空っぽだった私へ

@yumesaki3019

第1話空っぽだった私へ

 「えー…言いづらいのですが、赤ちゃん…娘さんの身体は弱く病気にかかりやすいのです。普通の生活は出来ない可能性が高いです。障害もあるかもしれません。どうなさいますか?」

「…分かりました!私は、娘の全てを背負って育てていきます!」

 出産記念のビデオレターには決意も含めてか医者からの告白とお母さんのメッセージまで写っていた。もう擦り切れるほど見た動画だ。だからといって私の慰めにはならないのだけれど。

 私、松尾優香は生まれつき誰よりも身体が弱かった。少し動くだけでも息が切れ、ちょっとした気圧変化で頭を痛める。普通の学校生活なんて困難だ。そんな人生を送ってきた。そんな私はその代わりに本の物語に、この街の都市伝説に胸を躍らせていた。体調が良くなって退院してはまた悪くなり入院…そのサイクルの連続だった。もう何度目かも分からない。苦しい。辛い。逃げ出したい。



 しかしそれにも限界があるわけで。心が持たなくなっていた。私は心からうんざりしていた。どうにかしようにもその手段が思いつかない。逃げ出したい。けど上手くいかない。

 だから、私は都市伝説を利用する事にした。

 私の街には数多くの都市伝説がある。学校の噂やとある会社の七不思議、そして…大橋から飛ぶ話も

 あった。様々な不思議の中、私は【ある不思議】に願う事にした。

 私は昔から不思議と触れ合ってきた。霊感がある、訳でもない。何故か好かれている様に感じた。

 幼い小学一年のある日、泣きながら下校していた時、私はとあるコンビニに迷い込んだ。

「何、ここ怖いよ」

 第一印象は最悪だった。無理もない。そのコンビニはやけに薄暗く別世界である事は一目で分かるからだ。時々蛍光灯がぱち、ぱちっと切れかける。

 潤んだ目で店を見渡すが自分以外の誰も居ない。心細くなりますます号泣しそうになる。そんな中見慣れてたから、安心できるからとお菓子売り場の前に居た中、商品棚にあるお菓子が目に止まった。

「空っぽラムネ??」

 ラムネ瓶にビー玉は入ってはいるのだが、ラベル「空っぽラムネ」と名前が付いている。意味は分からないが、美味しそうだ。一本手に持ち、レジに向かう。レジには誰も居なかった。

「ご、ごめんなさい、誰か居ませんか??」

「あ、はーい。今行くねー」

 中性的な可愛いらしい声が聞こえる。暫くした後、現れたのは、綺麗に整えられた金髪に黒メガネ、そして赤ジャンパーにジーパン。そしてそれなりの乳。まるで創作の主人公の様な、悪く言えば子供の様な服を着ていた。とても仕事着の様な服ではない。

「いやー、ごめんね。ちょっと兼業しててさ。まさかこっちに人が来るなんて。不思議な事もあるもんだねぇ」

「ケンギョウ??こっち??何言ってるの??」

「君が記念すべき1人目のお客様って事だよ。ちょっとした真似事だったんだけど、実際に人が来るとワクワクしちゃうね!!!」

 ふふっと笑いながらこちらを見てくる。

 何を言っているのか、正直今も理解していない。ただ、不気味だ。

「あの、これ欲しいの」

「あー、それね!!空っぽラムネは私の自信作なんだよ!!良いセンスしてるじゃない」

 水晶の様な眼でこちらを見てくる美青年。笑いながらもどこかおかしい。

「お金も何もいらないよ。たださ」

「何?」

「君の、人生を、見ていたいな」

 その瞬間目の前が暗み、店員の顔が見えなくなる。

 あはは、と笑い声が聞こえた。ただ、蒼く光る眼が印象に残っている。

 気がつくと私は自分の家のドアの前に立っていた。おかしい、コンビニに居たはずなのに。何より一番の不思議は、買ったはずの「空っぽラムネ」が鞄を探しても探しても見当たらないのだ。まぁ、いいかとその日は忘れ記憶の彼方に飛んでいっていた。



 思い出すキッカケになったその日、私はバスに乗り大橋に来ていた。この街の名所として知られている。だが、私も図書館で調べて知った事なのだがこの橋の真下の海流は複雑に入り混じっており、一度落ちたら浮いては来れないらしい。どこよりも目立つものの、飛び降り場所として知られていたようだ。深夜に恐怖でガチガチに震えながら私は大橋の手すりに手掴みし乗り越えようとする。そして橋の外側、一歩歩けばすぐ下に落ちるところまでくる。そして。私は。

 …手すりを再び乗り越え橋の内側にいた。身体全体が震えている。だめだ。これじゃ、ダメなのに。空に、落ちれなかった。飛べなかった。もううんざりする。

「もう、いや、なのに、まだ…うん…うわぁ!!!!!もうやだぁ!!!!!!」

 子供の様に駄々をこねる如く叫ぶ。

 私は、今までも、飛び損ねていた。何度も、何度も、何度も、何年も、何年も。中学生になるまでもずっと、ずっと、ずっと、失敗してきた。飛ぼうとしても何一つうまくいかない、家族に縋りつかれ、病気にも邪魔されてきた。誰も友達になってくれなかった。助けてくれなかった。今迄の、中学生までの記憶が蘇る。どうして、どうして、最後に勇気が出ないんだ。地面に蹲り、泣き叫ぶ。もう嫌だ。だが、その日は、少しだけいつもと違った。

 足が何かに、ガラスにぶつかった音がした。なんだろうと手元を探すと。そこには、幼少期に不思議なコンビニで買っていた。「空っぽラムネ」が落ちていた。手ぶらで歩いて大橋まで動いていた筈なのにどうして手元にあるのか、誰が置いたのか、なんて分からない。考える余裕はない。自棄になり、瓶を開け、飲んだ。中でビー玉が転がる音がする。カランッと響いた。

 そして、私は、ふらっと倒れ困惑したまま、暗転した。

 真っ白な空間に私は居た。真っ白な床に私は立っていた。眩しさから上を見上げてみる。

「凄い…綺麗」

 今迄見てきた中でも一番の青空が広がっていた。

 見惚れていると


「やぁ、元気??」


「えっっ??」

 私が、幼少期の私が、目の前に立っていた。思わず目を凝らす。しかしどれだけ目を擦ろうと、ほっぺたを両方つねっても。目の前から幼少期の私は消えなかった。

「…なんで」


「今迄散々、不思議は見てきたでしょ?これくらい大したことじゃないって」

 幼少期の私は続ける。


「今日は、お礼を言いたくてここにきたんだよ」

 お礼?なんだろうか。私は何もしていないし、むしろ生きているだけで罪なのではないか??体も弱いし何も出来てないし…幼少期の私から今の私を見たら寧ろ軽蔑されると思っていた。怒られると思っていた。

「なんでこんなみっともない生き方をしているの」と言われると思っていた。


「生きてくれて、ありがとう」


「えっ??」


「あのね、生きる事って大変なんだよ。私みたいに身体が弱い人なら尚更」


「でも、私は、何度も、空に消えようと」

 泣きそうな小さな声で私は反論する


「それでも生きてくれたじゃない」


「何も創作も出来てないんだよ??寝てばっかりだし勉強だって出来てないし。スポーツも苦手だし。」


「それでも友達を作ろうとしたり、学校に行こうとしたでしょ」


「そんな、私は」

 私は、違う、そんなに良い子ではない。だって私は、逃げようと。


「何より最後まで踏みとどまってくれたじゃない。

 それだけで百点満点だよ」


「甘いよ!!!!」

 それは違う、違う。違う!誰だって出来る事だ。人より秀でている訳でもない。


「そんなんじゃ足りないでしょ!?特別なところなんてないじゃん!!!!今はいいけどこれから先はどうすればいいの!?仕事なんて出来ないかもしれないし家族から見放されるかもしれない!それでもその不安を抱えながら生きろっての!?甘いにも程があるよ!!」


「いや、考えすぎじゃない??」呆れた顔で、少し悲しげに続ける。


「生きてる限り、可能性があるじゃない!!!」

 と強く、強く、言い切る。

「ッッッッそうかも、しれない、けど」


「それに、そう、知ってる??心はね、お薬の効果によって改善する事があるんだ。前向きになれるんだ。もし、生きるのがしんどくなったら精神薬をお医者さんに相談してみるといいよ。お母さん達もいるじゃない。」


「だから、独りだと思わないで欲しい。そして、心が苦しいならしんどいなら、お医者さんに薬を頼んでみて欲しい。」


「大丈夫、私は、そばに居るからさ。自分自身だからね、大丈夫、大丈夫」



 私は、いつのまにか泣いていた。


 幼少期の私は、ただ笑っていた。


 なんでこの人は…肯定してくれるんだろう


 とても自分とは思えなかった。こんなに前向きな人が私の中にいるのだろうか。




 また、私は、玄関の前に立っていた。やっぱり家を出た時と同じ姿だった。「空っぽラムネ」はやはりどこかになくなっていた。ドアを開けると

「優香!!どこ行ってたの!?心配したじゃない!!!!」

 とお母さんが強く抱きしめてきた。苦しい。けれど「ありがとう…安心するよ」

 とお礼を言う

 驚きながらもお母さんは続ける

「…優香どうしたの?何かいい事あった?」

「なんで??」

「何か、スッキリした顔になってるわ、長年の問題が解決したかの様な」

 と微笑み返してくる。恥ずかしいから自室に戻ろうとする。途中でお父さんとも会った。

「優香、最近深夜に出かける事多いが何か悩みでもあるのか??」

 心配そうな目でこちらを見つめてくる

「ごめんなさい、もう大丈夫だよ、心配しないで」

「そっそうか…うん、なら大丈夫だな!」

 と頭をわしゃわしゃ撫でてくる

「ちょっと!やめてよお父さん!」

「よし、ちょっと笑ってくれたな!お父さん嬉しいぞ!!」と豪快に笑った。

「なんか、優香変わったわね」

 とかすかな声が聞こえた

「あぁ、そうだな。嬉しいよ」

 でも、無茶しない様に支えなくちゃな

 と優しげな声も聞こえた。

 2人は、お母さん達は、優しい。嬉しいな。



 次に「空っぽラムネ」を飲む事になったのは久々に入院した時だ。あまり悪い病状ではないので、私は4人部屋に入れられていた。あの日の約数日後に私は先生に相談して精神薬を追加してもらった。副作用が出てこないか注意する為に通院する事になった。精神薬の効果は数ヶ月待たないと現れない。長期間入院しなくてはならない事になった。

 そこで、だ。私は毎日日記や創作を始める事にした。病院にスマホは勿論、画材を持ち込んでもらい、ひたすら創作に力を入れる。ボーっと無作為に生きるのではなく、何かを残す毎日を目指した。毎日毎日下手ながらも積み上がる物語が、まるで子供を見るかの様に愛おしく感じた。

 私は特にお絵かきが得意だった。外の風景を模写してみたり、小道具、積み木を持ってきてもらってはデッサンしたり…自分の手で何かが生まれる事が嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。少しずつ、少しずつ、私の中学校生活に、人生に色がつき始めた。

 彼女と出会ったのはお絵かきを初めて一ヶ月の頃だった。

「ちょっと!!私は入院したくないんだけど!!」

「ダメよ!!貴方足を骨折してるのに何言ってるの!?安静にしてなさい!!」

「だって!だって!!サッカーの大会はもう数日後なんだよ!私もサッカーがしたい!」

「もう諦めなさい!運が悪かったのよ!」

「だってぇ!だってぇ!!」

 女の子の号泣する声がする。親子喧嘩の様子がこちらに響いてくる。彼女は中学生ながらもサッカー部に所属していたらしい。サッカーか…少し羨ましい。バタンとドアが閉まる音がする。彼女は今も啜り泣いてる様だ。どうしよう、話しかけるべきなのだろうか…。悩んでいるうちに、悩みすぎたからか何も生み出せず、夜になってしまった。

 夜中に目が覚め、持ってきてもらった本を読んでいると自分の枕元に

「空っぽラムネ」

 が置いてあった。これは、うん、おそらく

「飲めって事だよね」

 私は覚悟を決め、ぐいっと飲んだ。ビー玉が

 カランッ

 と鳴る音がする。そして私の視界は真っ暗になった。


 再び真っ白な床で青空の綺麗な場所に来ていた。今回は追い詰められてないからか、周囲がよく見える。空は太陽と月が光っており、凝らしてみると昼にも関わらず星が見えていた。心地よい風も吹いてくる。ずっとここに居たいと思わせる程心地の良い空間だった。


「おーい!!意外と早かったね!!」

 幼少期の私が手を振って笑いかけてくる


「うん!結構早かった!!」

 私も手を振り笑いかける。


 さて、今日は何を話そうか


「大丈夫?前に比べたら落ち着いた??」


「うん、落ち着いてるよ、この前はありがとうね」


「いえいえー、私は!私を!褒め称えただけだよ!!」


 ドヤ顔でふふん!とでも言いたげな顔をする。実にわかりやすい。


「で、今日はどうしたの??」


「どうしたのって言われても…」

 と呟くしかない。理由は殆どないのだから

「えっ?何もないのに呼んだの??嘘でしょ??」

 と困惑する。


「まぁ…あると言ったらあるよ」

 前に比べたら小さい悩みなので言いづらいのだけれど

「うん!自分自身なんだし言ってみなよ!!」


「隣の子を励ましたい」


「あー、なるほどね…」


「もっと素直になろう??」


「いつも素直になれと言ってくるよね」


「だって!私は!!好かれる人格してるからね!!」

 と再びドヤ顔になり、ワッハッハ!!と笑う。これ本当に私??別人な気がしてならない。私はここまで自意識過剰で自信満々ではない。と思う、多分。


「まぁ、好きにすれば良いんじゃないの??」


「えっそういうものなの??」


「あのさ、何度も、飛ぼうとした自分じゃ友達なんて出来ないとか思ってない??」

 図星だった。

「いやだってさ…」


「大丈夫、私ならやれるよ」


「だって、独りでも頑張ろうとしてるじゃない」


「だから、無理はしないでね」


「私、ずっと応援してるなら」

 そう笑い再び暗転し始める。待ってお礼言えてないと口を動かそうとする間に合わず瞼は閉じられた。


 気がつくと私は白い病院のベッドに寝ていた。やはり「空っぽラムネ」は手元にない。隣から啜り泣く声が聞こえる。


(大丈夫、私ならやれるよ)


 という声が頭の中で響く。

 ゆっくり、慎重に、軽く震える声で

「ねぇ、大丈夫?」

 と声をかけた。


 次の日、私と彼女は2人揃って寝不足になっていた。あの後創作を通して熱く語り合い、友達になったのである。本当に、何とか上手くいって仲良くなれた。彼女は私をたいそう気に入ってくれたみたいで、彼女の見舞いにきた人達にも私を紹介してくれた。私の交友関係は彼女を通して広がったんだ。私は、彼女と楽しく話しながら今日もお絵かきを、小説を書く。同じTVを見て創作の話をする。楽しい。心から楽しい。人生が、楽しい。

 そして、彼女の退院の日。勇気を出して

「ありがとう、楽しかったよ」

 と言えた。彼女は同じ学校の同学年だったらしく、私の話も沢山してくれるらしい。私も退院したらサッカー部の応援に絶対行くよ、サポーターみたいになれる様頑張る!!と言い切れた。本当に、ありがとうで一杯だった。

 私は創作だけでなく、高校受験の為の勉強もしだした。身体が弱いとは言え勉強を疎かにするわけにもいかない。今迄は心が持たなかったので勉強する余裕もなかったけど今の私ならちょっとだけでも勉強出来る。

「大丈夫、少しずつ毎日続ければきっとなんとかなる」

「私は、私なら!やれる!!」

 と繰り返し言い聞かせる。

(大丈夫、私ならやれるよ)

 再び頭に響く声。深呼吸をした後、頑張ろうと気合を入れた。



 それから年月は立ち。私は高校生となった。彼女が退院してからも、私は創作をしつつ、精神薬の効果が出るのを待ち続けた。精神薬が聞いてきたお陰で創作以外に筋トレなどにも興味を持てる様になり、起床時間も昼から朝の7時ごろに早める事ができた。眠る時間を減らす事が出来た。少しずつ回復していき、そして、今日。

「次!高校一年生。3組27番!松尾優香!」

「はっはい!!」

 高校の入学式に参加している。中学生の頃からの友達が沢山いる高校に、高い倍率の高校に努力を積み重ねた事で入る事が出来たのである。

 その日、放課後の入学パーティを楽しんだ。

「優香!!話は聞いてるよー、サッカー部の彼女と親友なんだって!?話聞かせてくれない??」

「心の支えになってたと聞いたよ!創作もしてるんだろ!?凄いじゃん」

 と色々な人から話しかけられ、仲良くなる事が出来た。これからの高校生活が楽しみだ。

 その後、元気に帰宅した。

 自室で鞄を置き深呼吸しながら伸びをした。

「やっとここまで来たんだね…」と呟いた。中学一年の頃からとは考えられない程変わる事が出来た。幸せになる事が出来た。

「よし、また明日からまた頑張ろう」

 と、言いながらベッドに座る。「空っぽラムネ」が手元に触れる。呼ばれている気がした。

 よし、今行くよ、と呟きぐいっと飲んだ。カランッとビー玉のぶつかる音が部屋に響いた。


「やぁ!元気してる??」

 幼少期の、小学生の私が語りかけてくる


「元気だよ。」


「今日はどんな悩みを持ってきたの???」


「いや、今日は悩みはないよ」

 いつにも増して真面目な顔で幼い私を見つめる。そして、小さい私の目線に合わせ、頭をわしゃわしゃしながら。


「いつも勇気を与えてくれてありがとう」


「生き抜いてくれてありがとう」


 と私は告げた。愕然とした顔でこちらを見ている。



「…私が今生きて幸せなのは空っぽだと知りながらも足掻いて自分の人生に苦しみながらも生きていてくれたからだよ」


「ありがとう」


 なんとなく、これが幼少期の私との最後の対面になると分かっていた。


 だから伝える。独りでも戦い抜いた小さな英雄が守ってくれた命を私は受け継いでるんだ。空っぽラムネを通してそれを思い知った。心から、尊敬する様になった。だから

「私は、忘れない。貴方が居たことを。空っぽでも生き抜こうとした、飛びたいと思いながらも人生にしがみついた貴方が居たことを、私は、私を忘れない。一生背負って生きていく。」


「ありがとう」


「はは、最後に泣かされるなんてね」

 ポロっと涙を流す。止めようと止めようとしても止まらないみたいだ。誰からも認識されなかった、褒められなかった、自分独りで戦うしかなかった少女の、悲しみが、苦しみが、辛さが溢れ出てくる。涙が白い床に落ちる。染みが止まらない。独りで抱え込んでた分が今泣き出ているんだ。


「こちらこそ、ありがとうね。楽しかったよ」


 ぐしゃぐしゃに心細い声で伝えられた。

 距離を詰められ、小さいながらに強く抱きしめてくる。私も強く優しく抱きしめた。小さな身体が、英雄がただただ、愛おしい。大丈夫。私は私なんだから、私と幼少期の私は同じなんだから。二度と会えない訳じゃない。私の心に、常に私は居る。のだけれど、どれだけ納得しようとしても寂しさは抜けなかった。


「「これからも、よろしくね」」


 2人で頑張って笑いながら言い合う。


 目の前が暗転し始める。


 最後まで抱きしめ続けた。


 チュンチュン、チュンチュン

 鳥が囀る。その中で自室のベッドで目が覚めた。よし、と気合いを入れ、伸びをする。これからも私は生きていく。私自身を肯定しながら、味方になりながら生きていく。それが私だ。私との約束だ。

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