この空の下で3

最近、何故か僕は死神と呼ばれる女性に、よく話しかけられるようになった。


彼女は横暴で、ガサツで、自由だ。

その頭の良さで防衛軍の上層部で指揮を取っている。

しかし、なぜ彼女が死神と言われるかは分からなかった。

彼女が周りの人の死に様を言うと必ずその通りに死んでしまうらしかった。


「ああ、それ。ウソウソ。」

彼女は魚の丸焼きを齧りながらそう言った。

「うそ?ならなんであんなデマが流れたんだよ。」

「秘密にしてくれよ。そうでもしないとやっていけないんだよ。上層部では。まあ、死期を言い当てるのは本当さ。」


立ち上がろうとしてよろめいた。

魚の取れるこのエリアでは、

斜めのビルはとても不安定で脆い。

「何それ。岬は占い師か何か?」

「いちいちリアクションが面白よね、輝って。まあ。近いものかもしれないんだけど。」


この時はまだ半信半疑だった。

いつも僕をからかってちょっかいを出す岬の、悪い悪い冗談だと思っていた。


ビルの隙間を、魚の群れがキラキラと身体を反射させながら、平和そうに泳いでいたのを、ただ2人でぼんやりと眺めていた。


訓練が終わり、

へとへとになりながら小舟に乗る。


ビルの屋上で、同居している仲間たちが手を振っているのが見えた。

なんだか今日はお迎えが慌ただしい。

ビルに小舟を括り付けると、妹の真由が走ってきた。

「お兄ちゃんお兄ちゃん!今日ね、岬さんて人がね、こんなに沢山お薬くれたの!」

真由の手には抱えきれないくらい沢山の薬達。


「おいおい、お前どうやってあんなお偉いさんと仲良くなったんだよ!」

仲間たちが口々に質問を投げかけるが、

僕も驚くばかりだった。


「岬は?どこにいるんだ?」


「行くところがあるからって、帰っちゃった。」


なんだろう。なにか様子がおかしい。

僕は気になって、岬に会いに行くことにした。

「おい、また出かけんのか?日が沈む前に帰ってこいよ!」

「分かってる!真由!寒くなる前に布団に入っとけよ!」

そう言い残してまた小舟をせっせと漕ぎ出した。


立ち入り禁止のビル。その屋上。

マングローブが食い込み、

いつ崩壊してもおかしくないから、今は誰も住んでいない。

岬はマングローブに座り込み、眠っていた。

そして、涙を流していた。

「岬…?」

岬はゆっくりと目を開けた。

どこか虚ろで、触ると壊れてしまいそうな気がした。

「輝…?どうした…?」

か細い声に、いつもの覇気は感じられない。

岬が岬らしくない。ただそれだけがこんなにも僕を不安にさせた。

「岬、どうした、何があった?」

「睡眠薬だよ。でももう、そんなに効いてないみたいだね。体が慣れたかな。」

睡眠薬?どうしてそんなものを…?

「薬、妹に渡しておいたよ。あれが最後だ。」

「どういう事だよ。何があったんだよ。」

岬は微睡むみたいに、目を細くさせた。

「私、本当に死神だったら良かったな。そしたら、きっとこんなに苦しくなかった。」

なんだか、岬がこのまま死んでしまう気がして、

思わず肩を掴んだ。少し冷たかった。

「土山さん、死んだよ。」

もう随分会ってない人の名前が出た。門前払いを食う僕の代わりに、岬が真由の薬を貰ってくれていた。

「あの人…何で…?」


「病死だよ。本人も気がついていた。さすが医者の端くれだ。」

僕は言葉が出てこなかった。

ただ、いつもかっこよく着ている上層部用の黒いマントが、

いつもは威圧的なのに、今日は布らしく羽織られているだけだったのを、新鮮に見つめていた。

「人間じゃなければ良かった。」

また、涙が細く、頬を伝った。


本当なんだ、と理解した。

本当に岬は、予知をしていたのだ。


「…岬。もうすぐ日が沈む。」

そう言って僕は、岬を抱き抱えた。

何故だが、岬がこのままこの捻れる木に取り込まれ、消えてしまいそうな気がした。

何より、本人が消えたがっているのが、

本当に僕の心を声が出そうなくらい、痛くさせるのだ。

岬は少し冷たく、そして痩せていた。

重く冷たい黒いマントは、いつもこんなに弱々しい体を隠していたんだと思うと、すぐにでも剥ぎ取ってしまいたかった。









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世界のどこかで 水無月ひよ子 @peperom

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