(4)

 ある程度時間をおいて家に帰った俺は、そのまま自分の部屋に戻りベッドで仰向けに寝っ転がっていた。


 これから俺はどうしたいのだろうか。


 劣等感も焦燥感も、結局のところ全てがこれに集約されている。


 なんとなく、ストラップの黒猫を目の前に持ってくる。


 考えることをやめるのは愚かなことだ、とよく聞くけれど、未来なんていう想像することも難しいものを考え続けるのはとても気力がいる。


 どうしたらいいんだろうなーと、ストラップを手で弄びながら考える。


 将来の夢とか目標とか、小学生のころには当たり前にあったものが、今はもう思い出せそうもないほど遠く感じてしまうのは、現実に広がる数多の選択肢に困惑してしまっているからなのか。それとも、現実を見て諦めてしまったからなのか。


 間違いなく俺は後者だな。


 考えるまでもなく結論付け、体を起こす。


 のことを考える頭の熱を下げるため、よく冷えた飲み物を求め俺は部屋を出た。





「「あ」」


 キッチンには、グラスを二つ用意してアイスココアを注いでいる花楓がいた。


「……ご注文は?」

「麦茶。キンキンのやつを」

「はーい」


 ちょっとした小芝居を挟みつつ、花楓がコップに麦茶を注ぐ。


「はい、どうぞ」

「さんきゅ」


 受け取って、半分くらい一気に仰ぐ。


 冷たい液体が喉を伝って胃へと流れ込む。


 体の芯が冷える感覚に心地よさを覚えつつ、同じく麦茶を飲む妹を見る。


「なに?」

「いや、お友達はどうしたのかと思って」

「真央なら部屋でマンガ読んでるよ」

「あ、そう……」


 別にいいんだけど、友達を部屋に放置ってどうなんだ、とは思わなくもない。

 思わなくもないが、じゃあ恋人を放置しているお前はなんなんだとか言われたらそれまでなので口をつぐむ。


 ティロン、と近くに置かれていた花楓のスマホから通知音が鳴った。


 メッセージの発信者の名前を確認して、花楓は嬉し恥ずかしで楽しげな笑みを浮かべた。


 あぁ、例の彼氏からの連絡か。今が一番楽しい時期だろうな、と少し微笑ましい気持ちになる。


 そして、ふと気になって聞いてみた。


「なぁ、お前の彼氏ってどんなやつ?」

「え、急にどうしたの? 今まで何も聞いてこなかったのに」

「いや、なんとなく」

「ふぅん」


 不思議そうにしながらも、花楓は嬉しそうだった。あぁ、これは語りたかったんだろうなぁと察する。


「どんな、かぁ。うーん、そうだなぁ」


 悩むそぶりをしながらも目が爛々と輝いている。


 これは長くなりそうだなぁ、と話を振ったことを若干後悔した。


 そこからは出るわ出るわで、まぁ要約すると全部大好きラブちゅっちゅみたいな内容だった。関係性も良好そうだし、妹の恋路が実ったことを祝っておこう。


「でさ、お兄ちゃんはどうなの?」

「へ?」


 矛先が急にこちらに向いてきて、思わず間の抜けた返事をしてしまった。


「へ、じゃなくて。私ばっかり話してもつまんないし」

「と言われてもなぁ」


 絶賛喧嘩中だし、とも言いづらい。いや喧嘩じゃないんだけど。一方的に距離を置いただけなんだけど。


「お前みたいなのろけ話とか、ないしな」

「嘘だぁ」

「嘘じゃないって」

「だってお兄ちゃん、付き合いたての時とか超浮かれてたのに?」

「そっ、れはだなぁ……」


 今のお前と同じだよ多分、と言いかけて、気が付いた。


 気持ちを整理するヒントはきっとここにある。


「お兄ちゃん?」

「ん、あー、いや。そういえばその飲み物、持っていかなくていいのかと思って」

「え? あっ、忘れてた!」


 グラスを持って慌てて部屋に戻っていく。


 ごめん真央、という声がここまで聞こえてきて、遅れて扉の閉まる音がした。


 我が妹ながらにぎやかな奴だと苦笑をして、俺も部屋に戻った。

 






 結論はすぐに出た。


 話をややこしくしすぎていただけだったのだ。


 俺が考えるべきは、将来の目標やらこれからの先行きなんかではなかった。


 焦燥感や劣等感なんていう不純物に振り回され、余計な回り道をしすぎて見えなくなっていただけ。


 状況に応じてついてきただけのそれらを取り除いた後に残った答えは、昔から変わらないものだった。


 浮かれてしまっているのかというくらいに、シンプルなもの。


 これから俺はどうしたいのか。


 綾乃と一緒にいたい。


 ひねくれた脳内で見え辛くなっていたそれが、ようやくはっきりと見えた気がした。


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