第12話 獅子男

 砦へと着いた俺たち訓練官は、すぐさま広場へと集められた。


 そこには、責任者のグルス一等防衛官や他の先輩方、アストの姿もあった。


「聞け、訓練官たちよ!今我々は魔獣の危機に晒されている!」


 その言葉から始まるグルスさんの演説は、実に心に響くものだった。


「我々の仕事は、市民を野蛮な獣から守ることだ!そこで諸君らの任務を伝える。君たちはこの街の住人たちを、避難所へ誘導してもらう!」


 その言葉に訓練官たちは一瞬ざわめく。

 自分たちが戦力として数えられていないということに、不満があるからだ。


「喝!!!」


 しかし、そんな不満はグルスさんの叫びでかき消される。


「いいか諸君、君たちはまだ弱く未熟だ。それはこれまでの訓練で散々思い知らされているはずだ。」


 その言葉に、俺は深く同意した。


 俺なんてつい昨日自分の弱さを思い知らされたところだ。


 そんな自分が未だ未熟という言葉は、正しいと言わざるを得なかった。


「しかし!諸君も我々と同じ防衛軍だ!私たちは魔獣を狩るために戦う!だから諸君らは、民を守るために闘ってくれ!!」


 グルスさんの言葉に場のみんなが飲み込ませる。

 そして、心の奥底から勇気が湧いてくる。

 これも一種のカリスマというやつなのだろうか。


「以上で終わる。全員【銃約に誓え】!」

「「「は!!」」」


 銃約、その言葉にて、演説は終わった。


○●○●○


 銃約とは、100年ほど前に現れた魔獣の王に対抗するために、人間の王が民たちと結んだ契約である。


 王は、いついかなる時も、驚異から民を護ることを誓い、民はどのような困難な敵からも、王を護ることを誓った。


 その契約は、時が経った現在も古い習わしとして残っており、防衛軍の原型になったのだとか。

 





 詳しい作戦は、グルスさんの副官から説明された。


 まず、俺たち訓練官たちは4等以上の防衛官たちが砦の外で戦う間に、街にある避難所へ住民を誘導、保護し防衛することだ。


「万が一魔獣と接敵した際は、住民と己の命を優先しろ!間違っても戦闘しようなどと考えるな!」


 その通達と共に、皆が班ごとに散らばっていく。


 俺は例の先輩やリラと共に、街の住人たちの保護へと走り出した。


「私たちの担当は街の南部分、そこの端から順番に誘導していこう」

「「了解」」


 長らくこの街に住んでいるらしい先輩のもと、俺たちは住民たちの避難を開始した。


 時間はちょうど昼時、家屋では家族で昼食をとっている人が多かったが、サイレンが魔獣たちが来ることを伝えると、蜂の巣をつついたようにバタバタと準備し、避難所へ駆け出した。


 俺たちはサイレンに気づかなかった人が居ないか確認しつつ、逃げ遅れるような事がないように呼びかける。


 すると、10分もしないうちに大半の民の避難が完了した。


「よし、後は避難所へ戻って防御を固めよう!」


 先輩の言葉に俺たちは頷き、東西南北に四つあるうちの、一番近くの避難所へと向かおうとした、その時だった。


「───!?」

「なんだ!」


 突然の轟音と揺れが、俺たちを襲った。


 それはとても耐えることのできるレベルではなく、俺たちは思わずしりもちをついてしまう。


「な、何が…」

「…避難所の方からだ。」


 先輩の言葉に嫌な予感を感じた俺たちは、全速力で走り出した。

 中でも先輩は俺たちをグングンと追い抜く勢いで走る。

 その姿はどこか焦っているような、恐れているような様子だった。


「もう少し、もう少しで避難所だ!」


 先輩がそういって角を曲がった。


 すると先輩は、突然止まったかと思うと、うわ言のように呟いた。


「嘘だ…」

「先輩、どうしたんですか…!?」


 先輩に追いつき、その光景に目を向ける。

 

 そこには、崩壊した避難所があった。


 遠目からでも分かるほどの大きな穴が何個もあき、そこからは煙のようなものも漂っている。


 ふと気づけば、周囲のどこかしこから、銃声や獣の鳴き声が聞こえていた。


「まさか、魔獣が入ってきたのか!」


 俺たちは魔術銃を構えながら、走り出す。


(もうすでに市民から被害が出ているのか?というより、何故こんな早く魔獣が入ってくるんだ!先輩たちは何をしているんだ!)


 俺は溢れ出る最悪の想像を思い浮かべながら、避難所へと急ぐ。


 すると、避難所から数名の軍人が出てくるのが見えた。


 白い軍服、訓練官だ。


「う、撃て!!」


 その合図とともに、彼らは魔術銃を避難所へ向けて発砲する。


 いや、正確には避難所を狙っている訳では無い、避難所の中にいる〖何か〗を狙っているのだ。


「.......ふむ、効かないな。」

「…な!!?」 


 エネルギー弾の雨をその身に受けながらも悠々と避難所の中から出てきたのは、一言で言えば、歩く獅子のような存在だった。


 ライオンのような手足やたてがみを持つそれは、二足歩行で歩き、流暢な人語を話している。


「な、なによあいつ!普通の魔獣じゃないじゃない!」

「…わかってる、だから混乱してる。」


 クルナのうるさい言い分に、俺とリラも今回だけは同意した。


 あんないかにも強そうな魔獣、混乱しないわけがなかった。

 そもそも魔獣かすら怪しい始末だ。


「あ、あんたら!助けてくれ!」


 避難所から出てきた訓練官たちが、そういってこちらに駆け寄ってくる。


 その間も、獅子の魔獣は楽しそうに口角を歪めるだけで、こちらを攻撃してこない。


「何があったんだ!避難所の中はどうした!」

「そ、それが、避難が大体完了したから、避難所を警護していたら、血溜まりから急にあいつらが現れたんだ!」

「血溜まり?いや、それより避難民は、避難民は無事なのか!?」


 先輩は先程よりもひどく焦ったような口調でそう問い詰める。

 しかし、訓練官のもたらす情報は微々たるものだった。


「いや、分からない。アイツが避難所の中の民間人を何人も殺しちまったんだ!生き残ったやつはどこか別の避難所に走っていったと…」

「ああ、そいつらはおそらくもう生きていないぞ?」


 急に獅子男は俺たちの会話に割り込むと、そう不遜な物言いで告げた。


「どういう意味だ!」

「そのままの意味だ、我の配下は優秀でな、こびり付いた人間の匂いを嗅ぎ分けて食らう程度は造作もないのだ。まあ、時々獲物で遊びすぎてしまうのが玉に瑕だがな!」


 獅子男の言い分に、俺たちは深い怒りが沸き起こる。


「…この、くそがァ!!」

「待ってください!」


 先輩が激高し突撃しようとする前に、俺は先輩の肩を掴んで止めた。


「なんで止めるんだ!今あいつを止めないと、人が大勢死ぬぞ!」

「だからです!今ここで闇雲に突撃しても、先程の魔術銃を無効化した手品を解かなければ無駄です!だから、ここで確実に仕留めます。協力してください。」


 俺は集まった全員の顔を見てそう告げた。

 皆、最初は不安そうな顔をしていたが、数瞬もするころには、全員が決意を固めていた。

 俺だって足が震えそうになるほど怖いのに、さすがは辛い訓練を乗り越えてきた軍人たちだ。


「あくまで向かってくるか、ハッ!面白い!かかってこい人間共!!」


 その時、謎の人型魔獣─魔人との最初の戦いの火蓋が切って落とされた。



◆◇◆◇◆



 場所はヨールの誇る防衛砦、そこでは多くの軍人たちが魔術銃を撃ち続けていた。


「魔獣たちが来ます!数はおよそ10!」

「音響グレネードを投げる!全員耳を塞げ!」


 人間たちの砦の中から、爆弾が放り投げられる。

 それらは獣たちの過敏な聴覚を奪い、混乱させる。


「今だ!打ち続けろ!」


 その隙を狙い、人間たちは魔獣たちの命を、もともとは彼ら自身の力だったもので奪っていく。


「よし、こっちは大体片付けた。後は他の所の援護を…!?」


 軍人の男がそう言おうとしたその時、猛烈な違和感が一行を襲った。


 突然、倒したはずの獣の屍から、巨大な威圧感を持つ存在が現れたのだ。


「な、なんだ、奴は…」


 〖それ〗は、ヤギのような草食動物の骨を被り、ローブで四肢の一切を隠した異質な存在だった。


 そいつは目の前にいる軍人たちを意にかいさず、たんたんとつぶやく。


「全く、ラノウ殿が遊び出すせいで私が仕事をしなくてはなりません。全く甚だしいですね…」

「お、おい!誰だお前は!ここは今…」

「うるさいですね、消えてください。」


 軍人の言うことを遮り、それはガリガリにやせ細った右腕を、真横に水平に振るった。


 そして次の瞬間、その場にいた軍人たち全員の首が宙を舞った。


「全く、甚だしい。さっさと仕事を終わらせましょう。」


 その姿は、正しく〖死神〗のようだった。


◇◆◇◆◇


「かかってこい人間共!」


 そういって手を広げる獅子男に、俺とリラはナイフを手に接近する。


 その間も、後ろの訓練官たちが魔術銃を乱射し攻撃を測るも、奴に効いている様子はなかった。


「ほう、人間のくせに近接戦か、面白いではないか。」


 獅子はそういうと、ニヤリと歪に笑いながら俺に向かって爪の生えた凶暴な手で攻撃を仕掛けてきた。


 その威力は、触れていないので怪我しそうなほど強靭であり、俺の体など紙より容易く両断できるだろうことが想像できた。


「ふぅ…フッ!」


 だからこそ、俺はその攻撃をナイフで逸らすようにして回避する。


 獅子はそれを見ながらも楽しそうに笑っている。

 それはこちらを舐め腐っているほかならなかった。


「ほう、やるなぁ、貴様」

「こっちばかり見てていのか?」


 獅子が俺に向かってわざと褒めるようなことを言っている隙に、リラが背後をとって獅子男の首筋を狙う。

 相手がこちらを舐めているのならば、やりようは無限にあるのだ。


「ああ、良いとも!!」

「!?…くっ!!」


 しかし、その攻撃は読んでいたと言わんばかりに獅子はリラを睨むと、その太い腕でリラに攻撃を仕掛けた。


「……ッウ!!」


 リラは獅子の攻撃を上体をそらすようにして間一髪で躱すと、そのまま獅子男を蹴って距離をとった。


「逃がさんよ!!」


 しかし、獅子男はそう簡単に距離を取らせてくれない。

 その強靭な足をリラに向けて放とうとする。


「.......なに?」


 しかし、獅子の足が止まる。

 獅子は自らの足を見下ろす。すると、ふくらはぎに豆粒ほどの穴が空いており、そこから血が吹き出ていた。


「.......実弾銃なら、効く!?」


 先程の銃撃は、俺が咄嗟に放ったものだ。俺と獅子の距離はギリギリ1メートル、俺の銃が当たる限界の距離だ。


 実弾銃なら効くという弱点が発覚したが、生憎この場には実弾銃がこの拳銃しかない。

 

 軍の通常装備は、何から何まで魔術道具で統一されているからだ。


「ふむ、まぁ、大したダメージではないがな!」


 獅子は足の傷など意に介さない様子で、俺に攻撃を仕掛けてくる。


 俺はその攻撃を身をよじることによって間一髪回避し、そのまま獅子の顔面に向かって銃を発砲する。


「ぐぅ」


 その弾丸は獅子の眉間に直撃するが、やはり大したダメージは加えられず、申し訳程度に少量の血が流れるだけだった。


 しかし、僅かな時間は稼げた。


 その隙に、俺は場を一時離れる。


「ぬ?」


 その行動に疑問を持ったのだろう、獅子男が首を傾げた。


 その瞬間、横から丸い筒のような物が投げられた。


「────ナァ!?!?」

「今だ!」



 俺とリラは前後から一斉に獅子へと突撃する。


 横から投げられたもの。

 あれは近くに潜伏した先輩が投げた音響グレネードだ。


 音響グレネードとは、普通の音響爆弾とは違い、魔術エネルギーを使っているため威力も高く、火薬も使っていないので比較的軽いのが特徴だ。


(今なら突然の出来事に混乱してるはず。ここで、一撃を与える!)


 俺とリラは前後から獅子の急所を狙い、走る。


 耳を抑える獅子男の首筋に刃を突き立てる、その瞬間だった。


(殺った!)


 俺がそう思った瞬間、俺の見ている世界が一変した。


「…ガッぁ!?」


 視点が一気に崩壊し、遅れて身体中に激痛が走る。


「あ、ぅぁあ…ごホッ!!」


 余りの痛みに俺は血反吐を吐く。内臓をやられてしまったと気づくことに、少しの時間を要した。


「大丈夫かい!?」


 先輩が駆け寄ってくるが、それは俺の意識に入らない。


(な、なんであんな完璧な攻撃が出来たんだ…!)


 聴覚を失うほどの轟音と混乱の中、俺に知覚することが出来ないほどの速さの攻撃を、何故あれほど完璧な距離感で繰り出すことが出来たのか、俺には納得が出来なかった。


「…クックック、ワッハッハ!!」


 獅子がまたもや大きな口を歪ませて笑う。

 俺は既にボロボロの体を使い、獅子男に目を向けた。


 すると、獅子男の鼻がクンクンと動いている様子が見えた。


「我は他の奴らよりも特段鼻が良くてな、貴様ら人間のように特徴的な匂いの獲物は簡単に補足できるのだ。残念だったな!」

「…グッ!!」


 獅子男の嘲る様な笑い声に、俺は深い怒りを覚えるが、それに応えるための体は既にボロボロだった。


「…フッ!」

「ふむ、それももう飽きたな。」


 隙をついたリラの首への攻撃も、獅子男に容易く捕まれ、そのままリラは地面に叩き付けられる。


「…ガハッ!」

「リラぁ!!」


 たった一度の攻撃で、叩きつけられたリラはボロボロになっていた。

  

「さて、貴様らではもう遊べんな。サラバだ、雑魚よ。」


 獅子男は、リラの腕を持ってぶら下げたまま、自らの爪の生えた凶悪な腕を構えた。


(待て、待ってくれ)

 

 俺は心の中で叫ぶ、自分の本当の口が動かないからだ。


 口だけではない、腕も、足も、首も、全部が動かない。

 動くための機関が全て壊されてしまったからだ。


 ふと、頭の時間がゆっくりになる。


(…また、同じこと繰り返してるよ、俺)


 古い日の記憶、どこから来たかも、名前も知らない少女の背中。

 ただ、その後ろ姿と綺麗な髪だけが、俺の記憶に輝きをもたらした。


 次に思い浮かんだのは、少女とは逆の真っ黒な髪だった。


 紅蓮の中でたなびく髪は、俺の魂に深く根付いていた。


『あら?私のネウはこんなとこでくたばっちゃうのかな?』


 異様に引き伸ばされた時間の中、黒髪の女性が煽るように言ってくる。

 それにムカついた俺は、ぶっきらぼうに応えた。


(しょうがないだろう、俺には特別な力なんてないし、あるといえば殴り合いの才能だけ。

 でも、それが通用するのも所詮人の中だけ。

 俺が、俺なんかがあんな化け物に、勝てるわけがないんだよ…)


 そう卑屈にいうと女性はクスクスと笑うと、俺に告げた。


『あら、そんなことないわよ。あなたには、私がいるもの。あなたがどれだけ自分のことを無能と罵っても、私がいると言ってあげる。だから、胸を張って生きなさい。』


 何故、なぜなのだろう。

 もう無理と諦めていたのに、この人の言葉を聞くと、体の奥から力が湧いてくる、涙が出てくる、まだやれると、そう思えるのだろう。



『さあ、いきなさい。私の可愛いネウ―』




 ドクン───俺の中の、何かが溢れ出した。


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