(5)
綾乃にはすぐに連絡を入れた。
内容はまぁきっと普通のことで、この間はごめん、勝手だけど会って話がしたい、返信待ってる、みたいなものをチャットに送信。
返事はその日の晩に来た。
[わかった]
[いつにする?]
まず返事が返ってきたことにホッとする。正直この時点で返事がないことも覚悟してた。愛想を尽くされててもおかしくはなかったし、もしそうならひとまず家に突撃か、みたいな思考にまでなっていた。
でもまぁ普通に迷惑だろうし、その手段に訴えずに済みそうでよかった。
話し合いの結果、四日後に会うことが決まった。
主に綾乃のバイトとの兼ね合いだけど、少し時間が空いたのは俺にとっても都合がよかった。
さて、と気合を入れる。
そのまま友人に連絡を入れ、一つ頼みごとをする。
快く了承ももらえ、こちらも一安心。
明日から忙しくなる。
その感覚が久しぶりで、不思議な高揚感を抱えたまま寝る準備を始めた。
綾乃と会うのは一週間ぶりになる。
こんなに長い期間会わなかったのは久しぶりで、それだけでも緊張感がすごかった。
一週間前は何も思わなかった道のりなのに、今はこんなにも心臓がうるさい。夏の暑さと混ざって頭がうだる。
なんとなくポケットに忍ばせてきたストラップを取り出し、猫の顔を見ながら考える。
顔を合わせたらまずは何を言おう。謝罪からだろうか。そうだろうな。不安にさせてしまっているだろうし。いや、もうとっくに見限られているかもしれない。今日会ってくれるのも別れ話のためかもしれない。それも仕方ない。自分で蒔いた種だ。覚悟だけはしておこう。みっともなくても最後まで追いすがって、それでもだめなら諦めよう。綾乃に迷惑をかけたいわけじゃないのだから。
後ろ向きなんだか前向きなんだかいまいちわからない不思議な気分で、でも悪くない感覚だった。緊張と高揚感で頭が
どうすればいいのか、うまくまとまらないうちに気が付けば綾乃の家の前に着いていた。
ポケットにストラップをしまい、一度、二度、深呼吸。
覚悟を決めて、インターホンを押す。
少しの間があって、ドアが開いた。
「……どうぞ」
「お邪魔します」
少しぎこちない挨拶をこなし、室内に入る。
綾乃がお茶を出してくれて、そしてお互いに対面して座りしばらく無言。
この間と似てはいたが、前回と違うのはお互いが距離感を計りかねていること。
正確には、お互いに言いたいことがあるけどどう切り出すかいつ切り出すかと機会を探り、にらみ合っているという状況だった。
そのまま現実的には五分程度、体感的にはそれ以上に長い時間口を噤んだまま時が流れた。
このままじゃ不味いと、意を決して口を開く。
「「あの」」
「あっ」「えっと」
声が被った。まじかよ。
「あ、どうぞ」
「えや、えっと、柚真から、その」
「あー、そう、そうね。いやでも、綾乃からでも」
「いやいや」
「いえいえ」
譲り合いの勃発。どうぞどうぞと押しつけ引き合い、なんだかおかしくなって二人揃って吹き出す。
ひとしきり笑った後、緊張が解れたところで話を切り出した。
「あのさ、綾乃」
「うん」
「――ほんっとうに、ごめん!」
頭を下げる。勢いあまって机に頭がぶつかった。ごん、と鈍い音が鳴ったけど頭の位置はキープする。
「わ、柚真、頭上げてっ」
「でも」
「いいからっ」
頭を優しく持ち上げられて強制的に謝罪を解除される。
「もう、そんな勢いつけなくても」
「いや、つい……」
「おでこ、赤くなってるよ」
思い切りぶつけたところをそっと撫でられる。
まったくもう、と少し拗ねたような心配そうな顔で唇を尖らせる。
俺がふざけたことをした時によく見せる表情。最近はこんな表情さえ全然見てなかったなと思うと、この前までの態度を省みて言葉を漏らす。
「ごめん……」
「それ、さっきも聞いたよ」
「そうだけど」
申し訳なさでいっぱいで、視線を逸らすのはダメだと思いつつも綾乃の顔を直視できない。
綾乃はそんな俺を見て小さく笑った。
「ねえ、柚真」
「はい」
「私ね、別に怒ってないよ」
それはなんとなく察していた。態度も声色も、責めるようなものはここまで何一つなかった。それが余計に罪悪感を刺激していた。
「確かに寂しかったし悲しかったけど」
「うっ」
「でもね、しょうがないと思ったの。最近色々と考えてるのも知ってたし、私に対して思うところがあるのもわかってたから。嫌われても仕方がないって」
否定の言葉を出そうと顔を上げ、綾乃と目が合った。
わかってる、と言いたげな視線に口を閉じた。
「だから、今日も不安だったんだけどね。別れ話だったらどうしようとか。だけど、大丈夫だった。顔を合わせた瞬間に、いつもの柚真だなぁって思えたから」
「……そっか。それはよかった、で、いいのか?」
「いいと思うよ。私もよかったって思ってるし」
でも、と言葉が続いた。
「それはそれとして、今度からちゃんと相談してください。柚真は一人で考え込む癖があるから」
「あっ、はい」
「もちろんなにもかもをとは言わないけど、何も言われないと不安になるよ」
「はい、気を付けます」
「ん、よし」
頷いて、綾乃が手を伸ばしてくる。
反射的にその手を握った。
「これで仲直り、だね」
「あぁ、そうだな」
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