琥珀
若子
教室で、ひとり
そう遠くない距離から騒ぎ声が聞こえる。その音は僕を取り囲んでいるようで。僕を、監獄の中に閉じ込めているようで。僕はいつもその輪をどこか見下すような心もちで眺め、そしてその度、僕の心は冷たくなっていった。
……羨ましいなんて、思ってはいけない。思ってしまえば、きっと僕は壊れてしまうから。だから僕は、気を紛らわすために、これ以上騒ぎ声に心を動かさないために、しまっていた宝石に目を落とすのだ。
世界各地でとられる琥珀という宝石。一見ただの茶色に見えるそれは、黄金の輝きを秘めていて。それを見ると、何故だかほっとするのだ。そしてまた、心のどこかでその輝きを追い求めている自分にも気がついていた。なぜこの輝きを追い求めてしまうのか。それはもう僕のなかで結論が出てしまっていて。
僕がずっと目を背けてきていたもの。僕が追い求め、そして諦めてきたもの。渇望していながら、それを得る努力をしていないもの。教室内で騒いでいる人たちがまとっている空気は、この琥珀の輝きとは違うけれど。でもそういう人たちが出す輝きを僕は出せるわけもないから。だからせめて、このおとなしい輝きを僕に。
誰にも気づかれないようにため息をはく。こんなの、ただの幻想で。ただの願望に過ぎなくて。どんな輝きであろうとも、自分が努力しなければ手に入らないということは自分がよく分かっている。分かっているのだけれど、行動を起こせない僕はただの弱虫で。この輝きを、自分から出せるときは無いのだろうなと思う。
耳に足音が近づいてくる音が入ってきた。途端に、呼吸が一気に浅くなる。いやだ、こっちに来るな。自分が実はすごい明るいやつだったならどれだけいいだろうか。心拍数が上がる。冷や汗が湧き出る。人って、どうして会話ができるんだ。どうやって、会話を成立させているんだ。
たまらなくなって、腰を上げた。逃げるようにその場を離れようとした。はなれようとした、のに
「月山!飯一緒に食べようぜ!」
断りたかった。自分を、こんな不様な自分をさらけ出したくない。しかし断るなどできるはずもなく、僕は首を縦に振った。たまに話しかけてくれるこの黒井太陽という男は何を考えているのか。屈託のないこの笑顔に、裏があるように見えて仕方ない。
僕はビクビクしながら、黒井と共に屋上へと向かった。
「…なあ、なんで、僕に話しかけてくれるの?」
太陽が容赦なく照らす屋上。ぐるりとあたりを囲むフェンスに体重を預け、そう問いかけた。
ずっと疑問だった。名前の通り、それこそ太陽のように明るく、みんなを惹きつける魅力のある彼がなぜこんな僕を気にかけるのだろうか。僕なんかよりもっと面白いやつが周りにいるだろうに。何故僕を誘うのか。
問いかけたはいいものの顔を見れるわけもなく、ある程度残っている弁当箱の中身を凝視した。
「んー、お前から見たらどう見えるのかは知らねえけど、俺、そこまで人気者じゃないしな。それに、あいつら俺使って面白がってるだけだろ。そんなやつらといるよりも、月山といたほうが安心するんだ。」
「…でもお前、別に俺に心を許してるわけでもないだろ?」
昼食を食べているあいだ、いつも黒井は笑顔だ。そして、その笑顔が無になる瞬間があることに、最近気づいた。笑顔が無くなる瞬間のひどく冷たい、温度を感じさせないような氷のような表情。その顔を初めて見たとき僕はえもいわれぬ恐怖を覚えた。そのときはまだ仲がいいと思っていたから、余計に。
………こいつは、誰にも心を許していないのか
「なーに言ってんだ。ちゃんと信頼してるぞ?」
きょとんと顔をかしげるのは、心から思っているのか、それとも演技か。……もしくは、黒井自身が自分の気持ちに気がついていないのか。
ぎゅっと、ポケットに忍ばせていた琥珀を握る。どこかの国では、琥珀という言葉は太陽の輝きという意味があるらしい。こいつは本当に、太陽のようだ。ひどく明るい笑顔と話術で人を惹きつけその人を明るく照らす。しかし実際は、一定の距離を保ったまま、さらに近づくことを許さない。明るく、温かく、しかし孤独な黒井太陽。
僕はこれからもこの太陽に寄り添われ、身慈悲に照らされて、そして孤独を過ごすのだろう。
琥珀 若子 @wakashinyago
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます