第13話 閃光
獅子男がリラの身体を貫く直前、彼の不遜な顔面を衝撃が襲った。
「グハァッ!!」
なんとか転倒することを堪えた彼だが、その代わりに、捕まえていた人間の娘を落としてしまった。
しかし、それは彼にとってどうでもよかった。
「貴様…やはり、やはりいいぞぉ!!」
獅子の目の前には、先程吹き飛ばしたはずの人間の男が立っていた。
立ち上がった男は、獅子の落とした女を抱えていたが、それを別の人間に渡すと、怒りの形相で獅子を睨んだ。
先程、獅子は不意打ち気味に人間の兵器を喰らい一時的に聴力を奪われたが、代わりの鼻で補足し完全に肉体を破壊した。
そのはずだった。
しかし男は、そんな怪我を微塵も感じさせずに先程と同じように立っている。
しかし、先程とは明らかに違う。
「…黒い、エネルギー?」
その肉体の細胞一つ一つに、真っ黒なエネルギーが流れているのだ。
それは彼の身体中にひび割れのように広がり、その謎のエネルギーは男の位階をさらに上へと引き上げていた。
その膨大なエネルギーが絶えず流れているのか、男の体からエネルギーが雷のように迸っている。
男が目覚めたからか、もしくはその流れるエネルギーか、男の覇気は流石に獅子にも脅威に映る。
「なるほど、やはり貴様は素晴らしい!ぜひ我と…」
「うるせぇ」
何かを言いかけた獅子の顔面に、男の拳が突き刺さる。
それはまるで人間の範疇を超えたような一撃であった。
「…ふむ、この程度で我が倒せるとでも?」
しかし、男の一撃でも獅子は倒れることはなかった。
むしろ、歪に笑う余裕もあるほどだ。
「は?勘違いするなよ。」
しかし、男はそんな様子も意に介さずに言い放つ。
「今のは、お前がぶん殴った俺の分だ。これからリラの分と、避難所の人たちの分、それと.......追加に俺の故郷の分も、精算してもらうからなぁ!!」
その暴論にも近い男の言葉に、さすがの獅子も困惑する。
しかし、考える隙も与えずに男は獅子へと襲い掛かる。
(先程よりもかなりスピードとパワーが上がっている。なるほど面白いな!)
獅子は楽観的に思考するが、男の方は違った。
(今のこの状態がどれだけ続くか分からねぇ…なら、できるだけ早く決着をつけないと!)
男の拳とナイフが、獅子の爪を凌ぎ、代わりに一筋の傷跡を刻みつける。
「…ほう!やるじゃないか!」
「ハッ!その余裕を切り裂いてやる!」
それから、獅子の拳を男のナイフが捌く音が絶え間なく続く。
男は.......ネウは心臓が二つあるように錯覚する。
1つは絶えず血潮を全身に送り、もう1つは黒い何かを全身に駆け巡らせる。
不思議と、黒い何かに嫌悪感はなかった。
むしろ、今の自分になら、なんでもできる気がした。
なんでも成せる気がした。
「ぬぅん!」
「.......フゥ」
獅子がその剛腕で男の体を抉ろうとするも、男はその強化された感覚のみで把握し、即座に回避した。
しかし、獅子の爪が掠ったようで、ネウの頬に若干の傷ができる。
「!?」
しかし、その傷は瞬きを一つすれば、次の瞬間には跡形もなく消え去っていた。
「クックックッ、なるほど、分かってきたぞ。お前のその力、その全体を流れる黒いエネルギーがお前の体を限界まで作りかえ、そして怪我をエネルギーを変換させることで治癒しているのか」
「.......知らねぇよ」
獅子がネウの力をしたり顔で考察しても、ネウは興味なさそうに呟く。
「今ここで大事なのは、どっちが死んでどっちが生き残るか、だ。無駄なことばっか喋ってると、その首を切り落とすぞ」
「.......それは、見物だなぁ!!」
獅子は歓喜した様子でネウに襲いかかる。
が、ネウはその体から黒いエネルギーを迸ながら攻撃を掻い潜り、ナイフを振るう。
「ハァ!」
「ぬぅ!」
ネウの練り上げられた一閃に、さすがの獅子も唸る。
その攻撃は獅子の胴体を深く切り裂くと、そこから真っ赤な血液が吹き出す。
「…ふむ、やはりやるな貴様。」
「こんだけやってやっと一撃か。先は長いな…、まあ、まだまだ行けるけどなッ!」
そのまま、さらに戦闘は加速する。
◇◆◇◆◇
「う、ん…?」
二人が死闘を繰り広げるなか、重症のリラが目を覚ます。
「目が覚めました!」
「…いま、どんな状況?」
「ネウくんが、突然何事も無かったように立ち上がって、さっきとは比べ物にならないくらい強くなっているんです。」
「え?」
あまりに滑稽無糖な話に、リラは首を傾げる。
しかし、謎の威圧感に目を向けると、そこには凄まじい勢いで殺し合う二人の姿があった。
「な…、どういうこと?」
「驚いたでしょ?私達も何が起こってるのか分かっていないけどただ分かるのは、この戦いに巻き込まれれば、私たちなんて一瞬でお陀仏ってことだけよ。」
ふと横から声をかけられると、そこには金髪のロールを乱したクルナの姿があった。
その場にはリラたち三人の姿しかなく、他の訓練官たちは応援を呼びに行ったのだろうもリラは結論付けた。
「…ギリッ!」
リラは一人唇を噛む。
悔しかった。自分より劣っていると思っていた人物が、自分が一人では通用しなかった相手も殴りあっている。
思えば最初、リラは彼のことを他の有象無象と同じように見ていた。
しかし、それは突如、香ばしい匂いと共に変化する。
最初は料理が美味いやつ、次に格闘が上手いやつ、そして今は私より強いやつ。
大きな目的のあるリラにとって、そう認めるのは屈辱以外のことではなかった。
「…絶対に、もっと、強くなって、や…る…。」
リラは未だ収まらぬ激痛と疲労により、零れ落ちる一筋の涙と共に再び意識を闇へと落とした。
◇◆◇◆◇
永遠に続くかと思われた攻防、しかしそれは唐突に終わりを告げる。
「ほうら!!」
「くっ!」
ネウが迫り来る剛腕の一撃を、必死の思いで交わし代わりの一撃をお見舞する。
それは、今までの中で何度も見られる行動だった。
(なんだ、またそれか。一時は面白くなると思ったのだが、所詮は期待はずれだったか。)
獅子は落胆し、次で終わらせようとその太い腕で受け止めようとする。
しかし、獅子の野生の直感が、今までとは少し違う、しかし決定的な差を捉える。
それは、獅子の豪腕に一筋の傷跡があること、そして男の全ての力がこの一撃にかかっていることだった。
「な!貴様まさか…!?」
獅子は男の考えていることに見当がついた。
男は獅子の豪腕を、一筋の傷跡に沿って切断しようというのだ。
通常ならば不可能、検討するまでのないものだ。
しかし、ネウは今、普通ではなかった。
「ハァァァァ!!!!」
ネウのナイフが、獅子の腕へと沈み込み、筋繊維を切断する。
(あと、少し!!)
「らァァァァァ!!」
ネウの気迫に応えるように、エネルギーは光を増し、ナイフはどんどん肉を断ち、そのまま骨までかかろう──といった所で止まってしまう。
「まさか、筋肉の力のみで止めたのか!?」
その場にいた先輩がそう叫ぶ。
「さあ、小僧。これまでだ!!」
獅子はそういって残った拳を振りかぶった。
「…ああ、終わりだ。」
しかし、またもや獅子の野生の直感が、男の企む意味深な笑みを捉えた。
「…来いよ、アストォォォォ!!」
「なに!?」
男は天空に向い、渾身の叫びを放った。それは客観的に見て、気が狂ったとしか言いようがなかった。
しかし、短時間だが殴りあった獅子は、ネウが正気であることが理解できた。
ならばなぜそのようなことをしたのか。
答えは直ぐに現れた。
獅子が男につられ、ふと上を見上げると、そこには金髪の髪をたなびかせた一人の男の姿があった。
「あぁ、おまたせ、ネウ!!」
その男はそういって笑うと、その手にもつ長剣を持ち、構えをとる。
「魔術展開〖アスタロト〗!」
瞬間、音を置き去りにするほどの閃光が獅子を襲った。
◆◇◆◇◆
このタイミングでアストが来てくれたことは、ほとんど奇跡に近かった。
本当はあそこで腕を切断して、そのままの勢いで首をとるつもりだったのだが、奴の豪腕に止めれてしまった。
まあ、運良くアストが駆けつけてくれたので、良しとしよう。
そんな俺の目の前に、金髪をたなびかせたアストが降り立つ。
「アスト…奴は?」
「しくじってしまった。本当は仕留めるつもりだったのに。」
「…え?」
アストの意味深な言葉に俺は首を傾げる。
その途端、目の前からもはや慣れ始めてきた高らかな笑い声が聞こえてきた。
「ワッハッハ!!貴様が例の化け物か、噂通りの化け物だな!!」
獅子は健在だった。しかし無傷なわけがなく、俺が半ばまで切断した片腕は、完全に地に落ちており、周りには血が滴っていた。
「その噂がどんなものなのか気になるけど、今は君の持つ情報に興味があるな。さあ、ここを襲った理由を吐いてもらおうか。」
そういってアストはまた構えをとった。
しかし、獅子はそれに怯えることなく話し続ける。
「ああ、全く大収穫だ!貴様や貴様と言った面白そうな人間に出会えただけで我はもう満足だ!!」
「さっさと答えてもらおうか、こっちも時間はな…」
「こんな所にいたのか。」
アストの声を遮ったのは、獅子の後ろから突如として出現した、ヤギの頭蓋骨のようなものを頭に被った謎の存在だった。
「探したぞ、ラノウ殿。」
「おお!ヒツジ殿!こんな所にいたのか!」
「それはこちらのセリフだ。あと、私のこれはヤギだと何回言えば分かるんだ。」
「…仲良くしてるとこ悪いけど、さっさと吐いてもらおうか。」
獅子とヤギが漫才をしているなか、アストはそろそろ我慢の限界といった様子で目を細めた。
しかし、獅子もヤギも気にせずに話す。
「幸い今回は仕事をきちんとこなしましたので、良しとしましょう。」
「仕事?」
「まあいい、餞別に我のその腕は置いて言ってやろう。」
「おい!待て!」
俺が叫ぶ、しかし獅子は最後まで笑いながら告げた。
「さらばだ人間たちよ!次会う時は、本気の我に瞬殺されない程度に強くなっておけよ。」
その言葉が終わるか否かのタイミングで、アストが再び光となる。
しかし、その長剣が奴らを捉えることは出来なかった。
獅子とヤギは姿を消したのだ。
文字どおり跡形もなく。
○●○●○
「う、う〜ん。」
夕焼けの光に当てられ、少しの微睡みの後、俺は起床する。
上体を起こすとそこは、ふかふかのベッドがある個室だった。
「あれ?俺何してたんだっけ?」
「君、あのあと気絶したんだよ」
「ああ、そうだったそうだった…うわぁ!!」
俺は、当たり前に居すぎてスルーしかけた彼を目の当たりにする。
「アハハ、やっぱり君はいい反応するよ。」
「アスト…」
アストはそういって俺に笑いかけた。
彼から事の顛末を聞くと、獅子やヤギはあの後突如として姿を消し、それと同時に俺の意識も限界を迎えたらしい。
街の被害はかなり出たらしいが、もし例の獅子が野放しになった時のことを考えると、これでもマシな方なのだと。
「君の友達たちも心配してたよ。」
「そっか、悪いことしたな…」
俺はカルアたちを思い浮かべながら呟いた。
ある程度話し終えると、今度は気まずい間が襲ってきた。
当然だ、親友といっても5年ぶりだし、そもそも、俺はつい昨日までアストへの劣等感を募らせているところだったし、仕方ないといえば仕方なかった。
そんな中、扉の外から控えめなノックが響く。
「あのー、起きたかい?」
「あ、はい!起きてます!」
突然の来客に、俺は動揺してしまう。
入ってきたのは俺たちのグループを率いてくれた先輩と、見知らぬ少女だった。
「えっと先輩、この子は?」
「僕の妹だ。」
「え?」
詳しい話を聞くと、彼女はあの時避難所に居たらしく、そこから逃げ出してきたらしい。
「じゃあ、かなり危なかったんじゃ、獅子の配下もいたらしいし、」
「ああ、あれ?アイツの嘘だったよ。」
「え?」
「僕たちを怒らせて、戦わせるための嘘。全く、やられたよ。」
そういって先輩は肩を竦めるが、本当は気が気出なかったはずだろう。
すると、先輩の横にいた少女がおずおずと出てき、俺に対して頭を下げた。
「あの、ありがとうございました!おかげで元気に生きてます。」
少女にそう言われた途端、俺は呆気に取られてしまった。
その呆然の後には、形容が出来ないほどの嬉しさが俺を包んだ。
ただ、俺は薄く笑うと、彼女の頭を撫でた。
辛く苦しい戦いが、少しだけ報われたような気がした。
先輩たちが退出し、俺とアストだけになった。
「アスト─」
俺はアストに突然指を指すと、高らかにこう告げた。
「お前が今まで少しずつ登ってきたその道を、俺は三段飛ばしで駆け上がってやる。直ぐに追い越すから.......だから待ってろ」
アストの目を見てそう言うと、アストは少し呆然したあとケラケラ笑った。
「ハハハ、それまで僕がこのまま待ってるといいね。」
「あ!ちょ、そこは待ってるぜ、って言うところだろ?」
「アハハ。」
俺たち二人の道は少しだけ、だが確実に繋がった。
■■■■■■■■■
「さて、緊急会議を始めよう。」
防衛軍本部のある一室、そこには合計で10人の人物が集まっていた。
彼らは男性でったり、女性であったり、老人のようであったり、少女のようであったり、共通点などはまるでなかった。
そんな彼らだったが、皆等しく胸部に、ある勲章を付けていた。
真紅の下地に龍を連想させる紋章が記されたそれは、防衛軍人の中でもひと握りのもの達にしか付けることを許されていない特別な逸品である。
「まずは、今回の被害から話す。」
そう口火を切ったのは、高身長にメガネを掛け、背筋をピンと伸ばした男だった。
男は自分の部下に資料を読み上げさせるが、その場にいる面々の反応はそれぞれだ。
「へぇ、最近あいつらの行動が激しくなったと思えば、まさかこんな暴挙に出るとはねぇ。」
「ちっ、なんで俺の担当してる地区にはそんな事件が全くねぇんだよォ!俺ならどんな相手でも捩じ切ってやるのによォ」
「そんなことより新しい武器の開発がしたいので退席してもよろしいでしょうか。」
「..............すやぁ.......」
事態を憂う者、強敵との戦いに飢えるもの、はたまた自らの欲望に忠実なもの、統一感などまるでなかった。
しかし、次の一言で全てが変わる。
「げ、現場には、二体もの魔人が出現、多くの軍人や民間人が犠牲になったようです」
「「「..............」」」
部屋の空気が震撼する。
「魔人、か。ついに現れたね。これから忙しくなるなぁ」
「魔人かァ、そいつァ強ぇんだろうなぁ!早く会いてぇよォ!」
「.......魔人のエネルギーを活用すれば、新しい兵器が開発出来るかも.......」
「.......魔人」
相変わらず興味の方向はそれぞれだが、みな一様に【魔人】という存在に意識を向けていた。
そんな中、沈黙していたある一人の女性が、口を開く。
「.......で、どうなったんだ?」
「は、はい?」
「魔人が出たんだとすれば、私ら四等や三等じゃ話にならない。少なくとも一等レベルの戦闘が無ければ対処は不可能だ。で、どうやって対処したんだよ。例の怪物が全部やったのか?」
「え、あ、その.......」
女の言葉に、部下は口ごもる。
特に深い理由はない。
ただ、女の刃のように鋭い瞳と熱い威圧に、部下が緊張してしまっただけだった。
「魔術だ。」
「なに?」
そんな部下には身が重いと判断したのか、男は自らがその情報を説明する。
「その場に居合わせた一名の五等訓練官。彼が魔術を発動させ、魔人の一体を足止めした。」
「魔術、だと。」
「報告からするに肉体操作形、それもかなり強力な部類のものだ.......」
「.......なるほど」
クックックッ、と女は歪に笑い始める。
そしてひとしきり笑うと、突然女は言い放つ。
「その訓練官、私が貰ってやる。私の第10軍で、しっかりと面倒を見て、鍛えあげて.......怪物にしてやるよ。」
女はそこまで言うと、口角を異様なほど釣り上げて、言った。
「私と同じような、ね。」
銃約のミリタリア セイ @seikun0516
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