うちの班に襲い掛かる困難。

@tatsumaki_10

第1話 始動

私の名前は佐久間香織。この会社に入社し三年目。やっと仕事の内容が頭に入ってきて動けるようになってきて仕事を楽しめる余裕も出てきた。

 まだまだ寒い一月には今後の異動希望面談が行われる。特に希望はないが、今いる部署は3年目。もうそろそろ異動するだろうなと、自分でも心づもりはできている。でも一つだけ行きたくない部署がある。それはM-5という部署。名前だけ聞けばかっこよく感じるけど、その意味を知るものはごくわずか。うわさで聞いたのは何でも屋ということだけ。とにかくなんでもやらなければいけない部署らしい。今まで同期や上司は配属されたことはなく、情報は無いに等しい。しかも、その部署に配属された後の移動先は地方に飛ばされるとか。そんなの絶対嫌。私はここ東京でどうしても暮らさないといけない義務がある。だから絶対に地方に飛ばされたくない。

 そのためには、希望部署はしっかり書かないと。

「とは言っても、次の部署か、、どこがいいかな」

 佐久間はボールペンを鼻と口の間に挟み、頬杖をつく。パソコンの画面の光が眩しい。

「佐久間、まだ異動希望で迷ってるの?」

「うん、なんか何やりたいかよくわからなくてさー。かといって書かなかったら書かなかったでM-5 に飛ばされても困るし」

 同期の山下の気配を背後に感じながらも目にはパソコンの画面が映りこむ。

「大丈夫よ、M-5は頭のいい人しか異動してないみたいだから」

「ちょっと何それ!!否定はできないけど!けども!!」

「ごめんごめん、つい本音が。まあ、だから適当に書いても大丈夫だと思うよ」

 じゃあねと手をひらつかせ去っていく山下の背中を初めて見て大きくため息をつく。

「まあ、だよね。こんなに悩んでも希望の部署に行けるかなんてわからないし、とりあえず総務課にしとくか」

 キーボードに指を落としリズミカルな音が響く。

 本日締め切りの異動希望調査を上司にメールで送付し、一仕事終えた合図化のように椅子にもたれかかり手を伸ばす。

「はあ、終わった終わった!ってえ!?もうこんな時間!?もうこんな日まで残業なんて!帰ろ帰ろ!」

 伸びきった背筋を勢いよく戻しパソコンのシャットダウンボタンを押す。完全にシャットダウンをする前にコートを取りに行きマフラーを巻く。デスクの上をそれなりに片付けて靴を履き替える。

「忘れ物無し!あーもう!チキンとケーキ買って帰ろ!クリスマスまで仕事なんて休みとれば良かった!」

 床を叩く音が事務室中を駆け抜ける。明るい光で包まれた事務室は一瞬にして暗闇になり、カチャリという金属音のあと静寂に包まれた。

 事務室は静まり返り時計の秒針の音だけが響いていた。

―ピロリン―

十二月二十五日 午後九時四十五分 時計の秒針とは明らかに異なる音が響く。そのメールは今彼女のものへ届いた。


朝日が差し込む。遮光カーテンを勢いよく左右に引っ張り日照時間の少ない太陽の光を浴び目を細める。

「最近天気悪かったけど、今日はいい天気!なんかいいことありそう!」

太陽に向かって思わず上がる口角。鼻で大きく息を吸い太陽に背を向けた。

 空気が頬を刺すかのように冷たい。太陽の光とは裏腹に冷たい空気は体を強張らせる。無意識に上がる肩で首に当たる冷たい空気を塞ぐ。

「寒い、こんなに晴れてるのに。早く職場いって暖まろう」

 自動ドアに駆け込み、入場ゲートを抜ける。強張っていた体は一気に解放され、温かな空気に包まれていく。先ほどまで動きを感じられなかった血液が、体中を駆け巡っているかのように感じるほど、体温の上昇を感じた。

「おはようございます」

「あ、佐久間なんかパソコンついてたぞ」

「え!?!?本当ですか!?ほんとだ。。これ鈴木課長には内緒にしておいてください!お願いします!」

 エンターキーを連打して起きるパソコンの画面。パスワードを入力して立ち上がる。

「ん?なんだろう。メール来てる」

 取引先との連絡はメール画面を開かなければメールが来ていることは確認できない。だが、今佐久間が見ているのは右下にポップアップされている社内メール。

(昨日あの後だれかからメール来たのかな?でも、残ってたのって私だけだったよね)

 疑問に思いながらカーソルを合わせた。


 時は戻り昨日夜。

「早く帰ろう!チキン未だ売れ残ってるかな~。ん?」

 目の前の殺伐とした雰囲気に思わず影に隠れた。何が起きているのかはわからないが、殺伐としていることには変わりはない。

「なにあれ」

 佐久間は息をひそめながら陰に隠れ様子を伺う。

「大丈夫!」

「いや、でももう無理だ…」

「諦めないでください!必ず突破口はある!絶対に乗り越えられます!」

頼りない言葉とは正反対の声と共に四人は一斉に動き出した。

「宝くじ売り場の営業時間は八時までよ!」

「日本橋から銀座までは三分です!」

「まって、荒川さん、銀座駅から売り場までの経路は頭に入っていますか?」

「え!?銀座??銀座はあまり、、」

「では有楽町はいかがですか?」

「有楽町ならわかります!有楽町でいつも降りて宝くじを買いに行っているので!」

「木村君日本橋から有楽町まで!」

「は、七分かかります。しかも新橋で乗り換えるので実際はもう少し時間が必要かと」

「やっぱり間に合わないk」

「荒川さん、有楽町の土地は頭にはいっているんですよね!?」

「は!はい!!」

「木村君新橋経由で集約するわ」

「でも!乗り換え時間大丈夫でしょうk」

「いくら早くその土地に着いたとしても本人が経路を知らないのでは意味がないでしょう!?朝倉!」

「はい!銀座線は二号車か四号車に乗ってください。間に合わなかったらとにかく電車に乗り込んで電車の中を歩いて」

「え?えっと・・・!」

 汗をかいて混乱する姿をしり目に、四人はあらゆる情報を発していく。

「何この人たち・・・。宝くじ?営業時間?どういうこと?」

「OK!澤田!集約!」

「今やってる」

 澤田と呼ばれる人のキーボードをたたく指が見えないほどに速い。

 佐久間は気づけばその光景を見入っていた。わからない単語だらけ、分からない光景。この現場には今何の雑念もなかった。ただ目の前の問題を解決しようとすることに全力で挑む四人の姿だけが佐久間の目の中に映っていた。そして、佐久間は集中するあまりこの光景を記録されていることに気づくことはなかった。

「荒川さん、七時一分日本橋発の銀座線にひとまず乗ってください!乗ったら五分乗り換えまでに時間があります。その時間で私たちが送る行動予定を確認してください!!その通りに荒川さんが乗り継ぎすることが出来れば新幹線も間に合います!」

「え!?」

 コートと鞄を渡し出口へと足早に歩いていく。

「早く!この問題を解決するのは私たちじゃない!荒川さん自身なんです!今日はありがとうございました!!明日の商談頑張ってくださいね!ご武運を!」

「は!!!はい!!!」

自動ドアが開き冷たい風が入り込んでくる。荒川という男はコートと鞄を抱えて走り出した。

その後ろ姿に頭を深く下げる。振り向かず走り出した男の速さとは正反対にゆっくりと閉じられる自動ドア。そのドアの閉じていく姿を眺め、スローモーションのように動く現実。何が起きているのか佐久間には何もわからない。ただその場に立ち尽くしその光景をただただ眺めていた。

自動ドアが音もなく閉じ冷たい空気が遮断される。次の瞬間・・・

「澤田集約は?荒川さんが駅に到着するまであと三分よ!」

「わかってる。有楽町に着いてから三十分の宝くじ購入時間を設けた。荒川さんの足だと改札を出て走って十分弱はかかる。そこから並んで購入まで間に合うかってとこだ」

「欲張らなければ間に合うわね。まあ、購入後のダッシュも必要でしょうけど」

「いやー間に合ってほしいですね!」

「送った。これでいいだろう。京浜東北から新幹線乗り場までの乗り換えを約十分に設定したが、欲張らなければ土産も買えるな。ただ、ICじゃないと無理だな」

「荒川さんのICを遠隔操作しチャージ済みです。携帯のICで良かったですよ」

「朝倉流石ね。皆お疲れ様。後はこちらでやることはないわ。荒川さんからの完遂報告を待ちましょう」

 同じ会社の同僚のはずだが見たことのない人物と目の当たりにした光景に言葉なく立ち尽くす。

「さあ、事務室に戻りましょう」

 こちらに近づいてくる足音から逃げるように近くのトイレへ駆け込む。上がるはずのない息を整えて顔を上げた。

その時、鏡に映った自分の目がなぜだかとても輝いて見えた。


 ゆっくりと動くカーソルを見つめながら右手の人差し指に少し力を込める。軽い音が二回した後、画面いっぱいにメール画面が表紙された。

「・・・嘘」

 佐久間は右手で口を覆い目を見開いた。

 空から白い雪が降り始めた。朝晴れていた空は厚い雲で覆われている。

 窓に近づき雪を眺める人、東京の雪珍しさに写真を撮る人、その中で一人、佐久間は音を遮断されたかのようにパソコンの画面を見つめ続けた。



十二月二十五日 九時四十五分

【件名】昨日の件

企画部企画課 佐久間香織殿

 お疲れ様です。

 本日問題解決を行った荒川氏の件について、佐久間さんが一部始終を監視されていたことが分かりました。よって本日十二時十分に十五階社長室までお越しください。

※このメールは監視されています。

 転送、コピーはできません。既読がついた後一分後に強制削除、PCの再起動が行われます。



 画面が暗くなり、再起動が始まる。何かが起きている。昨日の出来事は何だったのか。佐久間は真っ暗になったパソコンの画面を眺め続けた。起動するパソコンとは違い、静止する佐久間は唾をゆっくりと飲み込んだ。



同期の山下からの昼食を断り、震える手で十五階のボタンを押した。

 メールが削除されたあと、携帯のメールに裏口のエレベーターから十五階へ来るように指示が来た。はじめて乗るエレベーター。社員用のエレベーターとなんも変わらないのになんだか音が静かに感じる。緊張していて聞こえないのか、本当に音がしないのか。

 佐久間の心と裏腹に明るい音が鳴り、エレベーターの扉が開かれる。何も変わらないエレベーターフロア。一つ変わっているのは赤いじゅうたんが敷かれていることだけ。エレベーターから一歩足を踏み出しその赤いカーペットに体重を乗せる。毛足の長いカーペットの柔らかさで少しぐらつく足元は、今の佐久間の心を読み取っているかのようだった。

「こんにちは。佐久間香織さん」

 毛足の長いカーペットに気を取られ足元を見ていた佐久間は勢いよく顔を上げた。

「ようこそ、M-5へ」


 降り出した雪は更に勢いを増し視界を遮った。

 外を歩く人たちは皆前かがみになり冷たい雪の攻撃に耐えていた。

 それはまるで、今の佐久間の心を表しているかのようだった。

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