リヴァスに槍を突き刺した。

 鮮血が舞い、リヴァスが腹を押さえながら倒れる。

「おい!」

 バルドルが翡翠を押さえる。

「どうした永祁!何があった!」

 リヴァスは悶えるも、すぐに立ち上がった。

「どうしたという…私に恨みでもあるのか…それは確かか」

 永祁はバルドルにすまない、と言って咳払いをする。

「そのメイドは何者だ」

 永祁の目に鋭い殺意が浮かんでいる。

「アスアル・レミンディアです。以後お見知りおきを」

 メイド服の女―アスアルは深々と一礼した。

 名乗った少女の名前を聞いた瞬間、バルドルの目も変わる。

 ゼルネの瞳孔も小さくなる。

 つまり、皆この名前に聞き覚えがあるのだ。

「あの、何が起こっているの⁉」

 エルダだけが理解できない。

「アスアル…それはな、ラグナロクでの―」

 バルドルが喉を殺してまでも言う。

「―唯一の死者だ」

 ラグナロクは巨大な大戦となり、世界規模だったという。

 しかし、英雄の力と深淵の子の力で死者は一人に収めたという。

 その中も一人こそがこのメイドだという。

「そんなはず…」

 普通はあり得ない。

「あぁ、容貌で気が付いた永祁はすげぇ・・」

 バルドルも剣を握りしめる。

「だって『あの頃』のアスアルは髪が黒かった」

 それは分からないだろう。

 今の髪は真っ白なのだから。

「バルドル…」

 永祁はバルドルの肩を叩く。

 リヴァスは未だに何も行動を起こさない。

「その子を返せ」

 永祁はもう一度槍を刺す。

「おやめください」

 アスアルが割込み、永祁の槍を触れただけで粉砕した。

「な⁉」

 永祁の槍は特殊で、代々受け継がれてきたものだ。

「ご主人様へのお触れは許されていません」

 アスアルは完全にリヴァスの物になっている。

 『物』に。

 なんだろう。

 エルダはずっと違和感を感じる。

 本当にこの二人が並ぶのが歪なのだ。

 それと、バルドルがさっきからおかしい。

「あの?バルドル?どうかしたの?」

 バルドルは俯いたまま答えない。

「俺が説明してやるです」

 永祁が槍の残骸を拾い上げる。

「―バルドルの本名は。バルドル・レミンディアなんだです」

「⁉」

 どういうことだろう。

 あのメイドが、アスアル・レミンディア。

 そして、バルドルの家名が、レミンディア。

「時を巡りすぎたんだよ」

 リヴァスが意味深にバルドルに言った。

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Escape from despair ~絶望からの脱出~ 如月瑞悠 @nizinokanata2007

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