(6)
「ところでさ」
「ん? なに?」
「俺のこと、嫌になったりしなかったの?」
気になってたことを聞いてみる。綾乃は困った顔をした。
「嫌に、はならなかったけど。なんで?」
「いや、だって、ぶっちゃけ俺がやったのって八つ当たりだし。すごい怒ってるかもとか、振られるかもとか考えながらここまで来たら全然そんなことなくて戸惑いのほうが大きいというか」
「そうなの?」
「そうなの、って……」
力が抜ける。なんというか、綾乃だなぁと思いつつ、本当にこれでいいのか不安になる。
「あのね、柚真」
「はい」
真剣な目で見つめられ、居住まいを正す。
「私はね、柚真が嫌だっていうまでずっと傍にいるつもりなんだよ」
「え、お、おう。そうか」
「うん。だから、この程度で怒ったりしないの」
「この程度……」
俺の認識が間違いじゃなければ、八つ当たりで不機嫌になった挙句勝手に距離をとる行為を『そんなこと』で済ませていいとは思えないのだけれど。俺が間違っているのか、綾乃の考えがおかしいのか、よくわからなくなってくる。
というか。
「なんだってそこまで」
「なんでって、私は柚真に救われたから、かな」
「救った覚えなんてないんだけど」
え、俺そんなことしたの? 初めて聞いたんだけど。どういうこと?
今度は疑問符で頭がいっぱいになる。喧嘩とか、真剣な話し合いとか、触れられたくないことを聞いてみたりとか、そういうのをしてこなかった弊害だろうか。知らない事実がいっぱいで、脳が混乱しそうになる。
本当に俺、なにをしたんだ?
「柚真は知らなくてもいいよ」
「……声に出てた?」
「ううん。でも気になってそうだったから」
俺の顔はそんなにわかりやすいのか。いや、俺も綾乃の顔を見ればなんとなく考えてることはわかるし、年季だろうな。そう納得しておいた。
「どうしても知りたいなら、いつか、話すから。待ってて」
「おう。じゃあ待ってる」
俺だって綾乃のことを離すつもりはないから、いずれ機会はあるだろう。
なんだか昔の、意味もなく自信に溢れていた頃のように、理由もなくそれが確信できた。
「あ、そうだ」
いずれ、という言葉で思い出した。
持ってきていたショルダーバッグを開け、目的のものが入っていることを確かめる。
「なぁ、綾乃」
「なに?」
「これ、なんだけど」
ラッピングされた包みを取り出し、机の上に置く。
話の流れ的に大丈夫だと確信は取れてしまったが、流石に少しばかりの緊張があり、自然と背筋が伸びる。
「今回のことで、色々考えてさ。将来の事とか、なんもわからないんだけど。でもとにかく、やりたいことっていうか、今後俺がどうしたいのかって考えたときに浮かんだの、一つだけだったんだ」
だから、と言葉を繋げる。
「綾乃の迷惑じゃなければ、受け取ってほしいなー、なんて」
思ったり、と口にする前に、綾乃がそれを手に取った。
「ねぇ、開けていい?」
「どうぞ」
丁寧にラッピングをはがし、箱を開ける。
中から出てきたのは、ネックレスだった。
「安いもので悪いんだけど、一応、その、意図としては、そういう」
プロポーズ、と言えるほど立派な意志じゃないけれど、ずっと傍にいたいという気持ちはある。
だから、この数日で友人に頼み込み、日払いのバイトでお金を貯めて買ったのだった。
受け取ってもらえるだろうか。いや多分受け取ってくれるだろうけど。大丈夫だとは思っていても緊張は止まない。
ややあって。
「うん、嬉しい。ありがとう」
噛みしめるように綾乃が言った。
思わず大きく息を吐く。
「あー、よかったぁ」
「……もしかして、断ると思われてた?」
「そんなことはないけど、こういうのって緊張するもんなんだよ」
「そっかぁ」
言葉を交わしながらも、綾乃の視線はネックレス一直線だった。
「ね、柚真。これ、付けてよ」
「俺が?」
「うん。いいでしょ?」
「そりゃ喜んで」
綾乃の傍に寄り、抱きしめる形で首に手を回してさっと取り付ける。
うん、似合ってる、と思う。自分のセンスはあまり期待していないからわからないけれど、自分から見れば十分に似合っていた。
「どう?」
「うん、いいと思う」
「そっか、よかった」
にこりと綾乃が笑う。
「これからも末永く、よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
頭を下げあう。
そして顔を合わせ、お互いに笑った。
将来のことなんていう掴みどころのないものを考えるのは難しいけれど、この日々を続けていくためにどうすればいいか、なら考えられそうだと、なんとなくそんなことを思った。
猫神様の覗き見 上上下下 @kirinnnobasashi
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