4 歪んだ過去

 ―これは、まだ国が南北に分かれている時代だ。


―800年前―


 国は南北で分かれていた。

 それぞれ、南の軍勢は四万。北の軍勢は六万いる。

 北軍の方が圧倒的に有利な状態だ。

 戦の原因は―。

 姉妹の関係のもつれ。

 南の国の女王、シルド・エインヘリアルと―。

 北の国の女王、ソルド・エインヘリアルは実の姉妹だ。

 同じエインヘリアル家。

 どちらも英雄の家系に生まれた少女達だ。

 姉のシルド、妹のソルド。

 関係の拗れは、もう一人の軍勢の存在だ。

 元々この戦争は、姉妹の領地拡大を目的に起きていた。

 しかし、第三勢力の加勢に戦は変わる。

 ショートの蒼い髪、シルド。

 同じく蒼い、編み下ろしの髪型の少女。

 どちらも、たがいに背を合わせ、炎に包まれる戦場に立っている。

「あの勢力…強すぎでしょ…」

「あんた、あんなに兵士いたのに倒せないって言うの?」

 互いに剣を光らせて―。

「行くわよ。」

 兵士に喝を入れる。

『御意!』

 残る兵士は総力を挙げる。

 第三勢力の相手は少女が一人なのだ。

 全員が紫紺の剣に殺されていく。

「あの強さ…尋常じゃない。」

 ソルドが怯えた震える声で言う。

「これだけの勢力を一人で相手するなんてね。」

 シルドも相当疲れている。

 紫の覇気が今も戦場の火を強めている。

「同盟よ!」

 ソルドが突如、同盟を結ぼうと言い出した。

 この戦争の発端も忘れて。

「いいけど、国を一つにするってこと?」

 シルドは批判気味だ。

「今はそれしかないの!私たちの都合ではどうにもできない。姉妹の関係より人々の安全ってお父様が言ってたでしょ!」

 じゃぁ戦争起こすなよ。

「あなたは用意周到だから兵を集めすぎよ…」

「うるさい。」

 喧嘩をやめて、炎の戦場で手を繋ぐ。

「これからこの国は『イニツァラ』。新しい国よ。」

「さっさと倒さないと被害が増える。」

  冷静なシルドが姉を押し切る。

「さ、倒すよ!」

 同盟後、炎の戦場に血しぶきが舞う。

 兵士が無惨にも斬られていく。

 ―たった一人の少女に。

 見苦しいほど兵士は弱い。

 否、少女が強い。

「彼女こそ、メルダ・テラー。」

 エインヘリアル姉妹とテラーの攻防戦。

 国は炎に満ちて崩壊している。

 兵士は大半が戦死した。

 今の戦場には三人の少女の姿しかない。

「あなた…何が目的で加わったわけ?」

 ソルドが剣を首に突きつけて言う。

「―、『闇の大司祭』アングルボザ様のご啓示。」

 そう言った次の瞬間だ。

 刹那だった。

 ―シルドの首があり得ない方向に曲がり、首の骨が粉砕された。

 シルドの背後にいた人物。

「あ…アングルボザ様⁉」

 メルダが驚愕する人物。

 『闇の大司祭』と言う肩書で恐れられる魔女の末裔。

「仕事が遅いから来ただけよ…」

 アングルボザは何も武器を持っていないのにシルドを殺した。

 ―何故。

「私の―私の妹を返して。」

 ソルドの喉につっかえるような声が響く。

「なら、喧嘩なんてしなければいいのに。」

 メルダが冷酷に言いつける。

「あれは!―。」

「つまり、これは『無駄な争い』だった。」

 ソルドが言い終える前にアングルボザが話を遮った。

「あなた達姉妹は決断を誤り、この国に渾沌をもたらした。」

 アングルボザの黒い眼に、紅い殺意が宿る。

「私、嫌いなの。無駄な争いの原因を作る人。」

 ソルドの心の怒りもそろそろ限界だ。

「あなたに、何が分かるの⁉」

 ソルドの剣はアングルボザの腹に刺さり、鮮血を浴びる。

「―⁉」

 一瞬で、二回の出来事が起きた。

 その出来事にメルダは驚いていた。

 剣が刺さると同時に、ソルドの心臓が破裂した。

「全く…余計な事をするんだから…」

 アングルボザは自分の腹に刺さった剣を抜く。

「大丈夫…なんですか?」

「えぇ、私はこの程度の傷では死なない。」

 怪しげに唇を舐める。

「―さようなら。」

 その時メルダは、何の『さようなら。』なのかが分からなかった。

「それは…どういう…」

「祭祀は悲しんで恨むでしょうが、これが運命よ。」

 アングルボザの目に映るのは殺意ではない。

 後悔だ。

「あなたを殺すことで、『在るべき姿』に一歩近づく。」

「そ、―。」

 メルダの言葉を遮るように、首がね飛んだ。

 取れた首から血しぶきが舞い、体が崩れ落ちる。

「あなたの犠牲は無駄にしない。」

 炎の戦場に落ちた首を見ながら言う。

 三人の姉妹の死骸が、アングルボザを睨むように転がっている。

「この国はいずれ滅びる。」

 アングルボザが加虐趣味なわけではない。

「―ヘルあの女と同じなのよ。運命を勝手に変えるな。」

 紫のローブを脱ぎ捨てる。

「―セカンド・ラグナロクの時は近い。」

 そう呟いて、『過去』が終わる。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 樹の前で、一同は目覚める。

「これが…リヴァスが見たかった過去…」

「娘を殺したのが誰かを突き止めたかったのか…」

 翡翠とバルドルは意味深に語り合う。

「あの…メルダってねぇちゃんを殺せば『在るべき姿』に近づくって言ってたな。」

 ゼルネが一言の感想を言う。

「―、ブリュンヒル、ゲイルドリヴル、ゴッル、ゴンドゥル、ヘルフィヨトゥル、ヘルヴォル、レギンレイヴ、スヴィプル、ソグン、スカルモルド、シグルドリーヴァ」

 一同の視線が、エルダに集まる。

「何故…何故エルダがその歌を⁉」

 翡翠が槍を取り落としてまでも驚く。

「…深淵の詩。」

 バルドルがエルダの目を見て言う。

「と、いうことは!」

 バルドルが勘付くのとほぼ同時に、エルダが輝いた。

「そんな馬鹿な…」

 翡翠が呆然と見つめている。

 ゼルネがあんぐりと口を開けている。

 ジュアが目を細めて見つめる。

 バルドルが―。

「お前は…ワルキューレだったのか。」

 クリステロイ家の祖先、リアラと言う女性もエインヘリアルだった。

 しかし、エインヘリアル家の祖先、ライナと話し合いの上、元の苗字に戻したらしい。

「エインヘリアルの血は流れていた…その歌を詠んだということは…」

 バルドルが文献通りになるという。

「私は…何か言いました?」

 前回のハルカカナタと同じだ。

 言葉にした記憶がない。

 エルダの性格的に嘘をつくとは考えにくい。

「杖が…変わってる…」

 持ちなれた木製の杖ではない。

 オレンジ色のメッキがかった魔法杖だ。

「これは…『黄昏の杖』…」

 ライナは『深淵の杖』を持っていたという。

「お前は覚醒したんだ…」

 バルドルの声は、深淵の大陸に響いた。


―ヴィクティリア領 キャルマ村―

 

 一同は村に帰ってくる。

「まさか、エルダにそんな力があったとはな。」

 ジュアが驚いているのかよく分からない口調で言う。

「実感はないけど。」

 それが素直な感想だった。

 その時だ、地鳴りがする。

「まさかアニマス⁉」

 違った。

 ヴィクティリア領最高峰の山、アルグエルア。

 その山の麓が地鳴りの原因だ。

 大地が盛り上がり、何かが地面から姿を現す。

「これは…城⁉」

 西洋風の城が姿を現す。

 周辺には春の陽気が流れていたのに、氷が芽生える。

 無数の氷柱が地面から現れた。

「あれは確か『スカジの城』…氷の女王、スカディが封印された城だ。」

 その白き城壁の美しさに、エルダは惚れていた。

「征くべき場所が出来たようですね。」

「容易に入れる場所じゃねぇです。」

 翡翠が征くという目論見を破壊した。

「あぁ、あの氷は魔法では溶かせない。」

 あの城が堀ではなく、氷で囲まれている。

「じゃぁどうやって中に?」

 入れないではないか。

「エルダ、あの詩を覚えているか…」

 バルドルは自信なさげに言う。

 なにせ、深淵の詩は本人が歌った記憶にないからだ

「あそこに近づけばわかるかもです。」

「地質的にあそこに行くには登山慣れしなければならない。」

 ティアマンテが助言する。

「決行は明日だ。それまでに準備を。」

 

 ―その城に、答えは在るのか。

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